* 16歳の結婚生活。 8
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「ねぇハル、アンタ最近ため息多くない?」

拓馬と同棲を始めて早1週間。毎日繰り広げられる奴と私の攻防戦はなんだか勢いを増してきたようで、すっかり疲れきった私が小さくため息をついたのが事の発端だった。
拓馬が転校してくるまでは唯一安全な場所である学校で、休み時間に私のその様子を見逃さなかった親友の矢崎 彩(やざき あや)がそう言って心配そうに顔をしかめる。
「あ、彩ちゃん。アハハ・・・私もいろいろ苦労してんのよ・・・」
「そう?何か悩んでるんだったら言いなさいよ?」
私が苦笑しながらそう言うと、彩ちゃんは真面目な顔でそんな優しい言葉をかけてくれる。
さすが我が親友!と、感動していたのも束の間。
「あ、そうそう!5組の高橋さんと松田君なんだけどねー、やっぱり付き合ってるらしいんだよぉ!!」

は、始まってしまった・・・・。

「へ、へー・・・」
私はビクり、と小さく体を震わせてから彼女の話に相槌を打つ。
彩ちゃんは明るくて話し上手で気が利くとってもいい子。だけどこの噂好きが欠点と言うかなんと言うか・・・・。何てったって恋愛情報の根源はこの子と言っても過言ではないほどなんだから。
まぁそういう訳で、私は口が裂けても彩ちゃんには同棲の事は言えない。ましてや下手すれば3ヵ月後に結婚なんてそんな話、むしろ彩ちゃんのために用意されたようなネタじゃない!
私は密かに、けれどしっかりと自分の口にチャックをした。
ダメよハル、へまなんてしちゃ。――そう自己暗示をかけつつ。

「ところでさ、いっつも興味なさそうだけどハルは好きな人とかいないの?」

「わ、私っ!?」
と、突然話を自分に向けられて明らかにうろたえる。探るような彩ちゃんの視線を必死に受け止めて、心の中で自分を叱咤した。
あぁもう馬鹿!そんな律儀な反応してばれたらどうするの!
「い・・・居ないよ?そんな人。高校入ってまだあんまり経ってないし、誰がいいとかまだ分かんないしね!」
そしてどうにかごまかした。勘のいい彼女のことだから私のおかしな態度に気づいて何か追求してくるかもしれないけど・・・・もう私、これで一杯いっぱいだよ。泣きたいよ神様。恨むよ両親。
「居ないの?つまんないなぁ・・・。せっかくの高校生活がしけちゃうよ?」
彩ちゃんはと言うと、むぅっとした顔でご丁寧にそう忠告してくれる。

・・・・ハハハ。全くその正反対だなんて私は一体誰に言えよう。
ってうか本当この子・・・恋愛の話になると変わるなぁ。

「そだっ!元彼君とは今連絡取り合ったりしてないの?」
彩ちゃんの豹変振りに感心していると、不意にその話題を持ち出されて私は一気に落ち着きを取り戻した。と言うか、テンションダウン。
「あぁ・・・惷?今は何の連絡も取ってないよ。多分向こうも嫌だろうし・・・」
つい最近拓馬に無理矢理掘り返された記憶。不覚にも奴のおかげで自分がまだまだ惷を忘れていなかったことを実感してしまった。だけどそれが、好きって言う気持ちなのか単なる未練なのかは分からないけれど。
連絡なんていつから取ってないだろう?でも今そんなことしたら間違いなく拓馬に何かされるだろうしね、惷の方が。
「へぇ・・・そうなんだ。ごめんね、ハル。何か嫌な事思い出させちゃったかも・・・」
私の表情が変わったことに気づいた彩ちゃんは少し気まずそうに慌ててそう言う。
「や、全然いいよ!」
私はそんな彼女を見て笑いながら答えた。人の思っていることを敏感に感じ取って、その上できちんとした対応が出来るのは彩ちゃんのいいところだよ。

「あー、私も彼氏欲しいなー!あ、でも今はハル一筋だけどねっ」
「本当に?嬉しー!私もー!」
気を取り直したように声音を変えて彩ちゃんがそう叫んだ。そして後半部分は少しレズの入った発言。だけど愛の告白を受けてすっかり機嫌を直した私はちゃっかりそれに愛を返す。
一瞬だけ拓馬の顔が浮かんだけど、そんなものはすぐに頭から追いやった。
「あ、そうだ。帰りにいつものカフェ寄ってかない?私あそこのチーズケーキ食べてみたくて!」
「オッケー。あれは食べとかないと損だよっ」
と言うことで、帰りは彩ちゃんとデートする事に。
こうやって私は毎日極平凡な生活を送っていた。今のところ高校生活には何の不満も無い。いい友達の居る楽しいスクールライフよ。
でも・・・それもあと少し。もうすぐ悪夢が襲ってくる。日常生活だけではなく私の美しい学校生活にまで!!
なんてたってあの・・・俺様野郎の拓馬が転校して来るんだから!!

*


「・・・ただいま」
「お帰り」
名残惜しい彩ちゃんとの別れの後、不服ながら新しい我が家に帰ってきて挨拶。そうするとすぐさま制服姿の拓馬が玄関までお出迎え。にっこりと微笑んだ奴の学校の制服はブレザーで、しかもカッターシャツのボタンが3個ほど開いてるもんだからその姿はまるで・・・まるで・・・・

ホスト。

・・・って違ぁう!ちょっと自分!見とれてる場合じゃなくて!!
「ちょ、離しなさいよっ!」
一瞬でも奴に見とれた自分が情けない。しかもその隙にまた抱きしめられたりしてるから余計情けない。そしてこいつの早業には本当に呆れるわ!
「そんなこと言われて簡単に離す俺様だと思う?」
「うっ・・・・!」
思わない。と言うか果てしなく思えない。
にやりと笑う変態俺様野郎に腰に手を回されつつも、最大限に奴から距離をとってじっとりと睨み付ける。

「何その上目遣い?可愛いだけなんだけど」

・・・・が、まさかの逆効果。
あぁ神様!こいつは一体どこまでプラス思考なんですか!?もうこうなったら最終手段よハル!!
「離してくれないと晩ご飯作ってあげない。って言うか作れない」
ぷん、とそっぽを向いて拗ねるしぐさ。1週間一緒に居てわかったのは、奴はこう言う女の子っぽい表情やしぐさに弱いってこと。
「いや、それは困る・・・けどこのまま離すのは勿体ねぇ・・・・」
予想通りこれにぐらっと来たらしい拓馬は渋面を浮かべて相当迷っている様子。けれど奴の力が緩んだのを見逃さなかった私はすかさずその腕から逃げ出して、制服を着替えるために自分の部屋にダッシュ。
ドアを開ける前に、1度だけ後ろを振り返って。

「ばか」

してやったり、と皮肉な笑いを拓馬に向けた。



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