変わりたくない。変わって欲しくない。
ただ、それだけなんです。


Close your Eyes



「目を閉じる事が怖いんです」
白を貴重とした部屋の、白いパイプベッドの上で。
天井を見上げたまま、両の目をパッチリとあけて少女は言った。
「どうしてですか?」
彼女の傍らに立っていたのは一人の少年で、彼は穏やかな声音で言って先を促す。
1度だけちらりと少年を見やり、けれどまた視点を天井に戻すと少女は言った。
「私が目をつぶって、次にあけたときは世界が変わっているかもしれません」
胸の上できゅっと手を結ぶ。それを見た少年はそっとその手に自分のものを重ねる。
「大丈夫ですよ」
「どうして言い切れるんですか?」
不安そうに少女が少年に目を向ける。けれど彼は何も言わず、静かに微笑むだけだった。
「私は何も変わって欲しくないんです。変わることが怖くて、どうする事も出来ないんです」
「だったら」
と、少年は口を開く。
「目を閉じてしまいなさい」
少女は彼の言葉に瞬きを1つして、それから自嘲気味に笑う。
「貴方に話した私が馬鹿だったんでしょうか」
「いいえ、貴方は決して馬鹿なんかではないですよ」
嫌味も穏やかな笑顔で交わし、少年は言う。
「・・・次に目をあけた時、世界が変わっていないと保障できますか?」
「さぁ?僕はそんな事分かりません」
微笑む少年をジッと見つめ、やがて諦めたようにまた視線を天井へ向けた少女。
「私は・・・変わってしまうのが嫌なんです。変わりたくないんです」
――そして、世界が変わってしまうことが最も怖いんです。
「だから私は・・・いつまでも"今"が続けばいいと思ったんです」
「でもそんな事は無理な話だと、貴方が1番承知しているでしょう?」
「・・・はい」
小さく頷いて、少女は大きく息を吐き出す。
「私は・・・家族や友達と離れるのが怖かったんです。だから・・・」
「だから貴方は、時を止めたんですね?」
先を言われ、少女は驚いたように少年を見上げる。けれどまた視線を元の位置に戻すと、静かに頷く。
「貴方の言うとおり、私は自分の時を止めてきました。ただ純粋に、大好きな人たちと離れるのが嫌だったから。そしてこの長い人生の中で・・・私は何人もの友達や家族の最期を目にしました」
「辛かったでしょう?」
「はい。あんなもの、何度目にしても慣れません」
心なしか安定しない声で言って、少女は目を細める。
「だから、もうこれ以上世界が変わって欲しくないんです」
――これ以上変われば、私は恐怖でどうにかなりそうなんです。
「貴方は・・・」
と、少年が少女の顔を覗き込む。
「貴方は少し、いろいろなものを見すぎたようですね。他の者よりも、世界が移り変わるのを見すぎた」
「・・・・はい」
少年の言葉に少女は心から頷く。
――苦しかった。
自分の目の前のものは、何1つ残らず変わってしまった。それも、自分を残して。
悲しい。寂しい。――今の自分には「孤独」しかない。
「お嬢さん」
少年は、少女の目に手をかざす。
「そろそろ眠りなさい。――目を閉じて」
その言葉に、少女はコクりと頷く。
「私本当は・・・もっともっと前にこうなるはずだったんです。でも無理矢理時を止めたから、かなり遅くなっちゃいました」
「それでもいいじゃないですか。やっとこうして眠りに付く事が出来るんだから」
「・・・・はい」
少女の目から涙が溢れ、頬を伝う。
「変わることは、受け入れなきゃいけない」
「はい・・・」
少女の返事を聞いて、少年はにっこりと微笑む。
「それじゃ、目を閉じてください」
そう言って彼は、自分の手をゆっくりと少女の目の上に置く。
「オヤスミ」

少女が息を引き取ったのは、その直後の事だった。彼女は穏やかな寝顔をしていて、その傍らには満足気に微笑む少年の姿があった。



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