1.年下会長。

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 ――「おはようございます、会長!」
 朝1番の校門前。そこで男子生徒数人が、なにやらにやけた顔で声だけ高校生らしくそう挨拶した。
「おはようございます」
 返事を返したのは少し赤っぽい髪を肩ほどの長さまで伸ばした一人の少女だった。
 彼女はにこやかに言って、学校に入っていく男子生徒を見送る。
 見送られたほうはこの上なく嬉しそうに笑いながら、足取りも軽くそれぞれ自分の学年の下駄箱に向かっていく。
「おはよー会長〜!」
「今日も可愛いよぉ、麗ちゃんっ」
 続きざまに女子生徒が数人、からかうように言いながら学校に入っていく。
「おはようございます、先輩方。いやもう、恥ずかしいじゃないですか〜」
 赤髪の少女は今度ははにかんだように笑って、女子生徒たちを見送った。
 彼女たちは嫌味のない笑い声を残し、先ほどの男子生徒同様下駄箱へ消えていった。
 少女はそれを見て一人楽しそうに微笑む。
 この赤髪の少女こそが水沢 麗みずさわ れい、17歳。高校2年生にして生徒会会長を務める頭良し・顔良し・性格良しと言われる校内では知らないものが居ないほどのアイドル的存在なのである。
 ”生徒会長”という言葉から想像する人柄とは少し違ったサバサバした性格と、さり気なく校則を違反している所が親近感があっていいと人気も高い。
 そして彼女が今こうやって校門に立っているのは、実は生徒会の取り組みだったりする。
「おー、やってるねぇ。生徒会長」
「あ、真田先輩おはようございますー」
 と、背後から声がかかり、麗が振り向くと一人の男子生徒が立っていた。制服を軽く着崩して髪をワックスで無造作に固めている。
 彼こそがこの学校の風紀委員長、真田 樹さなだ いつき高校3年生である。
「ごめんね、毎朝。俺こんなんだから風紀委員長として毎朝校門立っても説得力ないしさ。先生達もみんな麗ちゃんが朝立ちしてくれると何かと助かるって大喜びだし」
「へ?」
 言葉の意味が分からず、ポカンとする麗に向かって樹は悪戯っぽく笑いかける。
「テスト前とかさ、麗ちゃんが立ってくれるだけで出席率が上がるんだって。これで学力低下を防ごうって魂胆だよ、先生方は」
「はぁ・・・・」
 麗は思わず苦笑した。自分が生徒会長としてそこそこ人気があるのは知っていたが、まさか職員にまでそんな事を思われていたなんて正直驚きである。
「んじゃ、早いけど俺もう戻るわ。予鈴も鳴りそうだし。麗ちゃん頑張ってね」
「あ、ハイ。ありがとうございます」
 何処か気だるそうに伸びをして、やんわりと笑いながら言った樹に言葉を返して麗は元の様に立ち直す。
 まもなくして樹の言葉どおり予鈴が鳴った。あと5分もすれば今度は本鈴が鳴るはずだ。
 それでも麗はそこに立っていた。分かる限りではまだあと一人、登校していない人物が居る。
 毎度お馴染みの人物なのでいい加減注意する気も失せるが、逆にからかうのが最近の日課になってしまったようだ。
 1分2分と時間は迫る。
 けれど本鈴まであとほんの少しと言うときだった。
「・・・来た」
 息を荒げて向こうから走ってくる人物を見て、麗は溜息交じりで呟いた。
 その人物はかなり早いペースで校門を目指しひた走り、そしてやっと到着したときには達成感一杯の声で一言。
「せ・・・セーフだっ・・・!!」
「アウトです。」
 見事な切り返しだった。
 にっこりと笑って麗が言うと、そこで初めて彼女の存在に気づいた人物はまるで鉄砲玉を食らったように目を見開く。
「みっ・・・水沢・・・!!」
「おはようございます副会長。また遅刻の更新伸ばしましたね」
 まさに嫌味そのもの。それも、満面の笑みで言われると何か哀しくなってくる。
「はぁ、遅刻!?ふざけんな、俺はちゃんと本鈴までに・・・」
「忘れたんですか?昨日の話し合いで予鈴までに登校しなかった者も遅刻と判断する、って決まったじゃないですか。最近遅刻者多いですからねー」
「・・・!!」
 麗の目の前の人物、遅刻魔であって何を隠そう生徒会メンバーの一員、しかも副会長である矢野 爽也やの そうやは一層大きく目を見開いた。
「・・・そうだったぁー!!」
 悔しそうに叫んで、がっくりと頭を垂れる。
「ドンマイ、先輩」
「・・・お前朝から嫌味な奴だな・・・」
「副会長ほどじゃないですよ」
「っていうかわざわざ”副会長”って呼ぶな!それも嫌味の1つか!?」
「さぁ?」
 真剣で突っかかってくる爽也をさも面白そうにからかう麗。しかも相手は1つ年上、高校3年生だ。生徒会長だけあって、なかなか度胸があるのかもしれない。
「明日からはしっかりしてくださいね?生徒会の評判、落ちちゃいますから」
 悔しそうに自分を睨む目を軽く流し、麗はさわやかに言い残してその場から去っていく。
「言われなくても分かってるっつーのっっ!!」
 背後から聞こえてくる負け犬の叫びを、彼女は楽しそうに笑って聞いていた。
 騒がしい1日の始まりである。

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