あるところ、ある国の小さな物語。
 意地っ張りなお姫様と無表情な王子様の不器用な物語。


箱 入 り 様。



「だーかーらー!何度言ったら分かるのよ!金さえあればいいってもんじゃないんだからねっ!?」
 その声は、とあるお城の1室から聞こえてきました。えぇ、物凄い怒鳴り声です。少し高い少女の声です。
「あぁ・・・・王子はまたやってしまったのか」
「毎度のようにまた姫様のご機嫌を損ねられたようですね」
 少女の声が聞こえてきた部屋から少しはなれた場所では大臣が溜息を漏らし、その隣ではメイドが平然と答えました。
 そう。先ほどの少女――姫の怒鳴り声は少し前からもうこの城で当たり前のものになってしまっているのです。
「仕方ありませんね。王子も不器用なお方ですから」
 溜息をつく大臣の隣ではメイドが何処か楽しげにそう言いました。

「ねぇ聞いてる?お 金 が あ れ ば い い ってもんじゃないのよ?」
 さて、場所は問題の姫の部屋に移ります。
 彼女は無表情、いえ、少しばかりしかめっ面の少年――王子に向かって皮肉るようにそう言いました。ちなみに「お金があればいい」と言う部分は妙に強調させています。
「じゃぁ何があればいいんだよ」
 まだほんの15、6歳ぐらいの、けれど誰が見ても明らかに美少年だといえるその少年は無表情にそう言ってサラサラの前髪を鬱陶しそうにかき上げました。
 そして、その綺麗に整った顔を睨むのは目の前に居るお姫様。
 彼女は少しあどけなさの残る顔で、それでも精一杯凄みを利かせて王子を睨みます。
「何も望まない。何もいらない。だから1つだけ、」
 言って、姫はもう1度キッと王子を睨みなおして。

「私をここから出して!」

「無理」
 哀しいかな、姫のたった1つの頼みは0.1秒もかからない速さで却下されました。いえ、もしかすると彼女が言い終わる前に王子が首を振ったかもしれません。
「何でよー!!」
「だってお前、出したらそのまま自分の国に戻るだろ」
「当然でしょうが!お父様が了承してるからっていい気になりやがってこの馬鹿王子・・・!何が“姫を少しお借りします”よ?もうかれこれ1週間は軟禁されてるっつーの!」
「一国の王女が口悪いぞ」
「うっさい馬鹿ぁー!」
 無表情に淡々と言葉を返され、悔しくて哀しくなってきた姫は目を潤ませてそう叫びました。
 するとそれを見た王子の表情に僅かに焦りの色が浮かびます。けれどそれも本当に、ほんの少しだけ。
「大体あんたは前からやる事が横暴なのよっ。無表情なのがまたムカツク!」
「それは今に始まった事じゃ・・・」
「だからそう言うところがムカツクの!私の自由を返せー!!」
 王子の言葉が終わらないうちに、今度はそれを姫が遮ります。彼女は力いっぱい叫んで勢い良く部屋のベッドに泣き伏しました。
 うわぁぁぁん!!という実に子どもじみた泣き声が部屋に広がり、それだけでは留まらず部屋の外にまで声は漏れます。
 さすがにこれには困った王子様。表情は変わりませんが内心ではかなり焦っているようです。彼は少しおどおどしつつ、姫の方に伸ばしかけた手を寸前で引っ込めてしまいました。
 そうして困り果てた王子の口から漏れた一言は。


「お前には・・・・欲しいものが無いのか?」


 プッツーン、という音が聞こえてきそうでした。
 王子が言った瞬間、今まで大泣きしていた姫はふっと顔を上げて・・・
「あんた・・・1回殴って欲しいわけ!?」
 青筋を立てた彼女は物凄い形相で王子に言いました。
 そしてそんな事を言われた王子はというと、軽く表情が引きつっています。
 けれど彼も男です。そして一国の王子です。
「違っ・・・・そう言う意味で言ったんじゃなくて・・・・」
 ちゃんと否定するところはするようです。が・・・・。
「じゃぁ何なのよ?悪いけどあんたに贈り物を貰わなくてもこっちだって一応王女ですから。欲しいものぐらい自分の手で手に入れます!っていうか・・・あーもうっ。金で人の心が動くと思うなよ!」
 完全に王子の言葉を勘違いしたお姫様。暴走が止まりません。
「大体なんで私が軟禁されなきゃいけないの?1週間も。そもそも何でそんな事する必要あるのよ?」
 姫にそう言われ、王子は「だからー・・・」と口ごもります。けれど続きを促すように姫に睨まれ、彼は僅かに困惑の色を浮かべてこう一言。






「何を与えれば・・・・・・・お前は一緒に居てくれる?」






「・・・・・・・・は、い?」



 王子の言葉に姫が反応するまで、ざっと10秒。
 唐突にこんなことを言われた彼女は今までの表情を見事に崩し、呆けたように返事をしました。
 まだ少し涙で濡れている大きな目が面白いぐらい丸くなっています。
 けれどこんな姫に、今度は王子がじれったくなる番でした。
「だからな・・・」
 何処か面倒くさそうに――もしかすると恥ずかしそうに――王子は自分の髪をくしゃりと握り。

「好き」

 王子は面倒くさい事が嫌いなのでしょうか。凄いです。直球過ぎます。
 ほら、姫は見事に固まってますよ。
「・・・・・・姫?」
 ピクリとも動かなくなった姫を心配して王子はおずおずと彼女に呼びかけます。
 そしてその呼びかけから20秒ほど後。
「ばっ・・・・馬鹿じゃないの!?」
 おかしなほど真っ赤になった姫は、ズザザザザァーっと王子から離れて叫びました。
「馬鹿じゃない。俺は本気だ」
「・・・・っ!!」
 新事実発覚。
 どうやら王子は無表情、愛情表現が下手の以外にとてつもない天然だったようです。
 この王子の返答には姫も困ったようで、顔を真っ赤にしたまま何も言い返せませんでした。
 けれどそんな事に気づいていない王子は平然と姫に迫ります。
「・・・で、返事は?」
「わぁっ、近づくな馬鹿!!」
 姫は必死で王子から逃げ回りました。と言っても部屋の中だけなのですが。
 勿論王子にしてみれば、ただ姫に返答を求めるための行為。
 二人の行動、噛みあいません。
 それでもいつしか逃げる事に疲れた姫はと言うと。

「・・・分かったわよ。何もいらないから、傍に居てあげる」

 王子から目を逸らしつつ、観念したようにそう言いました。
 するとその返答を聞いた王子の顔がハッキリ分かるぐらい嬉しそうな笑顔になり。その笑顔を見た姫の顔はまた赤くなりました。
 そうして二人、少しの間見詰め合っていました。・・・けれど、不意に王子の顔は真顔に戻り。

「・・・・・・でも、本当に何もいらないのか?」
「・・・・あんたねぇ・・・・・」

 ・・・・何はともあれ。
 二人の仲はこうして無事治まりました。
 そして、この国に姫が嫁ぐ事になったのはそのすぐ後の事。

...END

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