* 16歳の結婚生活。 10
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「ねぇハル、転校生って超ーーーーカッコイイんだって!」
「!?」

翌日。今日から奴が同じ学校なのかと鬱々とした気分で登校してみると、開口1番で興奮気味の彩ちゃんがそんな事を言い出した。「おはよう」と言いかけた私の口からは思わず驚愕の声が漏れそうになる。
「て、転校生って・・・・」

どこからそんな噂が!?いつのまに!?そりゃあアイツの容姿は人目を引くけど――!

必死で心を落ち着かせながらそう尋ねると、ウキウキとした様子の彩ちゃんが得意げに教えてくれた。
「あれ、ハル知らないの?この学年に今日来るんだって!朝チラッと顔見かけた子がいるらしいんだけどすっごいかっこ良くて、それから女子はその話題で持ちきりなのよ!」
「この・・・学年!?」
聞き捨てならない言葉を私は思わず繰り返した。
「そうよ。もしウチのクラスだったら更にラッキーじゃない!?」
・・・ちょっと待った。
拓馬は少なくとも私たちと同じ学年じゃない。という事は、別人?それともまさか――・・・妙な手を使って同じ学年に!?
あ、ありえる!!アイツなら金に物を言わせるぐらい簡単だ・・・!!
「どうしたのハル?顔青いけど具合でも悪いの?」
「や、何でも・・・。私ちょっとトイレ行ってくる!」
「え、ハルー!?」
今さっき学校に来たばかりなのに、来て早々鞄を放り出してトイレにダッシュってどうかと思うけど、もう今はそんなこと気にしない。
あぁ、落ち着かなきゃ!!何でこんなことになってんの!初日から厄介なことに巻き込まれるのは嫌ー!!

トイレに入るなり私は個室のドアを勢いよく閉めて思いっきり息を吐き出した。
「ありえない・・・」
くそ親父。馬鹿拓馬。私の知らないところで汚い手を使ってるなんて・・・帰ったら覚悟してなさいよ!!

思わず目が据わって拳を作ったその時、ふと外から興奮気味の女の子の話し声が聞こえてきた。
「ねぇ転校生の男の子見た!?ヤバイっしょあれは!髪なんてメッチャいい感じに盛ってあってさ!」
「見た見た!背高かったよね?なんかちょっと軽い感じしたけどさー、黒髪はいい感じだったよね!」
・・・・黒髪?
私は思わず彼女たちの話に聞き入っていた。
確かに奴は背が高いけど、どっちかって言うと黒髪じゃなくて元からの茶髪だし。それに朝見たときはそこまで髪をセットしてる風にもなかった。軽い感じにも見えないはず・・・・。
と、言うことは。

・・・・・・別人?

な、なんだ・・・そっか。そうよね!いくらなんでもアイツだって1年生からやり直すなんて事はないわよね!?

「あースッキリー!」
誤解が解けた私は意気揚々と教室に戻ってきた。
「お帰りハル。便秘でも治ったの?」
「・・・彩ちゃん、君は一応女の子だよね・・・」
サラッとそんな事を言った彩ちゃんにがっくりと頭を垂れていると、丁度チャイムが鳴った。朝のHRが始まるのでみんなぞろぞろと自分の席に着く。私も1番後ろにある自分の席に着いたけれど、隣の席の子はどうも休みのようで空席だった。
それからすぐに先生がガラガラっと教室のドアを開けて入ってきた。そして教壇に立つと、わざとらしくコホンと1つ咳払い。
「えー、もう知ってる奴もいると思うが、今日はこのクラスに転校生を迎えることになった」
そしてその一言で、教室中がざわつく。しかも主に女子。
「うそー!」とか「ありえない!」という悲鳴に近い歓声を上げる彼女たちをうるさそうな目で見てから、先生は廊下に向かって「入って来い、尾崎」と転校生を促した。

凄い。こんな漫画みたいなことありえるんだー、と感心していた私は、ふと拓馬の事が気になった。
奴も今頃同じように歓迎されてるんだろうか・・・。でもだとしたら何かすっごいムカつく・・・。
あーダメダメ!今は奴の事は忘れよう!

頭から無理やり拓馬の事を追い出して、おもむろに顔を上げる。するとそこには、みんなが噂していた転校生の姿があった。
うん。本当に噂どおり。なんていうか・・・、

軽そう・・・・。

それでも彼がにこりと人懐っこい笑みを浮かべた瞬間そのイメージはなくなり、女子からはほぅ、と感嘆のため息が漏れた。
「初めまして、尾崎おざき 聖太せいたです。よろしくお願いします」
彼がそう挨拶すると「仲良くしてやれよー」と先生が一言。そして教室中を見渡して・・・、と、不意に私と目が合った。
・・・なんか、若干嫌な予感がしないでもない・・・・?
「あぁ、今日は松村が休みだからな。今日だけ1番後ろのあの席に座ってくれないか?すぐに机を用意するから」
1番後ろの松村・・・って、私の隣の席の子じゃない!!
という事は、尾崎君は今日1日私の隣に?
ちょっと待ってよ先生!女子の恨めしそうな視線が痛いから!!
「そう言うわけだから戸枝、放課後に校内を案内してやってくれ」
「え!?」
先生はどこか含みのあるにやりとした笑みで言った。きっと私もクラスの女の子たちと同じだと思ってるんだろう。
だけど私は違うから!今は自称婚約者で手いっぱいでそんな場合じゃないんだってば!!

けれどそんな私の心の叫びが先生に聞こえるはずもなく、気づけば隣には尾崎君の姿。
「よろしくね」
にこりと笑って言われ、嫌とも言えず思わずつられて笑い返した。

・・・・あぁ、前途多難だ・・・・。


「ハールー!!」
HRが終わるとすぐに彩ちゃんとその他数人の女の子が私の方に駆け寄ってきた。
「ちょっとアンタ!何このラッキーな席は!」
「いや、ラッキーって言うか・・・」
「もう何か話した?彼女いるって!?」
「いやいや、そんなこと聞く暇ないでしょ」
みんなの勢いに圧倒されつつちらりと隣の席を見る。尾崎君はもう他の男子達に取り囲まれて楽しそうに話をしていた。

うーん・・・今頃拓馬も彼のように上手くやってるんだろうか・・・。

「ねぇちょっとハル!聞いてんの!?」
「・・・は、え?」
ふと我に返ると、みんなが私の顔を覗き込んでいて。
「ご、ごめん・・・なんか言った?」
「・・・ダメだわこの子。意識がどっか行っちゃってる」
はぁ、と言う彼女達のため息は授業の予鈴にかき消されたのだった。

そうしてとうとう放課後になり、私は気が進まないまま尾崎君を案内する羽目に。クラスの女の子達からはこの役目を物凄く羨ましがられたけれど、それならいっそ代わってあげたいわ。
「じゃぁお願いな、えーっと・・・」
「あ、戸枝です。戸枝ハル」
「ハルちゃん」
自己紹介すると、にこりと笑っていきなり名前で呼ばれた。う、やっぱりこの人軽そう。
「・・・じゃあとりあえずついて来て。実を言うと私もまだよく校内の事知らないからあんまりお役に立てないかもだけど・・・」
「あぁ、気にしないで。どうせ1回聞いただけじゃ覚えられないだろうし」
物覚え悪いんだよね。そう言って尾崎君はもう1度笑った。

それから二人で廊下を歩いていると、周りにいる人たちの様子がおかしい事に気づく。
「なんなんだろ、みんななんかぽーっとしてる」
尾崎君が言うように、周りを歩いている女子生徒はみんな熱っぽい表情である一点に目を向けていた。不思議に思いその視線の先を辿ると――

「たっ・・・」

く、ま。と、叫びかけて私はどうにかそれを思いとどまった。心臓が一気にドクドクと脈打ち始める。
「どうしたの、ハルちゃん?」
「な、何でもないの。行こう」
不思議そうに尾崎君に訊ねられ、私は苦しい笑みを浮かべてそう言った。
だってみんなの視線の先、つまり私達の前方に拓馬の姿が・・・!しかも隣には同じように熱っぽい表情の女の人がいて、奴のいつもの極悪な笑みは何処へやら。貴公子みたいに爽やかな笑みなんか浮かべて二人でこっちに歩いてくる。大方向こうも校内を案内されてるんだろうけど・・・。

って、「行こう」とか言ったけど拓馬とすれ違いたくない!出来るなら気づかれたくない!!

「ね、ねぇ尾崎君、ちょっと進路変更しない?」
「え、何で?」
「いいから!」
――はっ。焦って思わず大声を出してしまった・・・!
案の定私の声が耳に入ったらしい拓馬がこっちを向いて、ばっちりと目が合う。
あぁ・・・・・・・終わった。
「ハルちゃん?」
「・・・ごめん、やっぱりこのまま行こう」
観念した私は目線を奴から逸らしてぐいぐいと尾崎君の腕を引っ張っていく。見つかったからには早く奴の隣を通り過ぎたかった。
「ちょ・・・」
尾崎君の言葉を無視して下を向きつつ私は早足で進む。前方から嫌な視線を感じる気が・・・。
「ハルちゃん、あのさ――」
と、不意に尾崎君が声を潜める。そして私の耳元で何か言いかけた瞬間、

「わっ!?」

ドンっ、と勢い良く誰かと体がぶつかった。思わずよろけてこけそうになるところをどうにか持ちこたえ、驚いて振り返ると。
「あぁ、ごめん。大丈夫?」
そこにはふふん、といつもの俺様笑顔の拓馬の姿。
「アンタ・・・・」
私は周りに聞こえない小さな声で毒づいた。
・・・わざとだ。今の絶対わざとぶつかってきた!!
「大丈夫ハルちゃん?」
「うん、大丈夫。行こう尾崎君」
私を心配して言ってくれた尾崎君に素早くそう答えて、私は彼を置いてすたすたと歩き始めた。
最っ低・・・・。
拓馬なんて最低だぁっ!!

「ちょっと待ってよハルちゃん!」
それからしばらくして尾崎君の声が聞こえ、私はハッと我に返った。
「あ、ごめん!私――」
「なぁ、さっきの奴知り合い?」
「へ!?」
唐突にそんな事を聞かれ、私は思わずたじろいだ。
「や、全然初対面だけど!?」
「そう?なんかさ、あの人すれ違う寸前ハルちゃんの事ガン見してたから。でも知り合いじゃないなら気をつけたほうがいいぜ。ぶつかったのもきっとわざとだろ」
「う、うん。今度から気をつける。ありがとね」
ガン見・・・されてたのか。下向いてたから気づかなかったけど・・・。
そして尾崎君、鋭い。この人も容赦できないわね・・・。

でもまぁ、これで帰ってから拓馬に痛い目を見てもらうのは決定ね?



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