* 16歳の結婚生活。 13


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「僕たち別れよう、ハル・・・」
「・・・うん」
今私の目の前に立ってそう言った男の子は、今まで私が1番大切に思ってた人。そして彼はどんどん遠くなっていく。
私は頷いたにもかかわらず、必死で彼を呼びとめようとする。
嫌だ・・・本当は私、離れたくなんか無い。――行かないで・・・・・待って!
けれど私の喉はカラカラに乾いていて。叫ぼうとしてもそれは虚しく無音として吐き出されるだけ。
春は別れの季節と言うけれど――・・・桜の花びらが舞って彼を連れて行ってしまうようで。怖くて、悲しくて。
それでも尚私の声は出ない。足さえも石のように重く固まっている。
どうして?私は――離れたくない。繋ぎとめなければ。彼を・・・彼の心を。

行かないで・・・待ってよ、惷・・・!!

―――バッ。
私は勢い良く飛び起きた。額には珠のような汗がジンワリと浮かんでいる。それを手で拭い、まだ暗い部屋の中を見渡した。
夢・・・だったんだ。
ふぅ、と安堵の溜め息をつき私は枕元においてある時計を見る。4時17分。デジタルの時計は正確にその時刻を告げていた。
いつもの起床時間にはまだまだ早い。こうなったら2度寝に限るわ、と自分に言い聞かせ、私はベッドに潜り込んだ。
本格的に秋の匂いが強まった最近は、明け方なんて凄く寒くて布団無しじゃ寝られない。しっかりと掛け布団を体に巻きつけ私は横になる。
今度はあんな夢見ませんように。
そんな事を思いながら。

それから6時半ちょっきりに目を覚ました私は薄手のカーディガンを体に巻きつけリビングに向かった。そしてそこには先客が。
「・・・おはよ」
「おぅ。何、寒い?」
「ちょっとね」
先客、もとい拓馬は私の格好を見てそう一言。新聞を片手にコーヒーなんか入れちゃって。しかもそれがブラックだからどう見ても高校生の朝じゃない。
「じゃぁハルの分もコーヒー入れてやるよ」
ニコッと笑いながらソファーから立ち上がると、鼻歌を歌いながら台所に向かう拓馬。最近ではもうこんな生活が普通になってしまった私達。傍から見れば初々しい新婚さんって感じ?
もちろん私はそんなつもり1ミリもないけど!

風靡拓馬と同棲させられて早1ヵ月半。私が初日に宣言した「婚約破棄」は今は一旦お預け状態。もう少し様子を見てからでも悪くないかな・・・なんて思っちゃったから。
でも昨日のあの夢を思い出すと自分の気持ちが分からなくなる。
私は一体誰のことを想っているの?
まだ惷のこと・・・引きずってるの?
自分にそう問いかけてみたけど、答えなんて出ない。そんな事もう何度も確認して分かってることなのに、それでも繰り返してしまう。
あぁもう・・・やめやめ。
私は考えを振り払うようにギュッとカーディガンを握る。すると、

「そんなに寒いのか?なら俺が温めてやるよ」

後ろから明らかにふざけたような物言いの拓馬がここぞとばかりに抱きついてきた。
・・・こいつは人の気も知らないで・・・。
だけどこの1ヵ月半で変化したこと。それは私が、すぐに奴の腕を振り払わなくなったこと。
抱きしめてくれる拓馬の力はビックリするほど優しいもので、温かいものだということを知ってしまったから。ちょっとだけ離したくない、なんて思う自分がそこには確かに存在していた。・・・って言う事に、本当に最近気づいてどうしていいか分からない。
「・・・コーヒーだけで温まるのに・・・」
なんて不平を言いながらも私は奴の腕にそっと自分のそれを重ねてみた。全く素直じゃないな・・・。最近つくづくそう思うけど、16年間通してきたこの性格を今になって変えられるはずもなく。
結局私はこの通りひねくれたまま。それでも周りのみんなはいつも私のことを見捨てずに一緒に居てくれる。身近すぎて分からないけど、拓馬ももちろんその1人・・・なんだと思う。
そんな事をぼーっと考えていると、
「ハル、可愛い」
「なっ・・・離せー!!」
朝から恥ずかしいことをさらっと言ってのけ、その上ごくストレートに髪にちゅ、とキスを落とす拓馬。それまではおとなしかったものの、さすがにそれは我慢できず私は思いっきり抵抗する。
最終的にはいつもこのパターン。追いかけて逃げて。だから私たちの関係はなんだか微妙なままだったりする。

そしていつものように朝食を食べ終え学校に行く支度をする私達。
結局私達は一緒に登校する羽目になってしまった・・・。いや、させられる羽目にって言った方が正確?理由は、拓馬の言う“邪魔者”がいつも一緒にいるから。
「おはよーハルちゃん」
「おはよ、尾崎君!」
そう。隣人の尾崎君は転校してきてからずっと私と一緒に登校している。もちろんそんな事を易々と認めるはずの無い拓馬がまるで護衛みたいにいつもついてくるってわけ。
奴が言うに、尾崎君は「オオカミ」らしい。どっちがよ、って突っ込みたくなるような言い分だけどね。
「あ、今日もついて来るんですか?風靡先輩」
そして、決まり文句のように拓馬にそう言う尾崎君。それもニコニコと笑いながら。
「今日もお・れ・の・ハルに金魚のフンみたいについて回るつもりか?尾崎」
対して拓馬は、悪魔のような凄みのある笑みを浮かべながらそう言い返す。
俺の、とか・・・強調するな!

「はいはーい2人ともやめて。遅刻するでしょっ」

毎度毎度のこのやり取りにうんざりして、私はすかさず仲介人として間に入る。全くこいつ等・・・2人揃って変なところで同じ性格なんだから!!
私が2人を放ってエレベーターのボタンを押すとあいつらはまだ睨みあったまま。そしてお互い「フンっ」と言うと私のほうに向かって駆けてくる。
「ハルっ」
「ハルちゃんっ」
それから2人して私を挟んで両脇に立つ。

あぁ・・・鬱陶しい!!何気にハモってるし!!

本人達もそれに気づいたらしくまたまた睨み合い開始。
「あーもう!!朝から何でそんな仲悪いのっっ!!」
とうとうイライラが頂点に達した私はエレベーターの前でそう叫んだ。背の高い2人に負けないように精一杯背伸びしながら。
すると2人ともチッと舌打ちしながら何とか静かになる。
はぁ・・・。1日の気力の半分を毎朝消耗してるのよね・・・。
と、ガックリと肩を落としている私の手に何か温かいものが触れた。不思議に思い右隣を見てみるとそこにあったのは拓馬の手。しっかりと私の手を握る奴の横顔を見ながら私は思わず苦笑した。

・・・まさか妬いてる?本当子供みたいだわ。
なんだか「俺のもんだ」って主張されてるような気がして可笑しい。

「ハルちゃん?」
そんな私を見て不思議そうな顔で声をかけてきた尾崎君に「何でもない」と答える。そして奴の手をそっと握り返してやった。ピクッと反応した拓馬が面白い。
って言うか私、こいつをもてあそべる様な余裕が出てきた?凄い進歩じゃない!?
地味に感動しつつ、私達はエレベーターに乗り込みマンションを後にした。登校中、やっぱり拓馬と尾崎君は言いあいしてたけど・・・。
ほとんどの生徒がこの事を知っているから今は誰も彼らを止めようとはしない。ある意味放っておかれてる悲しい奴ら・・・。彩ちゃんですら何も言わないんだからね。

そうそう、彩ちゃんと言うと最近になってやっと、私には尾崎君の事を想う気持ちがこれっぽっちも無いって分かってくれたみたい。こうやって一緒に登校するのだって同じマンションに住んでるノリで・・・みたいに思われている。まぁそっちの方がタチがいいんだけど。
もちろん拓馬と私が一緒に住んでいることは知らない。そんなこと言ったら学校中大騒ぎだもんね。
尾崎君は私達二人のことを誰にも喋らないで居てくれる。案外口が堅いらしくて私は大助かり。誰かさんみたいに変な要求もしてこないしね。――でもここで問題が1つ。

「あっ、風靡先輩と尾崎君よ!今日も絵になる組み合わせ・・・!」
「本当!私こんな近くで見たの初めて!」

・・・・・・登校中、イケメン2人が歩いているから注目を浴びすぎてしまう、と言うことが最近の私の悩み。あまりにも顔が整いすぎている彼らの間を歩いている私は一人浮いてしまっている。別にブスなわけでもない(・・・と、思いたい)けど可愛いってわけでもない。何処にでもいそうな普通〜の顔。だから本当は挟まれて歩くのなんて嫌なんだけど・・・。
唯一の自慢と言ったら少し茶髪がかった長いサラサラの髪。私はこの髪のお陰で顔が平凡でも今まで結構特をしてきたと思う。拓馬ほどではないから更にムカつくんだけど。
まぁそれにしても・・・お姉さま方の視線が痛いわ・・・。

そしていつものように学校に着いた私達はそれぞれの教室に向かう。って言っても尾崎君と私は同じクラスだから最後まで一緒に行く事になるんだけどね。
拓馬にしてみればその些細な違いが無性に悔しいみたいでいつも別れ際にギロっと尾崎君を睨む。まるで「変なことしたら許さねぇからな」とでも言うように。対して尾崎君も、挑むような目つきで見つめ返すから悪循環なんだけど。
「あー・・・俺ハルちゃんと2人で登校してぇ。たまには」
教室までの道のり、急に尾崎君がそんなことをこぼしたので私は一瞬ドキッとした。
「アハハ。そんな事言ったら拓馬に殺されるよ」
そして動揺してしまっている自分を必死で隠しながら笑顔でそう言った。

ちょっと、今私なんでうろたえたの!?
それも恋したときとかのものとは別物の気がするんですが・・・!

「んー?やられる前にやるっつーのが俺のモットーだけどね!」
そんな私を知ってか知らずか、話をそらす様にそう言った尾崎君。た、助かった。
そして私達は教室に入る。2人して一緒に教室に入ったけど今になってみればもう彩ちゃんの目は光ったりしない。普通に「おはよ、ハル」って挨拶してくれた。

そんなこんなで私の学校生活は、どこか新しくて、でも何も変わっていないと言うような微妙な変化を遂げて続いていたのだった。


 


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