* 16歳の結婚生活。 4
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「ただいまー」

ぎゅぅっと拓馬に抱きしめられていた時、良いタイミングで両親たちが帰ってきた。
意外と早く帰ってきてくれたホッとしたわ・・・。
・・・・・って、そんな暢気な事考えてる場合でなく!

「おっ、おかえりなさい!」
私は両親たちが部屋に入ってくる寸での所で奴の腕から抜け出す。
後ろで恨めしそうな、不機嫌そうな顔をしている人は完全無視で。
「あぁ、ハル。拓馬君と話は弾んだかい?」
リビングに入ってきた父さんはにこやかにそう言った。その隣では母さんも笑ってる。・・・・嬉しそうに。
どうやらさっきの風靡のおじさんとの話は取引のことだったらしい。きっと上手くいったんだろうな。
・・・・そりゃぁね、娘を残していったんだから上手くも行ってもらわないと?

私は必死で怒りを抑えて笑みを浮かべて、
「え・・・・・・・えぇ、父さん」
どうにかその笑顔を保ちながらお嬢言葉で答える。拓馬の両親もその言葉を信じて「仲良くやっていけそうだなぁ」なんてほざいている。

・・・・・・嫌味か?

ひくっと、自分の笑顔が引きつりだしたのが分かった時、急に背後に気配がした。
「ひっ・・・」
殺気にも似たその気配に私は思わず声を上げる。
何なんだこの嫌な感じは。っていうか今背後に居るって言ったら一人しかいないのですが・・・!?

「そりゃぁお義父さん。僕とハルとの会話が弾まないわけないじゃないですか。ね、ハル?」

・・・・・・出ーたー!!

振り返るとそこにはやっぱり拓馬が居た。それも最初のような無表情ではなく、猫かぶりの笑顔を浮かべた奴の姿。
「ハル」なんて言いながらちゃっかり人の肩に腕を回してやがるわ、コイツ。
「まぁ、こんなに早く2人が打ち解けてくれるなんて思わなかったわ!」
そんな私達を見た母さんが嬉しそうに手を叩きながらそう言った。
・・・騙されてます。お母さん完全に騙されてますよ!!
うちの母は絶対詐欺に引っかかりそうなタイプだと思う。気を付けて!
「アハハ・・・・・・」
・・・とにかく。
苦笑い――読んで字の如く、本当に苦しい笑顔を浮かべつつ私はギロリと拓馬を睨む。すると奴は「ん?」なんて言いながらまたまた猫かぶりな笑みを向けてくる。
アハハ。

――誰アナタ?

二重人格もいいところよね?っていうかその肩に乗ってる手、さっさとどけてくれませんか!?

「それはそうと、これから夕食でもご一緒しませんか?今後の話もしなければいけないし」
それはそうと・・・・?
何かいろんなことをサラッと流された気が――あぁ、もう気のせいって事にしとこう。
私達の話を一通り聞いた風靡さんはそう切り出した。大人は全員「いいですね」なんて言って同意。私達は別にどーでも良かったんだけど――。

コイツと2人きりになるぐらいならもちろん行く。行かせていただきますとも!!

「いいですね!」
自分にとってどちらが安全かを瞬時に悟った私もすかさず同意。頭をブンブンと上下に振って。
それから、これ見よがしに拓馬に「フン」と皮肉な笑みを向けておく。
「別に。ハルが行くなら俺も・・・・・・」
すると、案の定奴は不満そうな顔をしてそう言った。
フッ・・・ざまー見ろよ!いつまでも私がアンタにいい様にされてると思ったら大間違いだっつーの!

そんな事を思い、少しだけ優越感に浸っていると「じゃぁ行こうか」と言う風靡さんの声が。それを合図に私達はゾロゾロと部屋を後にした。

「わー・・・!」
それから数分後。
私達はメチャクチャ高そうなレストランに連れて来られていた。今目の前に並んでいるのは食べた事も無いような美味しそうなご馳走。
・・・・・私だって一応社長令嬢だから高そうなレストランとかには行く事もある。でもそういうのってあんまり好きじゃないのよねぇ。
だけど今日は違う。せっかく目の前に並んでいる料理を拒絶するほど自分はお高い人間じゃない。
「いただきます」
私はそう言うと、ナイフとフォークをきちんと使い料理を食べていく。家庭の事情とやらでテーブルマナーは小さい頃から仕込まれていて結構得意だった。
あぁ・・・奴の前で恥をかかなかっただけでも仕込まれた甲斐があったと思うよ本当。

料理を食べ終わった後は、今後どうするかという本題に入る。
全然乗り気じゃないけれど、とりあえず見かけだけはきちんと「聞いてます」という姿勢を作らなければいけないと思った私は話しに耳を傾けるフリをして――

「式は3ヵ月後にここの式場で・・・・」
・・・・・は、い?
「まぁ素敵!ハルちゃん、ウエディングドレスだって種類いっぱいよ?」
いや、ちょっと待って。これは嫌でも話に割り込んで行かなきゃいけない状況?
っていうかそんなものあと10年は着る必要ないっす。
「ハル・・・・・父さんはお前の幸せを願ってるよ!!」
だぁっ・・・気が早い!こんな所で涙ぐむな馬鹿親父!!周りのお客さんの目が痛い事に気づいてる!?
「ハル、こんなのなんてどう?」
と、一人あたふたしている私の横からにこやかに拓馬がそう話しかけてきた。
眉間にしわを寄せつつ奴の指指しているものを見てみると、それはウエディングドレスのカタログ。

しかも、胸の辺りがパッカリあいたもの。

・・・・・・・アンタって奴ぁ・・・本当変態!!!

「いっ・・・・」
ムカついた勢いで私は思いっきり拓馬の手の甲をつまんだ。もちろん人目のつかないテーブルの下で。奴は痛みのあまり小さく悲鳴を上げたけれど、そんな事おかまいなしに私はふんっ、とイスに腰をかけ直す。
――と、奴の手を掴んだはずの私の手が、今度は逆に奴の手に包まれて・・・・・
・・・・って何?何恥ずかしい事してんのよ!?
コイツってば・・・ちゃっかり人の手握っちゃってるじゃない!?

「なっ・・・・・・・・!!」
私はあまりの恥ずかしさに小さく声をあげる。もちろん両親たちには悟られないように小さな声で。
でもそんな私をよそに、拓馬は大人と今後の予定の事を話してる。だから勿論その間も手は握られたまま。

・・・・・・敵は想像以上に手強いよっ・・・・・・・・・・!!

「さて、じゃぁ今日はこれぐらいにするか」
数十分後、風靡さんがそう言ってイスから立ち上がった。どうやらやっと解放されるらしい。
手を握られたままの私はと言うと、この数十分の記憶があまりなかった。っていうか、握られた手を意識しすぎて恥ずかしくて思考回路が停止してたんだと思う。我ながら初心(うぶ)だなぁ。

・・・・・・・って、しっかりして自分・・・!!

「そうですね。それじゃぁ私達はこれで・・・・」
自分に喝を入れていると、風靡さんに続いて父さん、母さんも立ち上がる。
それを見て、自分も帰る準備をしないといけないと思った私はハッとある事に気づく。
――まさか私は・・・マンションに帰ったら拓馬と2人っきり・・・・・・・?

「も・・・・・・もう帰るの!?」
焦った私は必死でみんなを引きとめようとそう言った。でも、
「あらハルさん、今日はもう遅いし帰ってゆっくり休んでね」
拓馬のお母さん――お義母さんとは呼べない――ににこやかにそう返されて思わず言葉をなくす。
気を使ってくれているんだろうけど・・・・・・危険ですよ?お宅の息子さん、相当危険ですよ!?
ゆっくり休んだら何されるか分かったもんじゃない・・・って、自分本当に危ないんじゃないの?今更だけど・・・!

「と、いうことだから。帰ろうかハル」

・・・何が「と、いうこと」だぁ!!

手を握られたまま拓馬にそう言われ、思わず私は逃げ腰になる。
「やっ・・・・・・・」
どうにも体は正直で、私の口からは瞬間的に拒絶の言葉が漏れそうになった。なったんだけど・・・・・。

拓馬にギロッと、睨まれる。
まるで「お前ここまで来て逃げるつもりじゃないだろうなぁ?あ?いい根性してんじゃねぇかよ」とでも言いたそうな目で。・・・あ、絶対これあってる。こんな短時間で奴の心の声が読めるようになっちゃったよ・・・複雑!
ってか自分、本当にしっかりして・・・!!

「か・・・帰りますよ・・・・・・・・」
仕方なくそう言って、私は渋々席を立つ。いや・・・拓馬に腕を引っ張られて立ち上がらされたって言ったほうが正しいかもしれない。
きっと、ふわっと体が浮いたように感じたのはそのせい。
・・・・・・立つぐらい自分でも出来るわよ、馬鹿っ。

ムカッと来た私はサッと拓馬の手から抜け出すと、父さん母さんに続いて店の外へと一足先に出る。
でも、
「それじゃぁ私達はこれで。これから二人とも仲良くやるんだよ」
結局私達は店の前で両親たちとお別れ。
結局拓馬と2人きり。
・・・・こうなる羽目だったのね・・・・・・。
「ハルー、元気でなぁー!!」
別れ際、車に乗り込んだ父さんは涙声でそう言うと窓からブンブンと手を振っていた。
あぁ・・・・・・そんなに悲しいなら私も一緒に連れて帰ってくれればいいのに・・・・。
そう思いつつ、後に残された私がこれからの事――主に婚約破棄作戦――についてもう1度考え直そうとしたその時。

「さてと・・・・・・邪魔者もいなくなったし」

隣から聞こえてきたのは、悪魔のような一言。
邪魔者ってアンタ・・・・その綺麗な顔で言葉遣い悪いっての。・・・私が人のこと言えないけどさぁ。
そんな事を思っていると、


「帰るぞ、ハル」


極悪な笑みを浮かべた拓馬が手を差し出してくる。
「いやぁー・・・・・・・」
何か、かなりのヤバさを感じますよ。
この年で人生を棒に振るような事はしたくありません・・・っ。

そうしてしばらく渋っていると、私の心境を読み取ったかのように拓馬が一言。
「心配しなくても何もしねぇって・・・。俺ってそんなに信用無い?」
「・・・・・・」
「何で無言なんだよ」
何でって言われても・・・・ねぇ?
不服そうに顔をゆがめる拓馬を前に、私は返答に窮した。それは、ただ単に「信用なんてしてない」って言えなかったわけではなくて――何ていうか「分かった」って奴の事を信じて、その手を取ろうとする自分が悔しかったって言うか。
――いや、でもよ。ちょっとだけ・・・・・本当に少しの可能性で。

コイツは・・・・そんなに悪い奴じゃないかもしれない。

一緒に暮らすのはかなり勇気が必要だけど、もう少し様子を見てみるのもいいかも。
うん、そうしよう。っていうか最低でも今夜だけは拓馬と一緒に帰らないと、行くところが無いのが現状・・・。

私はゆっくりと差し伸べられている奴の手を取った。そして、少し驚いた。
握った奴の手がとても暖かくて、思わず本当にコイツの手か?って思ったぐらい。

でもそんな事を知る由もない拓馬は、私が手を重ねた事を確認すると安心したようにため息をついた。
「ちょっと・・・・・・何なのよそれ。失礼じゃない?」
私はその行動にムッとして思わず反論。
「だってお前・・・強情だからさ。このまま手も繋いでくれないかと思って」

・・・・・どーせ私は強情ですよ!!そんでもってこんな事を言われてすぐ真に受けるようなお子ちゃまですよ!

本当に子どもの様に、むすっとしていると可笑しそうに笑った拓馬がポンポンと私の頭を叩く。
「・・・・何かメチャクチャお子様扱いされてる気するんだけど?」
ねぇ、これって嫌味?嫌味だよね?
キッ、と自分よりはるかに背の高い拓馬を睨むように見上げる。そうするとその身長差のせいで本当に自分が子どもみたいに思えてきて、微妙に悲しい。
それでも追い討ちをかけるかのように、何処か楽しそうに拓馬は言う。

「子供だろ?俺より2つも年下なんだし」

なんつーかコイツ・・・・何者?人のことからかってそんなに楽しいか!!
「もーいい・・・私1人で帰る!!」
私はついに、目を潤ませながら奴の手を振り解いて歩き出した。それも力いっぱい早足で。
後ろからは拓馬の焦った呼びかけが聞こえる。
ふっ・・・・・せいぜいそうやって焦ってなさい。アンタは私に嫌われたら終わりなんだから!
・・・・・・っていうかその前に好きじゃない!!私の目的はあくまで「婚約破棄」なんだからねっ!!絶対状況に流されちゃダメよハル!!

後ろで拓馬の声を聞きながら、私は自分の心にそう言い聞かせたのだった。



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