当時私は中学3年生で、これは今から3年も前の話。
その頃の私の家庭はぐちゃぐちゃで、お父さんはまともに家に帰ってこないしお母さんは他の男の人と何処かへ行ったきり帰ってこなくなった。
ポツン、と忘れられたように家に取り残された私は何度も何度も声を上げて泣いて、そのうち「寂しい」という感情に慣れてしまった。
孤独だった。
誰も側にいなくて、助けてくれる人なんか居なかったから。
友達にはこんな事言えないし、言ったら自分から離れていきそうで怖かった。
必死で笑って、我慢して。
でもそのうち涙なんか出なくなった。
中学3年生と言うと受験もあるし、私は必死で勉強に専念した。何かを考えていると少しでも気が紛れたから。
そのおかげで成績は常に上位、高校も推薦で入った。
「頭がいい」と言うだけで先生からも友達からも変な信頼をされて、一目おかれた。
苦しかった。孤独さは増していった。
そんなある日、あの人に出会った。
神谷榊。
高校1年の時、同じクラスになったけれどあの人はまともに学校になんか来なかった。
悪い噂なんかいくらでも聞いたし、その格好は校則なんてまるで無視だった。
みんな、彼の事を怖がっていた。
でも私は不思議とそんな恐怖はなくて、ただ何の想いもなく彼を見ていた。
怖い、なんて感情もう持っていないのかもしれない。
もしくは、両親に捨てられるほど怖い思いなんてないからかもしれない。
私の中に1つの感情が生まれたのは、突然だった。
ある日の放課後。教室に忘れ物をした私は、小走りでそれを取りに行く途中だった。
季節は秋。日は短く、辺りはもう薄暗かったため少しでも早く人気のないこの場所から離れたかった。
教室に到着してドアを開けると、意外に大きな音が響いた。
けれど特に気にするわけでもない私は、教室に入って辺りを見渡し、息を呑んだ。
「だ・・・れ・・・?」
教室の窓のさんに誰かが腰掛けて、顔を腕の中にうずめていた。
その人は私の声を聞くと一瞬だけ体を震わせゆっくり顔を上げると、こちらを向いた。
その人物があまりにも意外で、私は少したじろいだ。
無表情で、ツー、と涙を流すその人。
神谷榊が泣いていた。
それを見た瞬間言葉が出なくなった私は、驚いたからなんかじゃない。
今まで見たこともないほど、似ていたから。
あの人の目は私に「寂しい」と訴えていた。
まるで自分を見ているみたいで、居ても立ってもいられなくて。
――あぁ。
”助けなきゃ”。
当時俺は中学3年生で、これは今から3年も前の話。
その頃の俺は物凄く荒れてて、その原因の全ては両親にあった。
俺には3つ年下の中学1年生の弟が居て、この弟がまた出来のいい奴だった。
中学も俺のとこなんかよりもっともっと上のところを受験して、見事合格。親や親戚中弟を何かの神様のように褒めて、俺なんかまるで見えていないかのようだった。
いっそ本当に透明人間だったら、どれだけ良かったんだろう。
言葉には出されなくても、その想いはひしひしと伝わってくる。
たまに視線を向けられるだけで、その視線が語る。
「お前は出来損ないだ」と。
・・・痛かった。
とにかく全部が痛くて、寂しかった。
愛に飢えていたんだと思う。誰かに見てもらいたかったんだと思う。
だから俺はわざと派手な格好をして、悪い事もたくさんして注目される奴になった。
でもそんなことで心が満たされるわけがなくて。
どれだけ派手にやっても、周りからは人が減っていくばかりだった。
どうすればいいか分からなくて、途方に暮れていたその日。
ついに家が嫌になって逃げ出した俺に行くところは、皮肉にも1つしかなかった。
”学校”。
まともに登校もしないのに、受け入れてくれる場所はここしかない。
幸い放課後でもう誰も居なかったため、俺は教室の窓を開けてそこに座り何をするでもなくぼーっとしていた。
そしたらそのうち、何もかもが馬鹿らしくなってきて。
「・・・何だこれ・・・」
気づいた時には冷たいものが頬を伝っていて、俺はポツリとそう呟いた。
・・・涙なんて、もうとっくに失ったと思っていたのに。
それに気づいてしまったがために、涙は止まらなくなって次から次へと流れ出る。
でも心は空っぽだった。
あるのは虚無と、何か釈然としない気持ち。
故意にこの涙を止めるのは無理そうだったので、そのままの格好でジッとしていた時何の前触れもなく教室のドアは開いた。
丁度顔を腕の中にうずめていた俺は、顔を上げるのも面倒でそのままの体制でジッとしていた。
けれど。
「だ・・・れ・・・?」
発せられたその言葉に驚いて、俺は一瞬ビクッと震える。
俺に向けられた言葉は女のもの。
面倒だったけれど、この状態で無視するのも何だかおかしいので顔を上げる。
最初は一睨みして、追い払うつもりだった。
その、はずなのに。
教室の戸口に立っていたのは、同じクラスで確か学級委員長をやってる奴。
どんな時でも馬鹿みたいに笑顔なそいつが唯だ。
朝来唯。
俺の顔を見たアイツが、少し目を開くのが分かった。
それから少しずつ俺の方に歩いてきて――何を思ったんだろう。今までまともに会話した事もない俺に手を差し伸べた。
その表情がたくさんのものを俺に語りかけてくる。
初めて真正面から見たアイツの目は、俺に良く似ていた。
全てのものに飢えて、孤独で、悲しみを訴えかけてくる。
俺は、確信した。
こいつならきっと
”助けてくれる”と。
この瞬間からだ。
――俺の全てが
――私の全てが
目の前の、たった一人に注がれたのは。
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