誰でも良いから
嘘だと言って。


Lie



「双子、ですか?」
『はい』
少年が問うと、瓜二つの二人の少年が同時に頷いた。
そこはとある建物の中。ある者は逃げ出したくなるほど嫌で、ある者は生きるためにそこにいる。
「へぇ。こんなに似た双子は初めて見ましたね」
目の前の二人に感嘆して少年は言った。そして、思い出したように尋ねる。
「えーっと、お名前は?」
「僕はリアルって言います」
二人のうちの一人が人懐っこい笑みを浮かべて答える。
「僕はインステッドと言います」
もう一人は何か貼り付けたような笑みで言う。
「・・・そうですか」
後者の返答に少年は微妙な笑みを浮かべて一言言っただけだった。少しの沈黙が、そこに流れる。
「ところで、どうしてこんな所に?どこか具合でも悪いんですか?」
気を取り直したように少年が言う。
ここは病院の中だった。
「はい、ちょっと僕の体の調子が悪くて」
答えたのはリアルだった。彼は苦笑気味で言って「ねぇ」とインステッドに同意を求める。
片割れは無言で頷いただけでそれ以上の事は何も言わなかった。
「僕小さい頃から体が弱くて。最近ちょっと調子が悪いんで一応診てもらいに来たんです」
必要以上の事を話そうとしないインステッドとは対照的に、やはりリアルは人懐っこくそう言った。
「そうですか。体は大事ですもんね」
リアルの言葉に少年は頷きながら言った。そして不意に、その視線をインステッドに向ける。
「貴方は付き添いですか?」
「はい。僕達は何処に行くのも一緒ですから」
無表情でインステッドは答え、リアルはにこりと笑った。
「仲がいいんですね」
「はい」
少年が言うと、リアルは嬉しそうに言った。インステッドはまた、貼り付けたような、その場しのぎのような笑みを浮かべているだけだった。
「じゃぁ、僕達そろそろ帰ります」
少ししてからリアルがそう言って少年にぺこりと頭を下げる。
「はい。お気をつけて」
「ありがとうございます」
少年が言うと、リアルはにこりと笑ってインステッドの手をそっと引いた。
その様子を少年はただ微笑みながら見つめ、目の前から去っていく二人を見送っていた。
「・・・さて、僕もそろそろ帰ろうかな」
ちょっと立ち寄ってみただけの病院だったので、少年もそろそろとその場から立ち去ろうとした。元からこんな所に用はない。
双子の歩いていった方とは逆方向に行こうとして踵を返す直前、少年はふと二人の後姿を見つめた。すると丁度、片割れと目が合った。
あまりに良く似すぎているのでパッと見は分からないが、あの無表情からするとどうやら彼はインステッドらしい。
「・・・・?」
少年が微笑みながら首をかしげると、彼は何か物言いたげな顔をこちらに向け、そして諦めたように俯くと軽く頭を下げて前を向いた。
そんなインステッドの行動を特に気にするでもなく、少年は意味深な笑みを浮かべて踵を返した。

――「ねぇインステッド、先生なんて言ってたの?」
病院からの帰り道、リアルはインステッドにそう問いかけた。
「・・・インステッド?」
けれど彼はぼーっとしていてその声が聞こえていないようで、2度目のリアルの呼びかけでやっと我に返る。
「えっ?」
ビクッと体を震わせ、過剰なまでに反応したインステッドに訝しげな表情を向けリアルはもう1度尋ねた。
「・・・ねぇ、先生僕の診察の結果何て言ってた?」
「あぁ・・・・うん、大丈夫だよ」
不自然な笑みを浮かべて言うインステッドにリアルは不安を覚える。
「本当?何で先生はいつも僕自信じゃなくてインステッドや母さんに診察結果を言うの?」
自分は何処かおかしいのではないだろうか。
そんな不安がリアルに押し寄せてくる。
インステッドは困ったように笑って答えた。
「うーん・・・家族の理解があった方が都合がいいって事でリアルより先に僕たちに診察結果を言うんだよ。それを僕たちがリアルに告げる。ね、僕の言う事信じられない?」
インステッドの言葉を確かめるように、ジーっと彼を見つめてから諦めたようにリアルは首を振った。
「・・・ううん、インステッドがそう言うなら信じるよ・・・」
インステッドは何処かホッとしたように笑った。そして、リアルの手をきゅっと握る。
「大丈夫、もしリアルが大変な病気にかかっても・・・・絶対に死なせなんかしないから」
「大げさだよ、インステッドは」
彼の言葉にリアルは苦笑して、けれど安堵したようにインステッドの手を握り返した。
「帰ろっか」
彼はそう言うと、家に向かって歩き出した。インステッドはその後姿を見つめぐっと拳を握り締めた。

――「あれ?」
病院を後にして、気の向くままに道を歩いていた少年は不意にそう声を上げる。
少し先の土手に座っている人物は先ほど目にしたばかりの双子の一人だった。
「インステッド君?」
無表情に川を見つめている姿から察するに、それはインステッドの方なのだろう。
少年が声をかけると、おそらくインステッドだと思われる双子の一人は空ろな目をこちらに向けた。
「貴方はさっきの・・・・」
「ただの旅人です」
インステッドが言うと、少年はニッコリ笑った。そしてそのまま歩いていき、インステッドの隣に腰をおろした。
「リアル君の方は?何処に行くのも一緒じゃないんですか?」
少年が言った。
「・・・抜け出してきました」
インステッドは苦笑気味に答える。そしてすぐさま
「仲は、とてもいいんですけどね」
と、弁解するように言った。そんなインステッドを微笑みながら見つめていた少年はふと思い出したように言う。
「もしかしたらなんですけど、さっき僕に何か言おうとしてませんでした?」
「・・・分かりましたか?」
インステッドは少し驚いたように言って、少年はこくんと頷く。
それを見たインステッドの方は静かに微笑んで、諦めたように口を開く。
「貴方は・・・・僕とリアルの関係に気づいてますね?」
少年は答える代わりに、軽く笑った。
「どこら辺で気づきました?」
「名前を聞いた時ですかね。あぁ・・・って思ったのは」
少年は淡々と答える。
「それに、こんな瓜二つな双子本当に見たことありませんでしたから」
「・・・貴方は勘が鋭いですね」
「それはどうも」
インステッドはハァ、と溜息をついてジッと川を見つめた。そしてポツリと呟く。
「リアルは・・・・生まれつき心臓が悪いんです」
「そうですか」
少年は無感情に答えてから問い掛ける。
「だから貴方が”造られた”?」
「・・・・はい・・・」
力なく、インステッドが頷く。
「僕はどうなってもいいんです。元からリアルが生きるために存在している生き物ですから・・・」
そう言って膝に顔をうづめた。その様子を見て、少年はもう1度問い掛ける。
「生きたいと、思った事はありませんか?」
するとインステッドは、やはり力なく、貼り付けたような”造られた”笑みを浮かべて答えた。
「リアルを殺してまで生きようとは思えませんから――・・・・」
「・・・そうですか」
少年はただ、微笑んでいた。

リアルが倒れたのはその2日後だった。元から心臓の悪かった彼の体はもう限界に来ていたらしい。しかし家族はそれをギリギリまで隠し通していた。勿論、医師の同意あっての事だが。
彼の命を繋ぎ止めるには心臓を移植しなければいけない。そしてこの日行われたのは、彼にとってこの世でもっとも残酷な行為。
たった1つの命が、失われてしまった。

――コンコン、と病室のドアをノックする音が聞こえた。
「はい・・・」
リアルはうっすらと目を開け、ベッドの上でか細い声でそう返事をした。
移植手術を受けて少し経った頃だ。彼の中では確かに、新しい正常な心臓が動いていた。
「こんにちは」
ドアをあけて入ってきたのはいつか病院ここで会った少年だった。
「貴方は・・・」
リアルが小さく言うと、少年は笑った。
「お加減はいかがですか?」
「はい、順調に回復してるみたいです。まさか心臓が悪かったなんて・・・。でも僕の事誰に――?」
「インステッド君ですよ」
少年がその名前を口にした瞬間、リアルの体がぴくりと動いた。
「インステッド?・・・そう言えば、まだ1度もお見舞いに来てくれてないんです。元気にしてましたか・・・?」
リアルが心配そうに問い掛けると、少年はただ微笑むだけだった。それはとても機械的で、作られたように冷たくて、とても悲しい笑みだった。
リアルはこの笑みを知っている。
そう、これは片割れがいつも見せる笑顔と同じモノ。
「インステッドに・・・・何かあったんですか・・・?」
とてつもない不安がどっと彼に押し寄せた。リアルは力の入らない体を起こす勢いで少年に尋ねる。
「知っても、いいんですか?」
何処か悪戯っぽい表情で言って、少年はリアルの顔をじぃっと覗き込んだ。
「・・・何かあったんですね・・・・?」
体中の毛穴から冷たいものが吹き出すのを感じた。生きた心地がまるでせず、新しい心臓が過剰なまでに動き出す。
「おっ・・・お願いです!!教えてください!インステッドは今何処にいるんですか!?」
口を突いて出た言葉は酷い焦りをまとっていた。
少年はリアルの言葉を、今度は無表情で聞いてゆっくりとその視線を彼の胸中央に向ける。
そして、言った。
「貴方の中ですよ」
「――・・・はい?」
あまりに唐突なその言葉が理解できず、リアルはぽかんとして少年を見つめた。
しかし、次の瞬間少年の口から吐き出された言葉は彼の理解許容度を遥かに超えてしまっていた。
少年は低く、けれど確かにこう言った。
「インステッド君は、貴方の”クローン”だったんですよ」
何もかも、一瞬にして霞んだ。
頭の中は一気に白くなり、目は開いているにもかかわらず真っ暗になる。
またしても体中の毛穴から冷たいものが吹き出したが、それは先ほどのものとは比べ物にならない量だった。
――クローン・・・?
思いもしなかった言葉が、リアルの頭の中で木霊する。
「何が・・・・僕のクローン・・・・?」
「インステッド君が、です」
小さい子に言い聞かせるように少年が言うと、リアルの顔が一気にぐしゃりと歪んだ。
「う・・・そだ・・・・!インステッドは僕の兄弟ですよ!?血の繋がった・・・僕の・・・・!!」
――いつも一緒だったのに
何をするのも一緒で、仲のいい兄弟だと散々誉められたのに
それは全て嘘だった?
自分は今までずっと、騙され続けていた――・・・・?
蒼白の表情で空を見つめるリアルに少年が問う。
「彼の名前の意味、知ってましたか?」
「名前・・・・・?」
死人のような顔でリアルが力なく少年を見る。少年はゆっくりと、彼の耳元で囁いた。
「貴方の代わり、という意味ですよ」
「・・・・!!!」
ボロッ、とリアルの目から大粒の涙が溢れ出した。
――代わり。
その言葉が酷く胃の中をえぐり、激しい吐き気を覚えた。
けれど少年は無感情な声のまま続ける。
「貴方は生まれつき心臓が悪かったそうです。それもいつ死ぬか分からないような。そう言う場合は通常、臓器を移植したりしますよね?でもそれは所詮他人のものだからきちんと機能しない場合がある。だから貴方の両親は、もう一人の”貴方”を造ったんです。それがインステッド君。・・・貴方の”代わり”ですね」
「嘘・・・・だ・・・・」
必死で吐きそうになるのをこらえながら、リアルはかろうじてそう呟く。
何もかも否定したかった。今告白された事の全てを。
「嘘なんかじゃありません。もう一人の貴方を造ってしまえば臓器を移植したときに機能しない、なんてことあるはずないですからね」
胸の中央の奥深くで、ドクン、と心臓が動く。
「インステッド・・・・?」
嘘だと思いたかったが、呼びかけずにはいられなかった。
ドクン、とさっきよりも強くそれが反応する。
――嘘なんかじゃ、ない。
リアルはこの時全てを確信した。
今自分の中にあるものは確かにインステッドのもので、けれどそのインステッドは実は自分のクローンで。
仲のいい兄弟なんかではなく、それはただのもう一人の自分だった。
――全てが、嘘だったんだ・・・・。
「どうして・・・こんな事・・・・!!!」
怒りのやり所が分からない。激しい虚無感と、悲しみと、突き刺すような胸の痛み。
初めて味わった”嘘”ではない”現実”は死にたいほど――否、死よりも残酷なものだった。
「インステッド君は、貴方を殺してまで自分が生きようとは思えないと言っていました」
少年はついに声を上げて泣き始めたリアルに静かに告げる。
「知りたいと望んだのは、貴方ですよ」
そして最後にこう言うと、病室を後にする。
「何で・・・インステッド・・・・!!」
それにすら気づかないほど、リアルは激しく泣き続けていた。
もう居ない。
あの機械的な貼り付けた笑みでさえも、もう目にする事なんか出来ない。
いつも、何処に行くのも一緒だと言ったはずなのに――。
「僕は・・・君を殺してまで生かされる意味なんかあったの・・・・?」
返答なんかあるはずのない、絶望的な問いかけ。
「戻って来てよぉ・・・・っ!!」
――お願いだから、
何もいらない。望まない。
だから――

誰でもいいから、嘘だと言って。


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