第9話 奥底から蘇るモノ 4
 ぱたり、と銀ちゃんの腕が力なく床に落ちた。
 ・・・南無。心の中で合掌して、私は恐る恐る疾風へと目を向ける。と、運悪く奴とばっちり目が合い、
「っ!」
 不機嫌そうに目を細められ、突然手が伸びてきたかと思うとそのまま腕を掴まれてぐいっと引き寄せられる。
 そしてそのまま、私の体は疾風の胸に倒れこんだ。
「ちょ、いきなり何すんの!?」
 背中に回された大きな手に動揺してじたばたともがくと、むすっとした顔で疾風が一言。
「銀とはじゃれあってたくせに」
 ・・・・は。
「子供ですか」
「うるせ」
 あぁ・・・。まるで6歳年上とは思えない行動だ。つまりはこいつは、銀ちゃんにヤキモチを妬いてるわけだ?
「笑うなよ」
 堪えきれずぷっと吹き出した私に、疾風は不服そうにそう言った。
 だってこんなの笑うしかないでしょ。まさか銀ちゃんに妬くなんてねぇ?私たちが兄弟みたいなもんだって知ってるくせに。
 だけど最近気づいたんだけどさ、やっぱり私がドキドキさせられるのは洋介でも銀ちゃんでもなく、疾風だけなんだよね。
 抱きしめられてもこんなに動揺しなきゃ、多分そこまで抵抗しないんだけど。
 そんな事を思ってると、きゅぅ、と力を込めて抱きしめられた。かと思うと首筋に顔を埋められ、
「な、何してんの」
「充電」
 ・・・充電って!それはさすがに恥ずかし――
「ちょっと、俺の事忘れていちゃつかないでくれます?」
 どくん、と大きく心臓が跳ねたその時、生き返った銀ちゃんが寝転がったままこちらを見上げてそう言った。
「・・・ちっ」
「あ、はや兄!明らかな舌打ちやめてよ!傷つくし!」
 はいはい、と銀ちゃんを軽くあしらった疾風は私から離れてどかっとソファーに腰を下ろした。そしてネクタイをだるそうに緩める。
 そしてその隣にもうケロッとした顔の銀ちゃんが座り。
「そう言えば今日仕事だったんだよな?何でもう帰ってきたの?まさか俺が来てるって分かって早く帰ってきてくれたとか!?」
「幸せな妄想ありがとう」
「えー照れなくていいのに!まぁはや兄のそういう冷たいとこも小さい頃から好きだけどね」
「・・・銀、悪いけど俺にはそういう趣味はないから」
 にっこりと笑って言った銀ちゃんに静かにそういうと、疾風はおもむろに一人分のスペースを空けてソファーを移動した。
「え、それリアルに傷つくんだけど!」
 泣きそうな銀ちゃんを一瞥して、疾風はタバコに火をつけた。それから突っ立って二人の掛け合いを見ていた私を見上げると、
「那智、墓参り行くぞ。支度しろ」
「え」
 そういえば昨日の晩御飯の時行くかもっていうのは言ったけどさ。でも記憶が戻ってお墓の場所も思い出したし疾風は仕事だから一人で行く気満々だったんだけど。
「・・・まさかそのために帰って来たの?」
「は?お前が昨日行くって言ったんだろ?」
「・・・そうですね」
 まさか一人で行くつもりだったとは言えず、私は引きつった笑顔でそう答えた。
 全くこいつは過保護な保護者代わりだ。きっと引き取った以上は、って変な責任感じてるんだろうなぁ。
「と、言うわけだから。今日はお前の相手してる場合じゃねぇんだよ。またな、銀」
「え、はや兄!それはちょっと冷たすぎ!」
 そしてその後すぐ銀ちゃんは強制退出させられ、出かける支度を済ませた私は疾風と共に両親の眠る地へと赴いたのだった。

 ――久々の両親のお墓の前に、来る途中に買ったガーベラの花束をそっと供えて手を合わせる。
「お父さん、お母さん、お久しぶりです」
 目を閉じて静かにそう語りかける。返ってくるはずの無い返事に、きゅぅっと胸の奥を締め付けられるような寂しさを覚えた。
 何でだろう。もう何年も前のことなのに、なぜか今物凄く泣きたくて。物凄く二人に会いたくて。
 どうしようもない気持ちに私はぐっと唇を噛んだ。
 そんな私の肩に、疾風が静かに手を置いて。ふっと、物凄く優しい笑みを浮かべたあと疾風も墓石に向かって手を合わせた。
「お久しぶりです、おじさん、おばさん」
 それから私と同じ言葉を語りかける。穏やかなその横顔に、私が思わず見入ってしまっていると、
「いろいろあったけど那智は元気だし、俺がちゃんと育ててるから心配しないでください」
「何それ」
 いっちょ前にお父さんみたいな事を言ったものだから、私は思わずそうつっこむ。だけど疾風は知らん顔で言葉を続ける。
「勿論俺はおじさん達の代わりにはなってやれないけど、二人に劣らない愛情は注げる自信がある。正直これから先泣かせない自信はないけど、絶対大切にする。大事なんだ、こいつが。だから、」
 そう言って、疾風はそっと目を開けた。
「那智を俺にください」
 ・・・――え。
「ちょ、疾風・・・!?」
 もしかしてそれって・・・それって・・・プロポーズ!?
 思っても見なかった奴の言葉にあたふたとしていると、不意に疾風はこちらに顔を向けて。鼓動が速くなって、どうしていいか分からない私に素早く唇を重ねた。
 それはかすめるような、触れるだけの短いキス。
「お前が独りだって思う隙もないぐらい、これから頭ん中俺でいっぱいにしてやるよ」
 それから今までとは打って変わり、にやりと口角を吊り上げて笑う。
 何で。どうしてこいつは私の気持ちを、こうも素早く察知するんだろう。
 急な展開に頭がついていかないはずなのに、目にはじわりと涙が滲んで視界がぼやけた。
 困ったように笑った疾風の姿も霞んで、そのまま消えてしまうような気がして私は疾風の腕を掴む。
「何で・・・そんな自信満々なの。私まだ、疾風の事好きだ何て言ってない」
 そして出てきた言葉は可愛げのないひねくれたもの。胸の奥がくすぐったいのか痛いのか分からなくなって、ぽろぽろと両目から溢れ出した涙に漏れる嗚咽。
 あぁ・・・自分が情けない。それにこんな言葉、疾風を傷つけるだけなのに。
 言ってしまってから後悔して、私は疾風の顔が歪んでしまわないかと心配になった。けれど疾風は表情を変えず、ぽん、とあやすように私の頭を叩いて。
「悪いけど、お前が俺の事もう1回好きになるまで何度でも口説くから」
「・・・しつこい男は嫌われるんだよ」
「はっ。そこは上手く引いたりもするよ」
「何それ・・・」
 おどけたように言って笑った疾風に、私はぐずぐずと鼻を鳴らして抱きついた。
「本当はもう知ってるくせに。私が・・・あんたの事好きだって」
「さぁ?言葉にしてもらったことが無いからわかんねぇけど?」
 私の一世一代の告白に、奴はわざとらしく首をかしげる。だけど満足そうなその声音から、やっぱり自信があったんじゃないかと心の中で毒づいた。
「・・・言葉になんかしなくたって、分かるでしょ。一緒にいるだけでなんとなく、こう・・・心で感じるって言うか・・・」
「でも言葉は大事だぜ?」
 ・・・。こいつはどうしても私に好きだって言わせたいんだな・・・。
 にっこりと笑って「さぁ」なんて先を促す疾風を軽く睨みつけてから、私はぎゅっと目を瞑って心を決めた。
「・・・好きっ」
 言った瞬間、疾風が嬉しそうに笑った。それからふわりと体を抱きしめられ、安心感が体中に広がり、また涙が出てきた。私・・・いつからこんなに涙もろくなったんだろう。
 だけどこの際だからと、今まで言いたくて、でも言えなかった言葉も思い切って口に出した。
「独りにしないで・・・一緒にいてっ・・・」
 いつかあんたを失う日が来ても、それまではどうか。
 お願い神様、もう私から大事な人を取り上げないで。
 力いっぱい疾風に抱きついて、この日やっと私が認めたこと。
 ――私は疾風に、2度目の恋をしてしまったんだ。        

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