16.前途多難な勝負
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 矢野爽也は今とてもとても困っていた。
「・・・こぉら矢野ー!!あんたは早く仕事しなさぁい!!」
 ――それは、議長の狩野美夜が思わず怒鳴り声を上げるほど。
「いでっ!!」
 いつものようにそこら辺にあったプリントで勢い良く頭を叩かれ、爽也は声を上げる。と、同時に現実世界に引き戻された。
「何ぼけっとしてんの!またくっだらないことでも考えてたんでしょ?学校祭も近いっていうのに全く・・・」
「くだらなくねぇ!」
 呆れ顔の美夜にむっとして言い返す。じゃぁ何よ?と返され彼はうっ、と言葉に詰まった。
「いやその・・・実は対決が・・・」
「は?対決?何ごにょごにょ喋ってんのよ聞こえない」
「だからっ・・・!対決の内容が決まったんだよ!」
「は?」
 思い切って爽也が答えると、美夜は顔をしかめた。
「っていうか、何よ対決って」
 ・・・まぁ、まずはそこからが問題なのだが。
 話が全く掴めない生徒会メンバーの中で、唯一麗だけがぴくりと肩を震わせた。そして、ゆっくりと爽也の方へと顔を向けて。
「副会長・・・本気でアキと張り合うつもりなんですか」
 複雑な表情で爽也に尋ねる。
「もちろんだろ!俺があんな奴に負けるはずが無い!・・・が、ちょっとこれは専門外で・・・」
 最初は勢い良くガッツポーズを作って言った爽也だったが、後半は自信の無さで声がすぼんだ。
「っていうか対決ってなんなのー」
「何なのー」
 美夜と充が二人そろって麗に詰め寄る。どうやら爽也に聞くよりも麗に聞いたほうが早いと判断したらしい。
「あのー、それはですねぇ・・・」
 麗はというと、そんな彼らに少し困ったような笑みを向けて言葉を濁した。自分の口から先日の事を説明するのは少々照れるものがある。ましてや表面上は、爽也は自分をかけて明良の勝負を受けてたったのだ。変に説明してあとでややこしいことになっても困る。
 けれどどう言うべきか、うーんと思案していた麗の想いを打ち砕くかのように爽也が一言。
「水沢の元彼と勝負すんだよ」
 ふふん、となぜか誇らしげに言い放った爽也に麗はがっくりと肩を落とした。
(馬鹿副会長・・・)
 きっと彼は先のことなんか全く考えないで生きているのだろう。楽天家と言えばそこまでだが、軽率なその発言は愚かとしか言いようが無い。
「え、何それ!?麗の元彼って誰よ!?」
 そして一気に賑わう生徒会室。彼等は今、夏休み後に控えた学園祭についての資料に目を通していたのだが今は誰もがそれを放り出している。
「樹先輩じゃないの?」
 1番にそう尋ねたのは充だった。何しろ以前爽也に麗と樹の関係を吹き込んだのも彼なのだから。
「いえ、まぁそうなんですけど。真田先輩じゃないですよ。中学のときの人です」
「えぇえ!?麗って真田と付き合ってたの!?」
「まぁ。ほんの2週間ほど軽いお付き合いを」
「短っ!」
 美夜が「初耳ー!」と興奮した声を上げ、それをお決まりのように優志が宥める。
「中学の時の人って?」
「あぁ、うん。同じクラスの春日明良なんだけどね」
 小首をかしげた聖に麗は苦い顔をして答える。
 ――全く面倒なことになったなぁ・・・。
 人が何かに巻き込まれるのを見るのは大好きだが、自分がその立場となると話は別だ。麗はうんざりしたようにため息をついた。
「・・・で、何で矢野は麗の元彼と対決することになったわけ?」
 一しきり騒いだ後、美夜は目を爛々と輝かせて爽也に尋ねる。
 くそ。絶対こいつ楽しんでやがる。
 そう思いつつも、爽也は事の経緯を彼らに打ち明ける。
「実はこの前・・・その、みんながお見舞いに行って来いって言うから水沢の家まで行った時にな、水沢の元彼とか言う奴が居てさ。そんで何が気に入らないのか俺をめちゃくちゃ敵視するわけよ。最終的に水沢をかけて負けたほうは身を引く・・・いや、生徒会をやめるだったか!?とか言う勝負を申し込まれて、ここで拒否したら男が廃ると思い受けて立ったわけ」
 話しながら、爽也は自分の置かれている状況が初めのものよりも過酷なものに変わっていることに気づく。
 ――生徒会やめるっておい・・・。副会長不在とか話になんねぇだろ。
 しかも明良から出された条件は・・・。
「で、その勝負って何で競うわけ?」
 先を促す美夜の言葉に項垂れ、ちょっと、と言い麗以外のものを周りに集める。そして円陣を組むように丸くなった。
「あ、副会長何してるんですか。私一人仲間はずれじゃないですか」
「お前が知ったら意味無いだろ!」
 爽也が答えると、麗は不服そうに眉をひそめたが「まぁ」と一言言うと仕方なくと言った風に自分の仕事に戻る。
 それを確認して、爽也は声を潜めて口火を切った。
「実は・・・どっちが先に水沢をうろたえさせることが出来るかっていうのが条件なんだ」
「・・・ほぉー」
「難しそうですよねぇ。麗ちゃんいつも冷静だし」
「まぁようは、どれだけ水沢さんの心を動かせるかにかかってるわけだ。敵はいいところを突いてきたね」
 美夜は楽しくて楽しくて仕方ないと言った風ににやりと口角を上げる。他の生徒会メンバーはどこか納得したように頷いた。
 確かに明良の出してきた内容は難しいものだった。それは爽也にとっても、そして彼にとってもそうであった。彼のことだから自分に有利なものを出してくるのではないかと少し心配していたが、どちらにも公平なもので少し意外だった。
 まぁ、それだけ向こうは本気だということなのだろうが。
 負けねぇ、と闘志を燃やしていると、ふいに肩に手を置かれた。
「じゃあ矢野、チャンスね」
 美夜だった。彼女は一転してきりりと表情を引き締めて言った。
「ここで頑張って麗の心を動かせばあんたの片思いも一気に成就するわけよ」
「・・・だから何でそっちに行くんだよ」
 真剣な面持ちの彼女の口から出てきた言葉に、爽也はがっくりと頭を垂れた。と同時に一気に顔に熱が集まるのを感じる。
「何でって!今更何言ってんのよ!あんたそのために勝負を受けて立ったんでしょ!?麗をとりあうために!」
「ちょ、狩野お前声!声でかいから!」
 力が篭り過ぎて声の大きさが増した美夜を爽也は急いで制す。
「でも狩野先輩のおっしゃるとおりっすよねー。そんな自信満々に本人の前でOKしたなら多少なりとも麗ちゃんだって期待しちゃうでしょ」
「え!?」
「っていうか賢い麗のことだからもう矢野の気持ちに気づいてるかも」
「えぇ!?」
 美夜と充、二人の指摘はぐさぐさと爽也の心に突き刺さっていた。
 ――そんな、俺はまだあいつを好きだって認めたわけじゃ・・・!
「あんたがうろたえてどうすんのよ。もうここまで来たんだから認めなさい!あんたは麗のことが・・・」
「だぁぁ!分かった!分かったから声のトーンを落とせ!!」
 ギャアギャアと部屋の片隅で騒ぐ爽也たちを、仲間はずれにされて不機嫌な麗はこれまた不機嫌そうに一瞥する。そしてタイミングよく目が合ってしまった爽也は、麗に話の内容が勘付かれたのではないかと慌てて美夜の口を押さえつけた。
「ちょっと矢野、俺の美夜さんに触んな」
 そして優志が間髪居れずに彼の頭をグーで殴る。
「って!!」
 いつも温厚な彼からは想像も出来ないほど硬い拳だった。思わず涙が出た。
 そしてこれ以上話していては心臓がもたないと判断した爽也は、殴られた頭を抑えつつも彼らに言い放った。
「とにかく!勝負を受けて立った以上負けねぇ!俺は俺なりに頑張るから絶対余計なことはすんなよ!!」
 最後にふんっ、と鼻を鳴らして彼は自分の持ち場に戻る。そして学校祭に関する資料を1枚引っつかむと、睨むようにそれを読んだ。
 ――全く・・・なんでいつも俺はこんな目にあわなきゃいけないんだよ!?
 若干腫れてきた気がする頭を気にしつつ、そう心の中で嘆くのだった。
 そして前途多難な彼の闘いの火蓋が切って落とされた。           
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