* 16歳の結婚生活。 11
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はぁ。
私はため息を1つついて、睨むように自宅のドアを見た。
今日は朝から本当に疲れる1日だった。なのにこのドアの向こうには更に自分を疲れさせる人物が待っているかと思うと、それを開けるのもなんだか躊躇われた。
・・・かと言ってここでこうしていても埒が明かないし。
私は意を決してガチャリとドアを開ける。

「お帰りハル」

・・・・・出た!!
そこにはまるで私の帰宅を予測していたかのような俺様野郎が待ち受けていた。
「ちょっと拓馬!!何が“お帰り”よ!!アンタ今日わざ、と――」
奴を見た瞬間、私の頭の中にはさっきの廊下でのことがフラッシュバック。「ただいま」なんて答える前にそう怒鳴っていた。
が、口から出た言葉は徐々に勢いを失った。
目の前の俺様野郎は私の言葉を最後まで聞かず、不意に腕を持ち上げる。思わずそれを目で追うと、

「なぁハルちゃん。今日隣歩いてた奴、誰?」

拓馬のその手が行き着いたのは、私の頬。柔らかく添えられたそれとは対照的に、奴は冷笑を浮かべながらそう言った。
「だだ、誰って・・・っ」
途端、心臓がドクンと飛び跳ねる。私は思わず後ずさった。

ち、近いから・・・!!しかもいつの間にか私玄関の隅に追い込まれてる!?

「あの、話すから・・・・もうちょっと離れなさいよ!?」
「何で。今日のあいつだってこのぐらい近かっただろ」
「はい!?」
・・・あぁ、そう言えば丁度こいつとすれ違う直前に尾崎君に耳元で何か言われかけたっけ。
いや、でもそれとこれとは話が別でしょ!?
「あのねぇ・・・あの人は今日うちのクラスに転校してきてたまたま私の隣の席になったから校内を案内するように頼まれたって言う、ただそれだけだから!」
まさか妬いてんの?はぁ・・・・呆れるわ。
簡潔に説明して思わずため息を漏らしたその時、頬に添えられていた手が離された。けれど、「お?」と思ったのも束の間。拓馬は私の背後にある壁にとん、と両手をついた。

は、挟まれた・・・・。

逃げ場がなくなりおろおろと拓馬を見上げる。奴は微かに口の端を吊り上げた後、目を細めて。
「・・・え?」
次は何をされるんだろうと身構えていると、端正な顔がどんどん近づいてきて――

――って、もしやこれは・・・・!?

刹那、私の頭の中には先日のホッペチューの光景がありありと浮かび上がって来る。
や、ヤバイ!!でも逃げ道が塞がれてる!!
だぁー!こんなの卑怯だぁー!!
「スっ――・・・・」

がちゃ。

ストップ!!そう言って手で自分の唇をガードしようとしたその時、私の言葉はこんな音でさえぎられた。
「「・・・・ん?」」
“がちゃ”って、何その不穏な音。
思わず拓馬もその音に反応して、顔をしかめる。
なんかとてつもなく嫌ーな予感が・・・・。そう思って音のした方を振り向いたその瞬間、

「こ・・・コンニチハ」
「・・・・・尾崎君ーーーー!?」

私は正に、絶叫した。

*


「隣に引っ越してきた尾崎ですけど――って、説明する意味ないか・・・。ね、ハルちゃん?」
さて問題です。なぜ今うちの玄関に転校生の尾崎君がいるのでしょう。
答え・・・・・・不明。

私は呆然と彼を見つめた。あぁ、一体今自分の身に何が降りかかっているんだろう。落ち着け。落ち着くんだ自分。
と、とりあえず頭の中整理。
まず学校から帰ってきて家に入ると玄関に拓馬が立ってて、それから尾崎君の事を訊ねられて、それでなぜか隅っこに追い詰められたと思ったらどんどん顔が近づいてきて――つまりキスされそうになってたわけで――・・・・

見られた。
完全に見られた。

「・・・うそーー!?」
「反応遅っ!」
状況を理解して改めて叫ぶとすかさず尾崎君につっこまれる。
「えーと、あのーこれは・・・」
冷や汗タラタラで笑いながら、私はグイっと拓馬の体を押しのける。だけど今頃そんな事したって後の祭り。もう手遅れ。
「あの、引越しの挨拶に来たんだけど・・・そっちの人今日放課後にすれ違った人っすよね?」
当然の事ながら尾崎君は状況を飲み込めず、しかもなぜかにらみつけるように拓馬に問いかける。
「・・・そうだけど」
そしてそれに無表情で答える奴。何か・・・拓馬と尾崎君の間火花散ってない!?

オロオロとしながら2人の顔を交互に見る私。背の高い二人に挟まれた私は完璧に威圧されていた。
「で、これはどう言うこと?ハルちゃん」
それから気を取り直したように、妙に私の名前を強調しながら尾崎君は言った。その瞬間拓馬の眉毛がピクッとつりあがる。
「えぇ・・・っと、これはね・・・!?」

「俺たち同棲してんだよ」

どうにか彼の誤解を解こうと必死で口を開いた瞬間、見事なまでにサラッとそれを台無しにしてくれた俺様野郎。しかもちゃっかりと私の肩に手を回して「これでどうだ」とでも言いたげな顔を尾崎君に向けてやがる。

・・・・・馬鹿!史上最悪の馬鹿!!
・・・・・・・・・・・・・・・・私の人生終わりました。

あまりにもあっさりした奴の言い分に私は思わず絶句する。
「ちょ・・・アンタ何バラしてんのっ!?」
「へぇ。じゃぁ本当のことなんだ」
「はぅ!?」
どうにか言葉を発せたと思えば気が動転しすぎて墓穴を掘る最悪の事態。それを聞いた尾崎君は別に驚くわけでもなくそう言った。
そして口を滑らせてしまった私は自分を責めるように頭を抱え込み、そのままその場にヘナヘナと座り込む。
「・・・・・・・・・・。」
がっかりだ。何にって、自分に。もうこの際拓馬はいいわ。最初からそういう奴だと思ってたから。けどあれだけ気をつけようと思った矢先に自分で墓穴を掘るなんて・・・なんていう失態!
あぁ、もう泣きたい。

「よければ話聞かせてくんない?」
だけどそんな私をよそに、尾崎君は尚も説明を要求してくる。
っていうか、もうこうなったら断れるわけないっしょ。
隣を見やるとそこには満足げに笑った拓馬の姿。

何?この状況の何が楽しいわけ!?

私は思わずキッと奴を睨んだ。そして、
「上がって」
半ばヤケクソで尾崎君をうちに上げることに。
あぁ・・・明日から登校拒否になってるかも。


「・・・どうぞ」
「どうも」
とりあえずリビングに上がってもらい、お茶を出す。そんな私を見てニコッと笑う彼、尾崎君はやっぱり人懐っこい印象を与える。
「じゃぁ早速話を聞かせてもらおうかな」
お茶を一口すすった彼はどこか楽しそうにそう切り出した。拓馬の方をちらりと見ると、奴はニッと口の端を吊り上げた。

何か良くわかんないけど・・・・ヤな奴!!

仕方なく観念した私は、奴と同棲させられてしまった経緯を細かく尾崎君に話していった。彼は途中一言も口を挟まずに静かに話を聞いてくれたけど、逆にそれが怖かった。何か内容をインプットされてるみたい・・・。

「ってことは、2人は好き合ってここに住んでるわけじゃないんだ?」
私が一通り話し終わった後、尾崎君はポツリとそう呟いた。まるで確かめるようなその問いかけ。拓馬はさも気に入らなさそうな顔してるけど・・・。
「何が言いたい?」
そして対抗心むき出しでそう言う。その問いに答えるわけでもなく笑顔で奴を見つめる尾崎君。
・・・なんだろうこの空気は!
まるで風船が割れる直前のような、そんな緊張感漂う雰囲気。もうわけがわからない。
この場から逃げ出したい気持ちを必死で抑えていると、不意に拓馬がこちらを一瞥して。

「俺はハルのこと、本気で大事だと思ってるけど」

――・・・え?
拓馬がそう言った瞬間、思わず私は呆けたように奴を見る。

何?何か今心臓がおかしくなったんだけど・・・!?

「でもそれって一方通行っすよね」
けれど拓馬のその真剣な言い分も尾崎君の一言でぶち壊される。しかも笑顔で。
「何だテメー・・・尾崎とか言いやがったな?そんな事言うためにわざわざ上がりこんできたのか?」
そろそろ我慢も限界に達してきた拓馬は冷笑しながらそう言うと、スッと立ち上がって手をボキボキと鳴らす。

ぎゃー!!それは何の準備ですかー!!

「いえ、別に。ただハルちゃんの気持ちはどうなのかなー、と思って」
が、しかし。拓馬のこんな姿を見ても怯むことなく尾崎君は意見を述べる。こんな極悪野郎を前にすれば私ならきっと泣いてる。
「ハルちゃんにその気が無いなら俺にも入り込む余地あるってことっすよね」
そしてそんな事を言ってしまったものだから、危うく尾崎君の顔に拓馬の拳が飛んでくるところだった。でも寸でそれを避けた彼の反射神経は凄い。マジミラクル。
「暴力反対っすよ先輩。それじゃハルちゃん、事情も聞けたことだし俺もう帰るわ」
「え?あ・・・あぁ、ばいばい」
そして呆然とする私に笑顔で手を振りながらそう言うと、彼は何事も無かったかのように部屋を出て行ってしまった。

「・・・っざけんなぁー!!」

あまりにも自然な彼の退場を見届けた拓馬は次の瞬間我に返ると、思いっきりそう叫んだ。
「今度あったらぶっ殺す」
そして目をぎらつかせながらそう宣言。
ヤバイ・・・・この人目が本気だ!!
そんな奴の姿を見ても尚、私はただ呆然とその場に座っているだけだった。気が、抜けた。

戸枝ハル16歳、悩みの種がまた1つ増えました・・・。



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