* 16歳の結婚生活。 6
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「・・・ん・・・」
――眩しい。
そう思って、私はうっすらと目を開ける。すると、真っ白な朝日がまともに自分に注がれているのに気がついて・・・・・
「んん!?」
「ぐはっ」

――ちょっと待った、ここ何処だっけ!?

朝日のおかげで急速に覚醒した頭の中に、その瞬間最大の謎が浮かび上がる。そして私は急いで立ち上がろうとした、んだけれど、

何か今、物凄く変な声を聞いたきがする・・・・・・・!?

「ぎゃ――!?」
明らかに乙女ではない叫び声を上げながら、私は瞬間的に声の方向に視線を向ける。すると目に付いたそいつは、座りながらあごを抱えてうずくまっていた。どうやら私の頭がクリーンヒットした模様。
「風靡拓馬・・っ・・・」
私は思わずそいつに指を突きつけてフルネームを呼ぶ。と、同時に全ての記憶が一瞬にして蘇った。それはもう悪夢のような記憶の数々が。
「だっ、大丈夫!?」
それでもとりあえず、私は急いで奴に駆け寄る。・・・・あぁ、夢だと思いたかったあれは紛れもなく現実だったのか!!
アレ?でも何で私はこんなところで寝てたわけ・・・?

「痛い・・・・・」

と、そんな事を考えていると拓馬のその言葉で私は現実に引き戻される。奴は仏頂面で、どこかふてくされたように鼻を鳴らした。
――いやいや、朝から殴りたいなんて思ってないわよ?私一応女の子だし?
だけどこの顔は・・・・・・ムカつくわねぇ。

「ゴメンって・・・。っていうか何で私の頭がアンタのあごに当たる必要があるの?」
とりあえず怒りを静めつつ謝る。そしてふと疑問に思ったことを問いかけてみた。そうすると奴は、事も無げに朝から爆弾発言を。

「そんなの、俺がハルを抱きながら寝たからに決まってんじゃん」

・・・・・・・・ハイ?私昨日からやっと日本語の難しさに気づき始めたのですが・・・

・・・・・・・は!?

「どー言う事!?」
いやいやいやいや!!何もしてないよ!私はまだ綺麗なままだもん!!
「ご・・・・語弊が生じるような言い方してんじゃないわよ馬鹿ぁー!!」
朝っぱらから顔に火が走る。こいつと居ると絶対血の循環だけは良くなるわ!

だけど拓馬は、そんな私を見てにやりと笑うと「そっち意味のが良かった?」なんて言ってくる始末。
・・・・こんの変態野郎・・・・!!

「だからー、昨日ハル泣きながら寝ただろ?俺動くに動けないしさー・・・あ、それになんか暖かかったし?・・・ぐふっ!!」
その直後、この上なくにこやかに話す拓馬のあごにもう1度私の強烈なアッパーが命中した。
全くこいつは本当に・・・
セクハラ?これは立派なセクハラですよねお巡りさん!?

「はーい、もうそこで黙ってねー・・・」

とりあえず、落ち着け自分。
私は拳を作ったままで冷笑を浮かべながら拓馬に言葉を投げかける。すると奴は、それを見てやっと目が覚めたようで、苦笑いで痛そうにあごをさする。
「・・・・・はぁ」
思わずため息が漏れる。
・・・何で私は朝から律儀にこんな奴の相手をしてやってるんだろう。謎だわ。

「――それはそうと、昨日最後に言ってた”惷”って誰だよ」
だんだん赤くなってきたあごを未だにさすりながら、不意打ちのように拓馬がそう問いかけてきた。それもなんだか不機嫌そうに。
だけど奴の口からその名前が出てきたことに心底驚いた私は、その不機嫌にも全く気づかずただ言葉を詰まらせた。
”惷”――懐かしい名前を心の中で反芻する。勿論昨日自分が眠りながらそれを呟いていたなんて知るよしもない私。一瞬だけ躊躇ったけれど、目の前の婚約者サマとやらに隠す義理はないと思って事実を話すことに。
「惷って言うのは・・・元彼だけど」

そう、元彼。拓馬とは全く正反対のとっても優しい元彼。
別れた今でも大切だと思える、そんな人。

「・・・・・・ほぉ」
私が素直に説明した瞬間、腕を組んで拓馬は冷笑。
・・・・・・・私は目の前の人から殺気を感じるのですが?気のせい?これは気のせいなのか!?
「なっ、何なのよっ。文句でもあるわけ?」
奴お得意の突き刺さるような視線に耐え切れなくなり、私は一歩後退しながらもそう反論。
いつの間にか何となく周りの空気まで冷たくなって・・・コイツ本当に何者ですか!?

そんな事を思いながら、次には何を言われるんだろうと内心でビクビクしていると。
「ハルはまだそいつの事好きなんだな?」
「うん。・・・・・・あ、いや、そーじゃなくて・・・・!!!」
私をひたと見据えて拓馬がそう尋ねる。・・・って言うより、確認してきやがる。つられやすい私は思わず本音がポロリ。――あぁ、私馬鹿だ!!典型的な馬鹿だ・・・!
「・・・・・・・・・・・・。」
速攻で否定したけど奴はついに黙った。その後数秒沈黙。

えー・・・・今までにないシチュエーションにより対処法が見つからないのですが?・・・い、いや!ここはひとまず何か言わないと!

「別に・・・しょうがないじゃない。私は惷のこと今でも大切だと思ってるけど・・・向こうは絶対そうじゃないし」
そうして出てきた言葉は何故か言い訳のようなもので。喋りながら自分が情けなく思えて、泣きたくなった。自分が惨めな立場になりたくないから、まだ好きなんだって堂々と言う勇気も無い意気地なし。
あぁ、何で私は昨日から・・・・敵の前で弱みばっかり見せてるんだろう。

だけど一世一代の告白をした私に対して、奴はまだ無言のまま。さすがに何かおかしな雰囲気を感じ取って、いつの間にか俯いている拓馬の顔を恐る恐る覗き込んでみる。
「ねぇ・・・何か言ってよ・・・?」
・・・あれ。どうして今私は罪悪感のようなものを感じているんだろう。おかしい。絶対におかしいよ自分。これじゃあ明らかに敵のペースに――

「ハール」

――と、その刹那。
むぎゅう、と突然抱きしめられる。・・・誰にって?それはもちろん、風靡拓馬。
「いっ・・・いきなり何すんのよ!?」
全く予想していなかった奴の行動に驚き呆れて思考が追いつかない。
・・・え、この人今さっきまで物凄くテンション低くありませんでしたっけ?何?演技かあれは?私を欺くための演技ですか?

ぶっ飛んだ思考で冷静にそんな事を考え、その後ハッと我に返る。そうして思いっきり奴を自分から引き離そうと抵抗を試みたけれど、やっぱり男の力には敵わず。悔しすぎて思わず拓馬を睨むと、奴の未だ不機嫌そうに歪んだ顔が目に入り・・・・

「だって”抱きしめていいですか?”なんて聞いたら絶対逃げるだろ」

ぶすっとしたまま、平然と私のくそ婚約者サマはそんな事を言っちゃってくれる。
「っ、離せ変態ー!!」
必死でそう叫んでみたものの、「ヤダね。」という短い一言でそれは叶わないものとなる。
何だこの俺様野郎は!!やっぱり惷と大違いじゃない!!
「お前が惷って奴の事忘れねぇから悪いんだよ」
そうすると、私の心を見透かしたようにいじけた声で拓馬がそう言った。だけど出会ってまだ2日も経ってない、しかも好きでもない相手――むしろ嫌いな――にそこまで束縛される意味が分からず、私の中でぷつりと我慢の糸が切れて。
「だって忘れられないんだからしょーがないでしょ!!」
怒りを隠す事もせず、その全てを真っ向から奴に向けて私はそう言い返した。それでも拓馬はひるまない。逆に、もっと抱きしめる手に力を込めやがる。
そして熱を込めた低い声で、奴は私の耳元でこう囁いた。
「ハル・・・俺のこと好きになって」
ギュぅ、と抱きくるめられて。耳元では熱くて甘すぎるそんな言葉。

――あぁ、失神しそうだ。

「何・・・言ってんの・・・」
誇張しているわけではなく、本当に噴火してしまいそうなほど赤面しながら私は金魚みたいに口をパクパクさせてそう言うのが精一杯。
って言うか何でこの人はそんな恥ずかしいことを次から次にサラッと言えるの!?もう呆れたのを通して感心しちゃうわね!!・・・って、そんな事考えてる場合じゃないぞ自分!!

「・・・ヤキモチ?」
赤面しながらも何か言わないと気が済まず、私は可愛げも無くそう尋ねる。
いや、もう本当は心の中一杯一杯なんですがっ。

だけどそんな私からやっとの事で体を離すと、拓馬はまっすぐ私を見て、不意ににっこりと笑み。
「ヤキモチだけど、何?」
「・・・・!!」
瞬間、少しずつ冷めかけていた私の顔はまた火照り始める。
いや、もうこの人本当どうにかして!お願いだから誰か止めて!
「ハルはすぐ赤くなるよな。可愛いなぁ」
「だぁーもうウルサイ!!いちいち褒めるな馬鹿!!」
これ以上変な事を言われると本当に失神してしまいそうだったので、思いっきり嫌だって顔して私は奴に猛抗議。すると奴は苦笑して、
「褒めてるのにそんな罵声を浴びせられるとは」
そう言いながら、また不意打ちみたいに私に手を伸ばす。うっかり拓馬との距離を取り忘れていた私は呆気なくその腕に捕まり、1度は反論しようと思ったもののもう力尽きて脱力。
「うー・・・・」
とうとう唸る事しか出来なくなった。朝っぱらから気力を全部吸い取られてしまいました。
この・・・・・変態の同居人に!!

「さっさと惷って奴のことなんか忘れろ。そんで俺と結婚して」
「イ・ヤ。」
それでもこう言うところはしっかり否定する自分。私の順応力はようやく今になって働き出したようね。
って言うか・・・どうしてそんなに私と結婚したいですか、この人。
「あのね、良く考えて?この年で結婚なんてしたらもう他の女の子と遊べなくなっちゃうわけよ。いいの?それちゃんと念頭に置いてる?」
頼むからこの言葉で考え直してくれ。
私だってまだいろんな恋がしたいのよ。この年で一生死ぬまで付き合っていかなきゃいけない人を決めるには早すぎるのよ!
密かな期待を胸に、私はジッと奴の返答を待つ。

あぁ、どうか神様!目の前のこいつが「あ、そんな事まで考えてなかった」とか言ううっかり単純馬鹿であってくれますように!

祈る思いで居ると、不意に拓馬の口が動いて、


「いや、俺女嫌いだし」


・・・おっとー?私今何か聞き間違えたかなぁ。あぁ、そうだよ。今のは絶対聞き間違いだ!
「ぷ、ぷりーずわんすもあ」
「だから。俺は女なんていう生き物が嫌いなの。特にしつこく言い寄ってくる勘違い女は大ッ嫌いだ」
な・・・・・

なぜーーーー!!!

「この完璧に女慣れしてて恥ずかしい事も平気で言える(変態)拓馬がぁ!?」
「オイ!!」
全くの奴の期待はずれの返答に心の底からショックを受けて絶望した私の口からは、思わずスラスラと本音が出る。けれどさすがにこれには拓馬も怒ったように顔をしかめて。
「テメー絶対信じてねぇだろ?思いっきり顔と、何より言葉に出てんだよ!それともわざと出してんのか?・・・・いずれにせよ、悪いけど俺は本当に女嫌いだから。だから本気で惚れたのもハルが初めてだ。あーもう他の女なんて目に無い。お前が1番可愛い可愛い可愛い可愛いかわ」
「キャー!!分かったから何回も言うなぁ!!」
後半で開き直り始めた拓馬の言葉に何度目か分からないぐらい赤面して、力ずくだと言わんばかりに私は奴の口を手で塞ぐ。
「・・・・・」
「・・・・・」
無言の睨みあいの冷戦が続き、最終的に折れたのは私。結局私。拓馬の鋭い視線に威圧され、渋々奴の口を塞いでいた手を離す。すると、とことんふてくされた様子の拓馬はこれ見よがしに大きく息を吐き出す。

あーもう本当ムカつく!!

「・・・・分かったわ、百歩も千歩も譲ってあんたの言うことは信じてあげる。でも、」
私は必死で今にも奴にパンチを繰り出しそうな自分の腕を沈めつつ、反対の手でびしぃっと敵に指をさして。

「絶対絶対、負けないから!!」

2日目にして、ようやく真正面からまともに宣戦布告。きっとこれから、私は意地とプライドにかけて目の前の俺様男と戦っていくんだろう。
私に指をさされてそう言われた当の本人は、それでも何処か楽しそうににやりと笑い。

「望むところ」


こうして私と奴の攻防戦が始まった。



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