* 16歳の結婚生活。 5
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「さて、ハルさん?」
「なっ、何!?」

マンションについて部屋に入った私を待ち受けていたものは、極悪な笑みを浮かべて私に向かい合って立つ拓馬の姿だった。
今更ながら思うけど、もしかして私の決断って激しく間違ってたんじゃない・・・?

「あのー、何もしないって言ったわよね?」
表情を1ミリも変えないで自分の前に立つ奴に、怖々ながらそう問いかける。これで「そんなの嘘に決まってるだろ」とか言われたら私は多分こいつを蹴り倒すだろうな。
だけど拓馬は私の言葉に「まぁな」と短く答えて、
「何もしねぇけど、話ぐらいは聞かせてくれよ?」
そう言ってその場に腰を下ろした。
「・・・は?」
予想外の言葉に、私は呆けたように口をあんぐりと開けて頭に疑問符を浮かべる。

話って・・・何の話デスカ?
・・・ハッ!!もしかして帰ってきてまで結婚式の話とか!?そうなのか!?もうくどい男は大っ嫌いだぁっ!

「・・・ハル?」
「結婚式の話ならお断りなんだからねっ!!」
名前を呼ばれ、私はぶっ飛んだ思考のまま思いっきりそう拒否。しかも子供みたいにふくれっ面で。
・・・・この時点で自分に色気がないのは確実。いいんだ別に。こんな奴の前で気取ってたら逆効果だから!
けれど私の言葉に、今度は奴がポカンとする番で。
「は?いきなり何を――あぁ、そんなに俺と結婚したい?」
「ちっがーう!!!」
何を勘違いしたのか、私がこれだけ拒否ってるにも関わらず拓馬は嬉しそう顔を綻ばせる。対して私は、力いっぱい首を横に振ってそれを否定。
「・・・・・だから、そーいう目で見るのやめてって」
ハッと気づくと、拓馬がこっちをジーッと見つめてくる。それも捨てられた子犬みたいな目で。
ざ・・・罪悪感が・・・!

――って、流されてるじゃん自分!!

「ハルが悪いんだろ。・・・そうそう、話っていうのはお前の小さい頃の事とかそー言う事」
明らかにいじけた様子でそう言って、拓馬はまた私に目を向けると。
「勿論、話すよなぁ?」
「うっ・・・!」
有無を言わせないドス黒い表情でとどめの一言。

・・・・・悪魔!こいつは絶対悪魔だ!!
っていうか小さいころの話って、もしや私を陥れるための参考にするつもりじゃないでしょうねぇ?
あぁ・・・こいつのせいで人を信じられなくなっていく気が――

「で、お前の性格とか小さいころ好きだったものは?」

頭を抱え込む勢いで自分の事を話すべきかどうか考えていると、不意にそんな言葉で促される。
「・・・私の情報、もしかして変なことに使おうとかしてない?」
「んなことするわけないだろ!?」
思い切ってジィッと奴を睨むようにして訪ねると、猛否定された。
・・・・そりゃそうか。
少し疑り深くなっている自分を馬鹿馬鹿しく思いつつ、拓馬の返答を当然のように受け止めていると。

「俺はただ・・・ハルの事をもっと知りたいだけだよ。小さいころのこととか、好きなものとか、嫌いなものとか。好きな子の事をいろいろ知りたいって思うのは変じゃないだろ?」

サラッと、ごく当たり前のように奴はそう言って首を軽く傾げる。「何がおかしい?」――そう言いたそうな顔で。
いや、あの・・・・別に変ではないんだけどね・・・?
何ていうかそのー、

――直球?

「ハル?お前顔あか――」
「あぁもう、ほっといてっ!!」
あまりにもまっすぐに言われ、私の体温は急上昇。
だってこんなの慣れてないんだもん!!馬鹿拓馬!!絶対いろんな女の子にこう言って口説いてきたんだ!

真っ赤になった顔を指摘され、私は思わず手でそれを隠しながら崩れるようにストンとその場に腰を下ろす。
「あぁ、もしかして照れてる?」
「照れてない」
奴と向かい合うような格好で座ると、前からはクスクスと楽しそうな笑い声。それをあくまで冷静に、だけど顔は覆ったまま否定して。

・・・・とりあえず、拓馬が私の事を純粋に知りたがってるって言うのは分かったわ・・・・。

「何だよ?」
「・・・別に」
最後にもう1度だけ奴の事を探ろうと、顔を覆った手の隙間からジッと見つめていると、不思議そうに言われてそっけなく答える。
うん・・・まぁ、これから少しの間は不本意ながらも一緒に住まなきゃいけないわけだし。
仕方ない。話してやるとするか。
「私はねー・・・」
向き合ったまま話すのは何となく緊張するから、とりあえず奴の隣に移動して私は口を開いた。
「小さい頃から凄く元気で勝気な子だったよ」
「あぁ、見てたら分かる」
「う、うるさいなぁ!」
拓馬に即答され、思わずそう言い返す。
あぁ・・・だめだめ。こんな調子じゃまともに話が続かないわ。ちょっとの間我慢するのよハル。
私は自分にそう言い聞かせ、気持ちを切り替えてまた口を開く。
「えーっと・・・・それからねぇ、自分で言うのもなんだけどちょっと茶髪がかった長い髪が凄く綺麗だって評判だった。もちろん顔も可愛かったけどね?」
最後の部分を強調して話すと、隣で拓馬がクスクス笑った。

何だ・・・こいつ絶対信じてないな!?

「ほ、本当なんだからねっ。これでもモテる方で彼氏だって――」
言いかけて、私はハッと口を噤む。
あぁもう・・・馬鹿。何で自分で墓穴を掘るようなこと言うのよ。

「ハル?ちゃんと聞いてるぞ?」
突然黙りこくった私の顔を不思議そうに覗き込んで、何も知らない拓馬はそう尋ねる。きっと、さっきの自分の言葉で私の機嫌が悪くなったとか思ってるんだろう。
だけどね、本当はそんな軽いもんじゃないんだよ。・・・勿論、それは言わなきゃ分からない事なんだけど。
「彼氏だって・・・・つい最近までいたんだよ。でもその人は私と別の高校に行くって言い出して、私は寂しくて・・・・・・ちゃんと送ってあげられなかった」
大丈夫。もう過去の事だから、普通の思い出話みたいに話せるはず。
そう思って、話し始めたのに。

「ハル・・・・?」

――あ、れ?
何で・・・今になってまだ、涙なんて出てくんのよぉ・・・。

急に両目からあふれ出したものを必死に両手で拭いながらも、私は自分自身が分からなくなっていた。
それは、ずっとずっと胸の奥に封印していたもの。思い出すこともなく、むしろ忘れたかった記憶。
ずっと思い出さなかったから、吹っ切れたって勘違いしてたのかもしれない。
こんな奴の前で泣きながらそれに気づくなんて・・・・馬鹿だ、私。

「言いたくないなら、話さなくていい。」
わけの分からないままボロボロと涙を零していると、そんな優しい声とともに不意に柔らかく抱きしめられる。頭の片隅で「こんな時に何してんだお前」と一発殴ってやろうかとも思ったけれど、それよりも先に体が動く。気づいたときには、私は精一杯首を横に振っていた。
こんな姿を晒したからには最後まで言わないと気が済まなかったからかもしれないし、ただ自分の気持ちを整理したかったのかもしれない。あるいは両方。
でも今はそんな事どうだっていい。とにかく私はこの時、夢中で話を続けていた。

「私はその人のこと本当に好きだったのに、高校に受かったときもちゃんと“おめでとう”って言ってあげられなかったし・・・意地ばっかり張っちゃって、結局彼の方から別れようって言われて・・・」
そう言ってから改めてそのときの事を思い出す。

・・・・そうだ。いつだって悪いのは私だったんだ。あの時意地ばかり張って、自分の事しか考えていなかった私が。どうして「おめでとう」って、笑ってあげる事も出来なかったんだろう。

「ふっ・・・っく・・・・」
そんな事を思うと余計涙が止まらなくなって、ボロボロと新しいマンションのフローリングに水滴が落ちる。
あぁ・・・木が腐っちゃったらゴメンなさい。それは間違いなく私のせいです。

「ハル」

と、馬鹿みたいな心配をしていると私を抱きしめる拓馬の力が少しだけ強くなった。
女なら誰でも包容力のある人は好きで、当然それは私にも当てはまるんだけど・・・・何だか今の状況では拓馬はお父さんみたいに思えて。本人にそんな事言ったら間違いなくそれは期待はずれなんだろうけど・・・。
「泣きたいときは泣くのが1番だな」
頭上からは単純でいて優しい言葉が降って来る。拓馬が精一杯私の事を気遣ってくれているのが分かった。
でも・・・どうしてこいつは、まだ会って間もない私にそこまでしてくれるんだろう。そりゃぁ好きだからって言われたらそこまでなんだろうけど・・・・でもこんな重い話されたら面倒くさくなったりしないわけ?
男って・・・・分かんない。特にこいつは。
だけどそれより、もっと自分が分からない。信じられなかった。今までどうしよもなくて担いできた重荷が、こんな奴の前で呆気なく降りてしまうなんて。
本当にもう・・・・・・わけ分かんないよ。

とりあえず冷静さは取り戻したけれど、何故か涙だけは止まらないまま。結局そのまま、泣きつかれた私は不覚にも奴の腕の中で眠りに落ちる羽目になる。

「ごめんね・・・・しゅん

勿論もう夢の中に居た私は、後に自分がこんな名前を呟いていたなんて知る由もない。



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