15.恋敵
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「・・・・で、副会長はどうしてうちに?」
 リビングに案内され、強制的に少年と並んでソファーに座らされ。そうして目の前で腕を組む麗が口を開いた時、爽也はここに来た理由を言うことを少し躊躇った。
「えーと・・・」
 だって、さっきの光景を見る限りでは明らかに今の自分は場違いだから。
 仮に自分が麗の事を好きであっても、あの状況に割り込んでいけるわけがない。のこのことお見舞いに来てしまった自分が急に恥ずかしくなった。
 ――自分が入り込む余地なんて、何処にもない。
「・・・・おおぅ!?」
 が、その時だった。彼はハッとある事を思い出して、勢い良く今まで手にしていたスーパーの袋を引き上げてみる。
「いきなり何ですか!!」
 爽也の声に麗と明良がビクりと体を震わせて律儀につっこむ。
 けれど、
「あ、アイスが・・・溶けてる・・・・」
「・・・・はぁ?」
 次に出てきた爽也のこの一言に、麗は思わず脱力。
「何ですか、アイスって・・・・」
「お、お前が風邪だって聞いたから!そのー・・・冷たいものを、と思って」
 ごにょごにょとハッキリしない口調で説明すると、爽也の隣に座っている少年が勢い良くそれに食いつく。
「あの、それってもしかして麗のお見舞いですか?」
 今まで自分になんて興味を示さなかった瞳が急にジッと向けられ、爽也はたじろぎながらも「ま、まぁ」と、どもりつつ返答。すると、目の前の少年の目の色が一瞬にして変わった。そのあからさまな変化に圧力を感じている爽也とは対照的に、麗が驚いたように声を上げた。
「えー!私のお見舞いですか!?副会長が!?」
「お、俺だけじゃないぞ!生徒会からだからなっ!」
 予想していた通りの言葉を言われ、慌てて爽也はそう否定した。勿論これは照れ隠しのための嘘なのだけれど。
 が、この嘘はいとも簡単に見破られ。
「またまたー。照れなくてもいいですって。そんなに私がいないのが寂しかったんですか?」
「・・・・その自信は何処から出て来るんだよ・・・・」
 心の中で顔が赤くならないでくれと叫びつつ、どうにかいつものように皮肉な言葉を返す。けれどすっかり元気になった風の嬉しそうに笑う麗を見て、何かくすぐったいような気持ちが湧き上がってくる。
 ・・・・・嬉しい、のだろうか。
 自分が起こした行動で、目の前のライバルが喜ぶのが、嬉しい?
 ・・・分からない。けれど、この感情にはその名前が1番近い気がする。
「ありがとうございます、副会長。えーっと・・・その袋、どうします?アイス袋の中でドロドロになってるんですか?」
「あ・・・・いや、袋には漏れてない。あとゼリーは無事だから――」
 ぼーっとわけの分からない感情について考えていた爽也だったが、麗の言葉でハッと我に返る。そうして手にしていた袋を彼女へと渡そうとした瞬間、
 パシッ。
「・・・・・へ?」
 物凄い速さで、隣から伸びてきた手。その早業に驚いて手の出てきた方を見ると、ムッと拗ねた子供のような表情の少年が今さっき自分が手にしていたスーパーの袋を持っていた。
 ――って言うか、取られた!?
「アキ?」
 麗が不思議そうに少年の名前を呼ぶと、彼は麗をジーッと見つめた後急にニッコリ笑った。それはもう、爽也に向けた目とは比べ物にならないぐらい可愛らしく。
「麗、溶けたのなんて美味しくないよ。どうしてもアイスが食いたいなら俺がまた買って来てやるから、こんなドロドロなのは捨てよう」
「おい!」
 ――ゼリーは無事だっつっただろー!!
 と、明らかに突っ込みどころを間違えつつも爽也が心の中でそう叫ぶと、麗も慌てたように本気で袋をゴミ箱に捨てようとしている少年を止める。
「ちょ、やめてよアキ!せっかく買ってきてくれたのに――」
「・・・・それが嫌なんだっつーの」
 ボソリ、と。本当に聞こえるか聞こえないかの境ぐらいの小さな声で呟かれた言葉を、不運にも爽也の耳は拾ってしまった。と、同時に、対抗心をむき出しにされているのに気づく。
 ――・・・何故?
「矢野先輩、でしたっけ?」
 と、またしても呆然と考えていると急に少年にびしっと指を指され。
「俺、麗と同じクラスの春日明良って言います」
 わけの分からないまま、突発的にそう自己紹介された。けれど次の瞬間、明良と名乗った少年の双眸が鋭く細められ。
「勝負しましょう、麗をかけて。俺が勝ったら、もう麗にちょっかい出さないでください」
「「・・・・・・は?」」
 明良が言い放った瞬間、麗と爽也の頭の上に同時に疑問符が浮かぶ。
 と言うか、今のこの状況は一体なんなんだろうか。
「・・・アキ、何馬鹿な事言ってんの。私なんて賭けたって副会長が話に乗るわけないじゃん」
 ハァ、と呆れた風に言う麗を前にして明良はフッと笑った。
「麗って意外と鈍いな」
「は?」
「うん、まぁ・・・・・矢野先輩、俺どんな勝負でも負ける気しませんから。どうします?」
 ふふん、と不適な笑みを向けてそういわれた瞬間、爽也の中で何かがブッツリと切れる。
 ――ほぉ。こいつは誰に勝負を申し込んでるか分かってんのか?
「・・・いいよ、やってやろーじゃん。俺が負けるわけねぇ」
 最早麗を賭けて云々の話ではなく、爽也の山よりも高く海よりも深いプライドがただ先走る。しかし傍から見るといかにも彼女の取り合いに自信を持っているように聞こえるこの言葉。こんな至近距離でビシッとそんな事を言われれば、案の定この時ばかりは麗でさえも一瞬うろたえて。
「ふ、副会長?」
 だが残念なことに、心なしか頬が赤くなっている麗の呼びかけにも変化にも今の爽也にはアウトオブ眼中。彼の頭の大半は「勝負」、この二文字が堂々と陣取っていた。
 爽也の言葉を聞いた明良は少し面倒くさそうな顔をして、それでもすぐにまた不適な笑みを浮かべる。
「言いましたね、先輩。じゃぁ何で勝負するかはこっちが決めても問題ないですよね?」
「勿論。何でも来い」
 その自信は一体何処から来るんだ、と。もしこの場に生徒会メンバーが居たならば一斉にそうつっこまれているだろう言葉も、今はサラリと受け入れられる。
 実際勝負と言っても、今まで経験してきた勝負は成績や運動に関る事ぐらいなのだけれど。そんな事今の爽也には関係なかった。
「じゃ、内容は今日中に俺が考えて明日報告しますから。やっぱやめ、とかなしですよ。負けたら生徒会やめてくださいね」
「お前こそ負けたらいさぎよく引き下がれ!!」
 いつの間にか「麗にちょっかいを出すな」から「生徒会をやめろ」と言う結構キツイ賭け事になっている事なんか気づかず、爽也は勢いに任せて言葉を返す。そうしてそのまま立ち上がり、
「じゃぁな、水沢!絶対勝つから、見とけよ!!」
 何処のヒーローの台詞なんだろう、と麗が呆気に取られている間にダダダーッとリビングを出て行ってしまった。次いで玄関のドアがバタンと閉まる音がする。
「あれ、帰った」
 明良がポツリと漏らしてから、「そそっかしい人」と可笑しそうに笑う。それとは対照的に、麗はぼんやりと爽也が開けっ放しにして行ったリビングのドアの向こうを見つめる。
 ――何か、いつもの副会長と違う。
 不覚にもさっきの彼の言葉にドキッとしてしまった自分が分からず、難しい顔で麗は首を傾げた。  
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