* 16歳の結婚生活。 7
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それから数日後の日曜日のこと。
「はいもしもし・・・・・父さん?」
それは、数日前に涙ながらに別れた実の父親からの電話。親から電話がかかってくるなんて物凄くおかしな気分だったけれど、父さんはもうすっかり嫁いで行った娘の父親気分らしい。久々――と言っても3、4日ほど――の娘との会話の声が弾んでいる。
「あ、ハルかい?いやー久しぶりだね!父さんハルの声が聞けなくてどんなに寂しかったか・・・!!」
「もしもーし」
電話口でそう言って泣き出した馬鹿親父に呆れて、私は軽くため息をつく。
あぁもう。何でこんなに娘溺愛の父親が婚前の同棲なんて許したんだろう。謎だわ。

「あ、そうそう。今日電話をかけた理由はね」
と、急にケロッと声音を変えた父さんが本題を切り出す。
「・・・何?」
まったくこのくそ親父は・・・。そんな事を思いつつも、私はちゃんと相槌を打ってあげる。なんて律儀な娘なんだろう、自分。
「あ、その前に。ハル、拓馬君とは上手く行っているかい?」
おっと。急に本題から脱線か?何て自由な話し手なんですか、あなた。
「えっ?うー・・・あぁー・・・ウン」
私はかなり迷った末にそう返事をした。そしてリビングでテレビを見ている拓馬をチラッと見る。

・・・・こんな奴と上手くやってるわけないでしょぉ・・・。私は振り回されてばっかりなんだからっ!!

「そうかそうか!やっぱり良かっただろ?そっちにいって」
「ふふふ」
私の心の叫びが聞こえているはずもなく、自己満足している父さんに呆れて乾いた笑いを浮かべる。

「・・・。それで、用件は何?さっさと言わないなら切るわよ?」
だんだん父さんの対応が面倒になってきた私は可愛げもなくしれっとした声でそう脅す。その言葉を聞いた拓馬が訝しげな顔でこちらを振り返った。
「どうした?」
奴がそう言ったので、私は「父さんからよ」と言いながら電話を指差す。すると「はぁん。」と納得したように頷いて奴はまたテレビに向き直る。
「まっ・・・・待ってくれよハルぅー!!父さん久々にお前の声が聞けて嬉しくて・・・」
「あー分かったからさっさと話して!!」
また泣きそうな声でそう懇願する父に対し、私は拳を作りながら返答する。

全く・・・・アンタは子供か!!

「そうだね。それじゃぁ率直に話すよ。ハル、お前は近いうちに別の学校に行きなさい」
「・・・・・・・・・・・・・・は?」
ちょっと馬鹿親父、率直過ぎて何のことか分からないんですけど?別の学校って・・・・・?
「だから、今まで通っていた学校にはもう転校手続きしてきたから。これからは拓馬君と同じ学校に通いなさい。あ、編入試験とかは気にしなくていいよ!お前ならきっと簡単にパス出来るさ!」 「・・・・・・・・・・・。」

ちょっと待って。はーい、今考えてますからねー。えぇっと・・・・転校って・・・・転校って・・・・・・・・学校変わるって事ぉ!?

「はーーーーーーーー!?」
あんまりビックリした私はこれが電話だと言う事も忘れて大音量で叫んだ。そして今度こそ拓馬が呆れて立ち上がり近づいてくる。
わわわ・・・・ごめんなさい大魔王様ッ!!

「何叫んでんの・・・。親子で電話もいいけどな、いきなり大声出すのはやめろ!で・・・何の話でそんな騒いでるわけ?」
眉間にしわを作りながらそう言う拓馬は怖い。本当、マジで。
私はその怖さに圧倒されたのと、今自分が置かれている状況が飲み込めないという理由で思わず受話器を奴に差し出した。もうあんな馬場親父の話を聞くことは放棄だ。
拓馬はわけが分からないと言った様子で差し出されたそれを受け取る。するとその瞬間、
「ハルゥゥゥゥ!!父さん今耳がおかしくなったぞぉ!?キーンって鼓膜が!!電話で大声出すのは反則だよー!」
電話からそんな声が聞こえてきた。
・・・・いやいや、アナタも周りにまで聞こえるような声で話してますからね?
「お・・・お義父さん?」
受話器から少し距離を取りながら、拓馬は恐る恐る父さんに声をかける。奴を巻き添えにしてしまったなんていう罪悪感、私はこの際無視だ。
「あ、あれ?拓馬君かい?やー久しぶりだねぇ!!全くハルったらヒドイよぉ!いつからあんな子になったんだか」
「は・・・はぁ。ところで今日のご用件は一体?」
どうやら父さんは一方的に話をしているらしい。拓馬がタイミングを図っては話を切り出す。
なんか・・・・コイツが困惑してるところ見るのはとてつもなく気分がいいわ!
悪女のようにそう思ってほくそ笑んでいると、ギロっと睨まれる。

・・・・ご、ごめんなさい・・・・。

「あぁ、そうそう。さっきハルにも言ったんだけどね、近々あの子を君と同じ学校に行かせようと思うんだよ」
「転校させる、って事ですか?」
拓馬の「転校」という言葉に反応した私は思わず受話器をにらみつけた。
転校なんて絶対嫌よ!せっかく頑張って勉強して受かった学校なのに。そりゃぁまだ入学してそんなに経ってないけどさ、それでも友達とかもいっぱい出来たしやっと慣れてきたとこなのに・・・結婚話の次は転校って?
冗談じゃないわ!!
「はい・・・はい・・・分かりました。ちょっと待ってください」
私が怒りで震えていると隣で拓馬が「ハル」と声をかけてくる。
「親父さんからの伝言。“やっぱり婚約してるんだし結婚式までにハルに悪い虫がつくと困るからねぇ”だそうだ」
ニヤッと笑いながら奴がそう言った。そして私の怒りは倍増。
「ばっかじゃない!?そんな理由で転校させるなんて・・・許せない。ちょっと貸してっ」
我慢できなくなった私は拓馬から無理矢理受話器を奪い取る。
「ちょっと父さん!?私転校する気なんてないんだからねっ!!今すぐ取り消してもらってよ、手続き!!じゃないとこんな婚約・・・破棄してやるからっ」
最終手段だと言わんばかりに「婚約破棄」という言葉を持ち出した私。これを出されたらさすがの父さんだって困るに違いない。と言うか最終的にそういう目的で同棲をOKしたわけだけど・・・・。
隣で表情が険しくなっている拓馬なんて見えない見えない。

「や、それは困るよハルー!だって父さんはお前のためを思って・・・」
焦燥の感じられる声で言い訳のように父さんがそう言った。その言葉にもムカついた私は何トーンか低い声でこう言い返す。
「私のため?本人に何も相談しないで?へぇ・・・それで本当に親って言えるの?」
口元に浮かぶのは冷ややかな笑み。これは親にしてみればかなりの大ダメージだろうと思う。そりゃあもう・・・婚約破棄以上に。

「・・・分かったよハル。お前がそこまで言うなら・・・取り消すよ」

数秒経ってから聞こえてきたのは未練たらたら、父さんの諦めの言葉。
やった!勝ったよ私!!
「ありがとう」
それまでの不機嫌さは何処へやら。私はとびっきりの笑顔でそう言った。隣で「可愛い」と呟く拓馬は完全に無視。
「・・・それじゃぁハル、最後に拓馬君に代わってくれないかい?少し話がしたくて・・・」
「?いいけど」
完璧にしょぼくれている父さんがそんな事を言い出したので私は少し不思議に思いつつも隣の拓馬に受話器を渡す。
「代わって欲しいって」
そう言って私は電話から離れる。何か嫌な感じがするのは気のせい・・・?
「あ、もしもし。電話代わりました」
拓馬も不思議そうな顔でそう話を始めた。

あー・・・気になる・・・。絶対何かあるわ・・・あのくそ親父と変態俺様拓馬が二人で話すことなんてきっとろくな事じゃないんだから!

「ハぁ?・・・はい・・・はい・・・。分かりました。かまいませんよ、別に俺は」
と、不意に受話器を持った拓馬の顔に怪しい笑みが浮かぶ。
な・・・・何が起こったんだ。あの二人の間で何が取引されてるの!?
「はい、それじゃぁ今月中にでも。はい。失礼します」
最後にそんな事を言って拓馬と父さんの会話は終わったらしい。受話器を奴が置く。そしてこっちを振り返って、ニッと笑った。
「な・・・・何?」
背中がぞくっと寒くなる感じを覚えて私は一歩後ずさる。
やー・・・このパターンはもしかして――・・・
「ハル!」
ぎゃぁー!!来たぁー!!
「さ、触るなー!!」
やっぱり予感的中。拓馬ががばっと私に抱きついてきた。逃げようとしたけれど一歩及ばず、最終的にいつも奴に捕まってしまう。しかも今回は嬉しそうな奴の鼻歌つき。
「何?何があったの?」
そんな奴に不気味さを感じて恐々と尋ねる。
けれど、次の瞬間拓馬から出てきた言葉は、

「俺、ハルと同じ学校に行く事になったから」

・・・・・・・・は、い?
え?それはまさか、もしかして、
「拓馬がこっちに転校してくるって事!?」
私の転校の話がなくなったと思ったら、立場逆転ですか!?っていうかそれ、ありえなくない!?
「そ。親父さんに言われてさぁ。そりゃぁハルと同じ学校に行けるんだから快く引き受けたぜ?」
私の慌てようを楽しんでいるかのように拓馬は意地悪く笑ってそう言った。
いやいや・・・馬鹿親父。ここまでするなんてアンタの娘への溺愛ぶりは何なのさ!?
「っていうか・・・拓馬18歳でしょ?3年生でしょ?」
「おぅ」
「・・・今年受験なのにいいの?」
そうだ。こいつ受験生だった・・・。この時期に転校は厳しいと思うんだけど――

「楽勝楽勝」

がっくり。思わず全身の力が抜けた。
どうしてこの人はここまで余裕しゃくしゃくなんでしょう。
「俺成績優秀だから」
しかも自分でそんな事を言い出す始末。あぁ、もうそろそろ対応に参ってくる。
「ま、そんなことだから今後宜しくな、ハル」
私が疲れ切っていると、拓馬はさも嬉しそうにそう言った。そしてその刹那、

「・・・・・え・・・・?」

チュ、と音がして私の頬に何かが触れる。私は呆然として奴の顔を見上げる。するとそこには、満足そうに笑う拓馬の姿。
い、今のはまさか――!?
「あーんーたーねぇー!?」
私は目に涙を浮かべながら頬に手を当てた。まだそこに残る先ほどの感触。それが触れた所から顔中に広がる熱。
これは初めて奴にされた・・・・・・キスだ。

「あれ程度のもんでそこまで赤くなってたら後がもたないぜ?」
今にも泣きそうな私を見て拓馬は俺様、いや、悪魔のような意味深な微笑を投げかけてくる。
「馬鹿ーーーーーーーーーーーー!!」
私は顔を真っ赤にしながら力の限り叫んだ。

何なのよ一体!?コレが本当に女キライな奴だって!?信じろって言う方に無理があるわ!!

「負けないから!絶対婚約破棄してやるっ!!」
最後にそう叫んで私はバタバタと自分の部屋に逃げ込んだ。

もう・・・・あんなのと同じ学校なんてありえない!!



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