モドル | モクジ

● 私の彼氏は・・・ --- じゃぁ、桜の木下で。 ●

「もしもし、俺だけど」
仕事が終わり、一息ついたころ。
急に携帯が鳴って出てみると、当たり前のようにそう言う声が機械を通して聞こえてきた。
「俺だけどって・・・・何とか詐欺ですか?」
相手は勿論分かっていたけれど少しからかってみると、馬鹿、と小さく怒鳴られる。
私はその言葉にクスリと笑ってから
「何のようですか?先輩」
そう、声をかけた。
『お前まだ先輩なんて言ってんのかよ?』
返ってきたのは少し荒っぽい口調の、溜息交じりの言葉。
『もう付き合い始めて何年経つと思ってんだ?それにお互いとっくに高校も卒業したしそろそろ名前で呼べって』
・・・・名前って言われてもなぁ・・・・・。
小さく苦笑した私は彼の言葉に少し困っていたりする。
だって名前で呼ぶ対象じゃなかったんだもん。ずっと。しかもそれが定着しちゃってるんだから今更名前でなんて・・・・。
「・・・・で、何のようなんですか?」
困った私は少しの間の後、彼の気を逸らすために話題を戻す。
『あぁ、実は今お前ん家の前に居るんだけど』
・・・・・・・・・・・・・は、い?
「なっ、何してんですか!?」
慌てて部屋の窓に駆け寄って、勢い良くカーテンを開ける。そこには確かに先輩の姿があって、私に気づくとニッと笑った。
・・・・・・・・・・って、あの人本当に何してんの!
『今出てこられるか?』
「だ・・・大丈夫ですけど・・・・ずっとそこに立ってたんですか?寒くないんですか?」
外はもう真っ暗。それもそのはず・・・・今は既に10時を回ってるんだから。
それに今の季節、春先だけあって夜になるとまだまだ肌寒さを感じる。
それなのにあの人は・・・ずっとあそこに居たんですか?
呆然と先輩を見つめている私の耳元で「とりあえず、来いよ」と短い言葉が告げられた。同時に窓の向こうの先輩の口が動いて、なんだかとっても近くに感じる。いや、実際近いんだけどさ。
「えと・・・・・・ちょっと待っててくださいね?」
私はそう答えると携帯を切って、急いで服を着替え始める。
家で仕事の残りをやっていたため、今見たらTシャツにジャージと言うなんともラフな格好をしていた。
もしかして・・・っていうか完璧さっきの、見られたよね・・・・・・!?
恥ずかしい・・・っ。
とりあえず寒くないように着込んで服装を整えた私は、最後に自分の格好を鏡でチェックすると急いで部屋を出た。

「よぉ」
外に出ると、先輩がそう言って近づいてくる。
「何でこんな所にいるんですか・・・?っていうか寒いじゃないですか、ずっとここに居ると!」
せめて入ってこればよかったのに。そう思って言うと、彼はすっとある所に指をさす。
「あーれ。こんな寒い季節に外で待つほど馬鹿じゃないぜ?」
先輩が指差した方向には、1台の車が止まっている。
あぁ・・・・・・なるほど。ビックリした・・・・・。
「驚かせないでくださ・・・・って、ちょっと!」
ホッと安堵の溜息をついた私の腕を、不意に先輩が掴む。
人が話してる途中に・・・・・・!
「まぁついて来なさい?」
けれど、反論しようとするとニッコリと笑ってそう言われ思わず言葉に詰まった。
そんな極悪な笑顔を向けられたら何かあるとしか思えないのですが・・・・・!?
「仕事、もう終わったのか?」
「は、はい・・・」
「じゃぁ問題なしだな!」
いえ、あなたの行動によってそれは変わってきますよ!
心の中で密かに抗議した私。けれどそんな心の声が先輩に届くはずもなく、彼は私の腕を掴んだまま車まで連れて行くと、一言。
「乗れ。」
・・・・・・・・相変わらず、とっても素敵な命令口調でらっしゃる事。
助手席を開けてそう言った先輩を、半ば諦めたように一瞥した私は少しの躊躇のあと仕方なく車に乗り込んだ。
先輩はと言うと、わざわざ私が乗り込むのを待ってから自分も運転席に乗り込む。
・・・・何だかここ数年でちょっとだけ紳士度がアップしてる気がする。
「・・・・・先輩、何処行くんですか?」
エンジンをかける彼を見てそう訊ねると
「ドライブ。それから先輩っつーのヤメロ。名前だ。隼人って呼べ。」
はっ・・・・・・隼人!?
ムリムリムリムリ!何かしっくり来ないし・・・・・・恥ずかしいしっ。
それからあなた、「ドライブ」って答えになってないですよ!私は行き先を聞いたのに・・・!
「ら・・・・拉致だけは勘弁ですよ・・・!?」
ぶはっ。
真剣で言った私の言葉に、先輩は豪快に吹き出す。
「お前・・・・何処の世界に自分の彼女を拉致る男が居るんだよ?」
苦しそうにヒーヒー笑いながら、先輩はかろうじてそれだけ言うとまた笑い出す。
まぁね、私だってそんなことありえないって分かってるよ?
・・・・・・でも。
「あなただから聞いたんです」なんて・・・・・・口が裂けてもいえない。
「心配すんな。着けば分かるから」
一しきり笑い終えた後、先輩はポンポンと私の頭を撫でてそう言うとアクセルを踏んだ。
そうして、行き先のわからない車が走り出す。

・・・・・・・・・で、どうして着いた先がここなんでしょう?
車から降りるなり、私は懐かしい場所に対してそんな事を思ってしまった。
「な、着けば分かるつっただろ?」
いやぁ、それはまぁ分かりますけど・・・・・・・・
何で、高校?
「久しぶり・・・・ですねぇ」
何が目的で来たのか分からず、とりあえず私はそう答える。満足げな先輩を刺激すると痛い目に遭いそうだった。
「じゃ、行くぞ」
真っ暗な敷地を呆然と見つめていると、不意にそんな声が聞こえて。気づくと先輩はスタスタと歩き始めている。
「ちょっ・・・待ってくださいよー!」
こんな暗いところにおいていかれるなんて真っ平だっ。
私は急いで先輩のところまで走っていくと、まるでお化け屋敷に入ったときのような格好で彼の腕にしがみついた。
――それから少しして。
「軽くなんか出そうだよなー」
校庭を歩きながら、先輩が笑いを含んだ声でそう言った。勿論、私が怖がるのを楽しんで言ってるんだけど。
恨めしそうに彼を見るとニヤリ、と意地悪そうな笑みを向けられた。
因みに、私たちがどうやってここに入ってきたのかと言うと。
当然校門は閉まっていたので、お決まりのようにそこを乗り越えて潜入する羽目になってしまった。
しかも、苦労している私の隣で先輩は軽々と柵を越えてしまう。
・・・・・・・軽くと言わずむかついたね。
「何か出たら追い払ってくださいよね。絶対に!」
意地になって語尾を強調していった私に先輩の意地悪そうな笑みが苦笑に変わる。
「アリサー・・・・もうちょっと精神的に成長したらどうだ?」
「ほ・・・ほっといてくださいっ」
だって幽霊とか1番嫌いな類なんだもん!しかもこんな真っ暗なところ怖いじゃん!っていうか最初に脅したのはあ・な・た・ですよ!
何だかとっても悔しいのと肌寒いのとで、私はぎゅっと先輩の腕にしがみついた。
「痛い」
「我慢してください」
そんなやりとりをしつつ、私は先輩が足を進める方向にただついて行く。
そうしてたどり着いたのは――
「綺麗ー・・・!」
月光を浴びて凛と咲き誇る、桜の木の下。
「夜桜ってやつだな」
感嘆の声を上げる私の隣では、先輩が満足げにそう言った。
「もしかしてこれ見に連れてきてくれたんですか?」
あまりの美しさにすっかり気をよくした私は、目をらんらんと輝かせながら先輩を見る。
「・・・・・まぁ、それもある」
先輩はと言うと、わざと私を見ずにジッと桜に目を向けてボソりとそう答えた。
・・・・・・あ、もしかして照れてる?
先輩の横顔を見ながら、私は思わず表情を緩めた。
「でも”それも”ってどういう事ですか?」
ふと、彼の言葉を疑問に思った私はそう尋ねる。
すると先輩はあぁ・・・と言いながらこっちに体を向けて。
「やる。」
実に簡潔にそれだけ言うと、すっと私に何か差し出した。
「?何ですか――」
――って、これまさか・・・・
私の目は先輩の手の上にちょこん、と乗っている小さな箱に釘付けになった。
だって、もし私の推測が正しいのなら、これってまさか・・・・・まさか・・・・・・!?
戸惑って先輩を見てみると、彼は微かに悪戯っぽく微笑んで首を傾げるだけ。
どうした、いらないのか?
・・・・・・・・そう言いたいんですね?
先輩の意を汲み取った私は、少しずつ早くなる鼓動を静めるように静かに息を吐くと。
思い切って、小さな箱に手を伸ばす。
少しだけ震える手で箱を開けてみると――
案の定、そこには指輪が入っていた。
「これ・・・・・・・・」
月光を浴びてキラリと光るダイアを何ともいえない想いで見つめる。
あぁ、何か言葉が出てこないよ。
「卒業式の日のこと」
不意に、先輩が口を開いた。
「は、い・・・・?」
何だか夢みたいな展開に、心ここにあらずと言った感じで先輩を見ると、
「何か思い出さないか?」
彼はそう言って意味深な笑みを浮かべる。
――卒業式の日?
思考をフル回転させて、私は記憶を辿っていく。
そして思い出したのは「卒業式」、「桜」、それから・・・・・・・・・・・・
だっ・・・・・・・・・第2ボタン・・・・・・・!!!
”まぁ、それはいずれお前が付ける指輪の代わりっつーことで。それまで持っとけよ。”
頭の中に鮮明に蘇ったのは、あの時の先輩の言葉。
っていうかこの人、何気にいつもロマンチストなんだよね・・・!
あぁ、でもどうしよう・・・私こんな展開予測してなかったからっ・・・・
「第2ボタン・・・・持って来てない・・・」
ボソりと、消え入りそうな声で呟くと。
・・・・ぶはっっ。
先輩、本日2度目の吹き出しです。
「お前・・・・そこ気にするか!?」
「だ・・・だって・・・っ!!」
「いいじゃん別にそこはさぁ?つーか俺がそれをやるっつってんだからボタン1つなんてもうどうだっていいだろ?」
「うぅっ・・・・!」
ば・・・馬鹿正直に反応した私が馬鹿みたいじゃないですか・・・!
情けなくなって思わず目が潤んだ私を見て、先輩は1つ溜息を零すと。
「結婚、するか?」
少し腰をかがめて私の顔を覗き込み、苦笑しながら――でも何だか優しい笑顔で、確かめるようにそう問い掛けてくる。
あぁ・・・・・何かもう、本当夢みたい。この人のこんな穏やかな笑顔が見られると後に何か起こりそうで怖いんだけど・・・
「はい・・・」
小さく小さく、私は返事をした。
先輩はそんな私の言葉を聞いた瞬間、弾けたような笑みを顔一杯に浮かべて。
そうして素早く、私は彼にキスされる。
その瞬間全身がカァッと熱くなって、今になって緊張していたんだと思い知らされる。
けれど同時に、ふっと体から力が抜けていくような感覚に襲われて。
「アリサ?」
私はふにゃふにゃと、その場に腰を下ろす。
先輩はと言うと、そんな私を驚いたように見てから――脱力の感じられる大きな溜息をついた。
「俺今、スッゲェ感無量だったのに」
「だって・・・何か力が抜けて・・・!」
あぅ・・・・最後の最後で情けない・・・!
いろんな意味で泣きたくなった私を、先輩はまたいつもの調子でからかい始める。
でも。
いつも予測できない事をして私を驚かせてくれるあなたが
本当はとってもとっても大好きなんです。


...Fine
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