* 16歳の結婚生活。 9
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ついに。
ついに明日、その日がやって来てしまいます。
そう・・・・・拓馬がうちの学校に転校してくる日が!!

「だーかーらー!ここを右に曲がってね?それで真っ直ぐ行ってこの自販機の所からこう入ってー・・・!」
今私は、一生懸命学校の道順を紙に書いて拓馬に説明していた。一緒に行けばそれが1番早いことなんだけど、そんなの無理。有り得ない。この同棲の事は誰にも知られるわけにはいかないんだから!!
「何処だよそれ。わかんねぇ」
が、しかし。
拓馬はしかめっ面で、私が描いた地図を睨んでさっきから何度目かになるか分からない言葉を吐き捨てる。
「大体さ、ハル実は絵描くの苦手だろ?どれが何だかサッパリ・・・」
「う、うるさいなぁ!人が頑張って説明してあげてるのに!」
痛いところを突かれて私の顔は思いっきり赤くなる。
しょうがないでしょ!こればっかりは生まれつきのものなんだから・・・!
「って言うか、じゃぁハルの分かんない説明聞いてるより実際行ってみた方がいいんじゃね?」
「は?」
と、急に拓馬がそんな事を言って立ち上がる。
「ちょ、ちょっと待ってよ。行くって今から!?」
「おぅ。何分くらいかかるんだよ?」
「多分30分ぐらい・・・」
「んじゃ、問題なし」
問題なしって、アンタ。今もう9時よ?行って帰って10時よ?ただでさえ疲れてるのにこれ以上疲れるようなことしたくな――
「って、ちょっと!」
気づくと拓馬に腕をとられ、無理やり引っ張って立たされていた。
「いいじゃんたまには。二人っきりで夜の散歩」
艶かしい表情で笑って奴は怪しげな言い回しをしやがる。そして呆気にとられている私をよそにそのままスタスタと玄関まで歩いていくものだから、
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
これはもう行かざるを得ない。
私は仕方なく奴の後を追って駆け出したのだった。

そしてマンションから出て来たはいいものの。
「・・・で、私はなぜ手を繋がれているのでしょう」
「なぜって、恋人っぽく見えるように?」
ぞぞぞー。
拓馬が満面の笑みで言った瞬間、冷たいものが体中を駆け巡った。
「恋人に見えなくて結構!って言うか現にそうじゃないから!」
言いながら私はぶんぶんと腕を振った。奴は「チッ」と舌打をしつつも、
「で、何処からどう行けばいいわけ?」
そう言いながら歩き出す。

・・・・はぁ。こいつと並んで歩かなきゃいけない日が来るなんて・・・。まぁ案内するだけならいいか。

「くれぐれもおかしなことはしないでよねっ」
私は拓馬の背中にむかってそう皮肉な言葉を投げかけた。

*


そして今、私は拓馬に分かりやすーく通学路を説明しながら歩いていた。悔しいことに奴は記憶力がいいようで、1度私が道を教えるとすぐにそれを覚えてしまう。
まぁ、時間短縮されるからそこはいいとして。
「そうそう、ここが問題の自販機ねっ」
そう、私が紙に書いて力説していた!
「この自販機の横に道があるでしょ?ここに入るのよ」
「ほお。こんな感じになってたのか。やっぱり実際来てみないと分からないな」
「・・・何よそれ。私の説明じゃサッパリ分からなかったって言いたいわけ?」
からかうように言う拓馬をむすっとして睨みつけると、「さぁ?」と奴は肩をすくめた。
む、むかつく・・・!
「人がせっかく教えてあげてるのに感謝の気持ちとかはないわけ!?」
「ありがとうございます」
「棒読み!!」
くぅ!!本当に苛つく男!なんだこの嫌味な奴は!
「もういい・・・馬鹿っ」
ふんっ。これ以上はもう必要最低限のことしか言ってあげないんだから。
機嫌が斜め下がりになってしまった私はくるりと奴に背を向けて歩き出した。
「ちょ、ハル!」
案の定奴は慌てたように追いかけてくる。
馬鹿拓馬。自業自得よ!そう思いながら足を踏み出した瞬間、
「きゃっ――」
こつん、と靴が何かにつまずいた。暗くて良く見えないせいだと思いながらも、前に傾いていく上体をどうすることも出来ず。
こける――そう思ったときだった。

「ハルっ」

ぐい、っと体が別の方向に引っ張られた。覚悟していた衝撃も痛みもない。あるのは何故か、体を包む温かさだけ。
「危ねー・・・」
頭上から声が降ってきて、私は恐る恐る目を開ける。そうして上を見上げると、
「足元ぐらい気をつけて歩けよ」
はぁ、とため息混じりに笑って言う拓馬の顔がそこにはあった。そして私は、奴が体を受け止めてくれたのだと理解する。

かぁっと体中が熱に包まれる。
や、ヤバイ。拓馬が王子様みたいに見える・・・!?
「目の錯覚・・・!」
「はぁ?」
思わず呟くと、拓馬はわけが分からないといった風に顔をしかめた。

・・・って言うかね。
こいつは本当ずるいと思うのよ!どうしていつも嫌味なくせにこう言うときだけ瞬時に動いて助けてくれるのよ。どうして変なところで優しいのよ。もう本当いきなりすぎ。不意打ちばっかで最低。
あーわけ分かんない!何でこんなドキドキしてんの、自分!!

「拓馬なんて大ッ嫌いなはずなのに!!」
「何でいきなりそうなる!?」
気づくと私は、ドンドンと奴の胸を叩いていて。悔し紛れに言うと拓馬は明らかに傷ついた様子で私を見下ろす。けれどそれから1つため息をつくと、
「あーはいはい、俺が悪かった。ちゃんと感謝してるから。もうからかわないから」
そう言って、小さな子供をあやすように私の頭に手を回して全身をふわりと自分の中に抱きくるめる。
だけど私はそれが気に入らなくて、
「違う!そんな事で怒るほど子供じゃないんだから、馬鹿!」
そう言って奴の腕の中でじたばたともがいた。「じゃぁなんだよ」と途方にくれた声が上から降ってくる。

な、なんだよって言われたって・・・・。

「そんなの、分かったら苦労してないし!」
「理由分からずかよ!」
すぐさま気持ちいいくらいの奴からの切り反し。
うぅっ、図星・・・・。
だけどこれじゃぁまるで私が拓馬に八つ当たりしてるみたいじゃない!?違う!それは違うから!
私の中にあるモヤモヤした気持ちを作り出す元凶は間違いなく目の前のコイツなんだから!

「・・・と、とりあえず!この話はもうやめ!いいわね?今日の目的はアンタに道を教えることなんだから!」
数秒の沈黙の後、先に口を開いたのは私。思い切って今までの事をこの夜の闇に葬ってしまおうと、大きく出た自分。
「・・・こうなった原因を作った本人が今さら何を言う」
「え、何かおっしゃいました?」
「いえ何も」
本当はばっちり聞こえてたけど。あえて聞き返すと、拓馬はため息交じりでそう答えたのでそれ以上の言及はやめておいた。
私ももう事を深く考えるのはやめようと決意して、再び歩き出す。勿論、体の自由を奪っていた拓馬の腕を振り切って。
少し冷たい夜風がかえって心地よく感じたのはどうしてかなんて事も、もう考えない。
火照った体とうるさい鼓動。

・・・・あんまり免疫のない私に奴の過度なスキンシップは卑怯だと思うんだけど?
でも私は絶対こんなことで洗脳されたりしないんだから!!

「・・・今度はなんだよ?」
それから突然くるりと振り向いた私に、拓馬は難しい顔で言った。
行動パターンが読めない。そんな奴の心の声がありありと伝わってくる。
私は数秒じーっと、そんな拓馬の顔を睨むように見つめてから、

「さっき・・・・・ありがと」

ぼそりと、本当に聞こえるか聞こえないかぐらいの声で。それだけ言って、またパッと前に向き直る。そしてさっきよりも早足で歩き出した。
「ハル・・・」
後ろからは、呆然とした風の奴の声。
ふっふっふ。今度は私が不意をついてやる番――

「今、なんか言った?」

――・・・・・・ガクッ。
「・・・っ、そこはちゃんと聞いときなさいよ!?」
「いや、お前の声が小さいだろ。なーなんて言ったんだよ?もっかいさ、今度は耳元で囁いて」
「絶対嫌だ馬鹿!」

本当にもう・・・・そこで聞き逃すか!?そりゃあ奴の言葉も一理あるけど・・・信じらんない。呆れて思わずまた転びそうになったじゃないっ。また同じ失態を繰り返して奴に借りを作るなんてごめんだわ!
「・・・疲れる奴」
「褒め言葉?そりゃどうも」
「褒めてないし!」

そんなこんなで、結局「あぁ言えばこう言う」関係な私たちはこの後もマンションに戻るまでくだらない言い合いが尽きないまま。
明日からこれまで以上に学校生活が大変になるのに、その前夜にどっと疲れさせられた感じ・・・。

あぁ神様!どうか明日から波風立たない生活を私に!そして3ヵ月後には自由が戻ってきますように!



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