晴天、とまでも行かず、けれど曇ってもいず。まだまだ肌寒さの残る3月の中頃、それは起こった。 「えー、じゃぁこれから来年度の生徒会役員について話します。っていうか率直に聞きます。誰か立候補者居ませんかー?」 1−3組では委員長らしき一人の女子生徒が面倒くさそうに言って、教室中を見回す。 彼女の隣ではいかにも「委員長」と言った感じの真面目そうな男子生徒が困ったように立っていた。 「あの・・・当選するかどうかは別として、とりあえず挑戦して見ようって人でも・・・」 「そうそう。こんなのちゃっちゃと決めて終わらせようよ」 男子生徒が控えめに言うと、女子生徒は急かすように続けた。 が、教室中反応なし。 気だるそうに座ってむすっとしている生徒が大半、そして机に突っ伏して寝ている生徒が数人。 委員長の話は聞いているが、誰一人としてやる気ゼロと言った感じだった。 見かねた担任がそんな生徒たちに声をかける。 「お前らもっと真剣に考えろよ。生徒会っていうのは実は物凄〜く意味のあるものなんだぞ?あ、結城、お前目立つの好きだからやってみたらどうだ?」 「・・・うぇ?いや、急に話振らないで下さいよ!っていうか俺そんな事してまで目立とうとしてませんから!」 それまでボケーッとしていた男子生徒だったが、担任のいきなりの言葉に慌てながら断る。 そしてクラスは彼を冷やかすような声で満ちたが、それも一瞬のこと。 再びシーンとした無気力な空気がその場に降りる。 「お前ら・・・やる気っていうものがないのか・・・・」 「だって生徒会って先輩とかいるじゃん?ウチら2年生苦手だしー・・・」 呆れたように担任が言って、一人の女子生徒が不満の声を漏らす。それに同意して何人かが頷いた。 「・・・じゃぁうちのクラスからは立候補者なしで行くの?」 諦めたように溜息をついて、委員長が言った。 「うーん・・・ここまで無気力な奴ばかりじゃぁなー・・・」 「あのさぁ・・・」 と、そこに控えめな声が割って入った。 口を開いたのは一人の男子生徒だった。 「会長とかって、やっぱ2年生じゃなきゃダメ?」 その瞬間、それまで無気力だったクラス中が一気に男子生徒を振り返る。 「何お前!?会長とか狙ってたの!?」 「うっわスゲェ。俺には到底無理っ」 「ち・・・違うって!俺じゃなくて推薦したい人が居るんだよ!!」 男子生徒は慌てて言って、担任を見る。 それに答えるように彼を見て担任は首をかしげた。 「別に2年じゃなくてもいいけど・・・何でまた?」 すると男子生徒は意気込んで答えた。 「そりゃぁ勿論、下の学年から会長っていうトップを出して上級生を見返そうって言う・・・」 「あ、それいい!!」 「だろ!?」 賛同の声が次々にあがって、クラスは一気にハイテンションに。 「はいはいはい黙ってねー。で・・・山上、その推薦したい人ってダレ?」 その声を制して、委員長の女子生徒は面倒くさそうに男子生徒――山上――を見る。 すると彼は、ある女子生徒に目を向けて言った。 「水沢さん・・・どうかな」 彼の視線の先には髪を故意に赤っぽく染めた少女が机に突っ伏していた。 「・・・・いい!!絶対いい!!」 「あー、麗なら先輩とも仲いいしっ。頭いいし可愛いし完璧じゃんかー」 周りからは激しく賛同の声があがり、委員長二人も納得したように頷いた。 「確かに麗ならいけるかも。でもその前にねぇ・・・」 と、委員長の女子生徒がクラスメイトの視線の先まで歩いていく。 そして、一言。 「寝てんじゃねぇよこの大事なときにー!!」 口の悪さが目立ったが、この際どうだっていい。 バシっ、という音が聞こえ、次いで驚きの声があがった。 「・・・何!?」 飛び起きたのは今正に夢から連れ戻された少女、水沢麗だ。 勢い良く机から顔をあげた反動で、耳元のピアスが揺れる。実は髪もこれも、校則違反だったりするのだ。 彼女は頭を片手でおさえ、驚いたように辺りを見回す。 が、見回して更にビックリ。クラスメイト全員の視線が自分に注がれているのだから。 「・・・は?」 思わずそんな間抜けな声がもれた。 「”は?”じゃないよ全く。アンタ会長に推薦されたからね」 「・・・・はぁ!?」 今度は正真正銘、驚愕の声。 「ちょっとまって瑞希!!会長って・・・・!?」 「水沢さんなら行けるって!俺自信もって推薦するよ」 「麗ちゃん頑張って先輩見返してね☆」 「応援してるからねー」 次々にそんな応援の言葉がかかったが、当の本人はわけが分からずただ困惑するばかりだった。 「ま、寝てたアンタも悪いってことで」 「・・・・そんなの関係ないじゃんかー!!」 委員長、 麗の逃げ道は無くなった。 わけが分からないまま麗が会長に推薦された同じころ、2−5組でも同様に生徒会の話し合いが進められていた。 その中でも一際やる気満々で委員長の話を聞いていたのが矢野爽也だ。 彼は学年でもまぁまぁの成績で、顔もそこそこ。それなりに人気があったりする。 本人は自分が人より劣っていると認めるのが嫌いで、人の上にたつことが好きな少しナルシストの入った少年だった。 けれど本人自身がそれに気づいていないため、少し哀れだったりする。 普段から学年で評判の良かった爽也は自分が会長に推薦されるのを期待していた。 さすがに自分から立候補するとなると、もし落選したときにどうしようか。そんな想いがあったので無駄にプライドの高い彼には出来なかった。 「えー、じゃぁ立候補者はいませんか?推薦したい人でもいいですよ」 一通り生徒会役員の説明をした委員長は、クラスメイトを見渡しながら言った。 「はい」 と、一人の生徒の手が挙がる。 「俺推薦したい奴いるんですけどー」 来た、と爽也は思った。緊張しながら挙手をした男子生徒のほうを見ると、彼とバッチリ目が合う。 男子生徒はそのまま爽也に意味深な笑みを向けながら言った。 「俺、矢野を推薦します!」 やった!!と、彼は内心で大きく手を上げた。 が、しかし。 「こいつ”副会長”に向いてると思うんっすよ。」 ・・・・はい? 思わずそんな言葉が出そうになるのを堪え、爽也は男子生徒を食い入るように見つめる。 「何ていうか・・・成績とか顔もトップってわけじゃないけど中の上とかよりもうちょっと上で・・・うーん。さり気なく目立ってる感じ?あ、縁の下の力持ちみたいな!?」 「あ、確かにそんな感じする」 「会長、とまではいかなくても副会長ぐらいが似合ってるよね」 ちょっと待てよ。今ここで顔を出してくるなよプライド傷つくだろ!? 心の中で激しくそう抗議し、爽也は自分に向けられている視線を見返す。 「どう?矢野君」 委員長が問い掛ける。 「俺、絶対お前が適任だと思う!」 彼を推薦した張本人は誇らしげに言って、周りの生徒もそれに頷いた。 「・・・そこまで言ってくれるなら・・・いいっすよ、別に・・・」 「はい、じゃぁうちのクラスから選出するのは副会長で矢野君ね」 「頑張れよー!」 ついに折れた爽也に、クラスメイトからは惜しみない拍手が送られた。 ただ本人には、それがどうしてもむなしく聞こえてしかたなかった。 矢野爽也17歳、この時人生最大かと思われる屈辱を味わう。 けれど実はこの屈辱、生徒会メンバーが揃ってからが恐ろしいものになることをこのときの彼はまだ知らない・・・。 |