* 16歳の結婚生活。 2
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午前9時30分。私は荷物の準備をして自宅を後にした。
車に乗り込んでから今まで住んできた我が家をジッと眺めるとなかなか大きく見える。
今日から住む事になるマンションなんて比べ物にならないんだろう・・・。

で・も!

3ヵ月後には絶対また戻ってきてやるんだからね!!
睨むように家を見つめながら、私はそう心に誓う。
「・・・ハル、もうそろそろ出るよ?」
そんな私を少し訝しげな目で見てから父さんが声をかける。
因みに、今日の朝私が婚約の事をOKすると父さんは泣いて喜んだ。
私の気が変わらないうちにさっさとマンションに連れて行きたいみたい。
「うん・・・いいよ」
顔は未だに我が家に向けたまま、私は静かに返事をした。
父さんが運転席に乗り込んで車にエンジンをかける。車が進むにつれ、我が家がどんどん遠ざかっていく。

グッバイ・・・マイハウス・・・・。

さて、悲しむのもこの辺にしてっ!作戦考えなきゃ。
まずは・・・相手に会ったときどんな風にすればいい?きっと父さん達が居る前では礼儀正しくしてなきゃいけないし・・・・。
こんな言い方したくないけど「2人っきり」になってから思いっきり私の本性見せるのは?
そうだ。室内では色気の有る服も絶対駄目!!パジャマだってジャージとかで良いわ!じゃないといつ襲われるか・・・(←失礼

車に乗ってから本気でいろいろ思案して、気づいたときにはもうマンションに着いてしまっていた。うちから1時間ほどのところにあるマンションには、すでに向こうの家の人たちが到着して待っている。
その中でも一際背の高い人物。それが・・・

私の婚約者、風靡拓馬・・・。

くそぅ・・・・ !悔しいけど何か写真より本物の方がカッコいい!!
「やぁ、良く来てくれたね。長旅で疲れただろう?」
私達が車から降りると、風靡財閥の社長――つまり風靡拓馬の父親――が、愛想のいい笑顔を浮かべてそう言った。
「いえ、とんでもありません。ご無沙汰してます、風靡さん」
父さんは車から降りると丁寧な言葉づかいでそう言って会釈する。
「いやいや、そんなに気を使わないでくれよ。ところでそちらが・・・ハルさんかい?」
風靡さんは私を見ると、確かめるようにそう言った。
父さんが「はい」と言うと風靡さんはニッコリと笑った。
「写真で見たとおり可愛い娘さんだ」
・・・可愛いなんてぇ・・・・。

って、浮かれてる場合じゃないぞ自分!!

一歩間違えればこの人「お義父さん」になっちゃんだからっ・・・!!

「は・・・初めまして、ハルです」
どうにか気を持ち直し、必死で笑顔を作りながら私はそう返す。
すると向こうの奥様・・・じゃなくて、風靡拓馬のお母さんが
「まぁ。礼儀正しいお子さんです事!」
と上品に笑う。


・・・え?何?もしかして今の好感度アップ!?
いーやぁー!!
こっ・・・こんなはずじゃっ・・・・

「ホラ拓馬!貴方も挨拶しなさい!」
激しく後悔していると、風靡さんが今までずっと黙っていた奴――風靡拓馬に声をかける。
母親に促され、向こうも挨拶を・・・・

「初めまして、拓馬です。よろしく」

ぶっ・・・
ぶーあーいーそー!!

何これ!?外見と全く違うじゃない!!めちゃくちゃ無愛想なんですけど!?にこりとも笑わないしっ・・・・
「よ・・・よろしく・・・・」
思わず引きつりそうになる顔を必死で抑えて笑顔を保ちつつ、私はそう返す。
・・・せっかく人がここまで来てやってんのに何つー顔してんだコイツは!?
「・・・ハル、とりあえず荷物を置きにに行こうか?」
何か嫌な空気を感じ取ったたらしい父さんは、冷や汗でも流しそうな顔で私にそう声をかける。
さすが父親。こういうところは分かってるんだ。
「えぇ・・・・」
私は冷笑という言葉が似合う笑顔で頷く。
そう言えば荷物、持ったままだった・・・・。
よいしょ、とその荷物を持ち上げようとした時、
「へ・・・?」
すっ、と何者かの手が伸びてきたかと思うと、極スマートに持っていた荷物を取り上げられる。

「お持ちします」

相変わらず無表情なままでそう言ったのは風靡拓馬だった。
予想外の展開に、私はただボケェッとしながら突っ立っていた。
「ごめんなさいね、ハルさん。あの子きっと照れてるのよ」
荷物を持ち、1人でマンションの中に入っていく息子を見て風靡さんがホホホ、と笑いながら言った。

・・・いや、アレはどう見たってそんな風には見えないんですが・・・。

「いーえぇ、お気になさらず」
突然の行動に呆気に取られている私に代わって母さんが返事をする。
・・・私はメチャクチャ気になるんだけど!!
「ほらハル、行くわよ」
鋭い目で母さんを睨んだけれど、そんなこと全く気にも留めない様子で背中を押された。
うぅっ・・・・何なのよみんなして・・・!!
まるで・・・まるで私の本性を隠すかのようにっ・・・!

それでも仕方なく私は足を進めた。もうここまで来たら仕方ない、と半ば投げやりになって。


私達がこれから住む部屋は6階にあった。しかも300号室。
ハハハ。何て覚えやすいんだろー。これなら迷子になることもないね!

・・・馬鹿か自分。

気を取り直して。私は気分が乗らないまま部屋の中に入る。
が・・・そこで見た光景に思わず言葉を無くした。
ごめんなさい。マンションあなどってました。
広いよ・・・うちと同じぐらい広いよ・・・ここ・・・
つーか・・・

何で玄関にシャンデリア?

1番の謎はここだ・・・。もし地震とかで落ちてきたときどうするんだろう・・・。
「ハル?何ボーっとしてるんだい?入りなさい」
この光景に呆気に取られていると後ろから父さんに声をかけられ、ハッと我に返る。
そして、言われたとおり部屋の中に入り・・・また言葉を無くす。
やっぱ広い・・・。リビングもキッチンも何もかも、とにかく広い。
「荷物、ここに置いとくんで」
私がぐるーっと部屋を見渡していると、不意にそんな声がかけられる。
「あ・・・ありがとう」
無表情で無愛想でむかつくけど、ここまで重い荷物を運んでくれた奴に一応お礼を言う。
一応笑顔は浮かべてみたものの・・・目が笑ってないぞ自分。
「それじゃぁ私達は少し外で話をしてくるから。2人はゆっくり話でもしていてくれ」
ぴりぴりとした空気が漂っていたそのとき、風靡さんがそう言って父さんや母さんを連れて出て行ってしまう。

って、ちょっと待った。

え・・・え!?ちょっと・・・なんで初対面の人といきなり2人っきりにされなきゃなんないの!?
いやそれ以前に・・・何をすればいいの!?

完全にパニック状態に陥った私は緊張やら不安やらでとりあえずその場に腰を下ろす。
「オイ」
そんな私の後ろから男の低い声がする。
・・・うっさいわね。私は今これからどうするか考えてんのよ!
「オイッ」
あー黙って!っていうか人のこと呼ぶのに「オイ」ってどうよ!?
「聞いてんのかって・・・・・!!」
「きゃぁ!?」
最後にそんな声がして、気づけば私は肩をグイッと掴まれいていた。
そして目の前には・・・・・

風靡拓馬・・・・・!?

え・・・?今まで人のこと「オイ」って呼んでたのはもしかしてこいつ!?
・・・そうよね。良く考えればこの部屋には私達しかいないしっ・・・!
――と、真剣にそんなことを考えていると


「あんたもしかして耳悪い?」

・・・・カチーン。
その一言で、私の中の何かが切れた。
っていうかこの人本当にさっきのあの風靡拓馬?突然性格変わりすぎじゃない!?
「何よそれ!」
私はありったけの力を使って奴から逃げようとした。
いつまで人の肩に手置いてんだよっっ!!

「へぇー。やっぱりさっきのあんたは猫かぶってたわけだ?」

ニヤッ、と意地の悪い笑みを浮かべ奴が私にそう言った。
「・・・何よ。あんただって相当さっきと違うじゃない?」
言われっぱなしは私のプライドが許さず、キッと奴を睨みながらそう言い返す。
すると向こうはおどけたように肩をすくめた。
「あー気が強い女」
「黙れ・・・」
あーイライラする・・・外見と中身のギャップが激しすぎるっ・・・・!
私・・・こんなのと同棲なんて嫌だぁー!!

「・・・ところで風靡拓馬さん?」
気を取り直して・・・。私は口調を改め、そう声をかける。
「拓馬でいい」
・・・・。
この人は私が何か言うたびに言い返さないと気が済まないわけ?
本当ムカツク・・・・。
「・・・・拓馬さん、手、どかしてくださらない?」
「だから拓馬でいいつってんだろーが。ヤダネ」
・・・・この人なんなんですか・・・・?
ちゃっかり呼び方否定した上に手をどけないと・・・・!?
「・・・変態ぃー!」
「いいじゃん。どうせ夫婦になるんだし」
思いっきり私がそう叫んで身をよじると、サラッと爆弾発言した拓馬。(←諦めた
「何言ってんの?夫婦なんてならないわよっ!結婚だって絶対何があってもしません!!」
抵抗しながらそう言うと、向こうの表情が少し険しくなる。
「じゃぁ何でここ来たわけ?」
本当に不思議そうに、そう問い掛けてくる。
「何でって・・・・こんな結婚を阻止するためよ!政略結婚なんて絶対嫌だしこの年でバツ1になるのはもっと嫌!っていうか本当に離してよ!?」
私は感情に任せて一気にそうまくし立てた。
すると、向こうからは思っても見なかった返事が返ってくる。

「政略結婚?何だそれ。俺はあんたの事が気に入ったから結婚したいだけなんだけどなぁ、ハル。それにバツ1にする気なんかサラサラねぇよ」

・・・・・・・・・はい?
貴方誰が勝手に呼び捨てにしていいと言いましたか?っていうかね・・・

「は?」

とりあえず、わけがわかんない。
何?気に入ったって。私の思い違いでなければそれは・・・・私に惚れてるって事ですか?
「だーかーらー、意味もなく結婚なんてするわけねぇじゃん?大体俺だって政略結婚なんてまっぴらだ」
そっ・・・・そんな・・・・!
どうしよう・・・。こんな話聞いてないよ父さんっ。私はてっきり政略結婚だとばかり・・・・
「で、でも何で!!どうせ私のことなんて写真でしか見た事ないくせに!」
どうしても奴の言葉を信用したくなくて、私は否定的な事を言ってみる。
特に容姿が優れているわけでもない自分を写真で見ただけで気に入るなんて思えなかった。
「別に写真で見たから気に入ったわけじゃない」
「は?」
と、拓馬がそんなことを言ったので私は思わず声を上げる。

「前にパーティーで会っただろ?あのときのあんた・・・未成年なのに酒飲んで酔っ払って思いっきり俺に激突してきてさぁ」

・・・・・・・・。
うーん・・・・・・・。
・・・・・うん!?
「あ・・・・」
「思い出したか?」
私が声を上げると、拓馬の目がパッと輝いた。
でも。

「そんなことあったっけ?」

馬鹿にしたようににーっこり笑ってそう言うと、奴はガックリと肩を落とす。そのときにやっと私に乗っかっていた手も落ちた。
あー良かったー。なんて喜んでいると。

「あんた・・・・何ていうか、馬鹿だろ?

・・・・・あぁん!?
「あんたねぇ・・・・!!」
その一言で私の怒りは頂点に達して、もう少しで奴の綺麗〜な顔面にパンチを食らわせそうになった。
でもその瞬間、意思に反して手が止まる。
・・・正確には、体、が。
「な・・・・・・っ・・・・・・!?」
気づいたときには私の体はすっぽりと奴の腕の中。
・・・・ってこんな状況納得できるかぁ!!

「な、何すんのよ!?」
急に抱きしめられたせいで頬が熱を帯びていく。どうにかこの腕から抜け出そうともがいてみるものの、2つ年が違うだけの男の力は意外と強い。
どんなに頑張っても手が振り解けない。
「俺は・・・・・」
そんな私の様子を気にとめる様子も無く、拓馬が口を開く。
コイツ人の話を聞く力つけた方がいいんじゃないですか?
「俺はあの時のお前を見て惚れたんだ」
耳元で、そんな言葉が囁かれる。
「あの時お前泣いてたんだぞ?だから何つーか・・・守ってやりたいっていうか・・・・」
続けてこんな言葉まで。
耳元で言われてるせいなのか、体中にぞくぞくした感じが走る。

拓馬が言ってるパーティーは、本当言うとちゃんと覚えてる。
その頃の私は15歳。当時付き合ってた彼氏に振られてやけになっていた。そして間違えてお酒を飲んでしまって・・・酔いつぶれた。
今まで我慢していた反動と酒の力が混ざり合い、人が大勢居るにもかかわらず私は号泣した。
でもその時フラフラだった私を支えてくれてたのがコイツだ何て・・・初めて知った。

「思い出したか?」
気がつくと、私の顔を覗き込むようにして拓馬がそう問い掛けてきていた。
奴はまだ私を解放してくれない。それどころかさっきよりも少し力を強めてギュッと抱きしめてくる。
そして甘い声で一言。

「俺本気なんだけど・・・・・だめ?」

その一言で、私の顔はやばいぐらい真っ赤になる。
そんなまっすぐな目を向けられても目のやり所に困るというかっ・・・!
「あの・・・・・・・」
頭の中が真っ白になりつつ、私は必死で口を開く。
「とにかく・・・・離して?」
出てきた言葉はそれだった。本当はこんなことが言いたいんじゃないけど何を言えば良いのか分からなくなってしまった。
「・・・・・・・」
すると、案外あっさり奴は私から離れる。そして真っ直ぐ私の目を見て言った。

「俺と結婚してください」

思わず、見とれてしまった。
鋭いけどきつすぎない、綺麗な目がジッとこっちを見つめてくる。しっかりした意思が宿ってて、目が逸らせない。
まるで催眠術にでもかかったように、私は――

コク。

気づいたときには、首を上下に動かしてしまっていた。そして当然この行為は「OK」を意味するものであって・・・・

っていうか何してんのこの体!?

「・・・・・マジで?」
しまった、と思ったときにはすでに遅く、私の反応をいち早く読み取った拓馬が目を輝かせる。
最初のあの無表情が嘘のように晴れていた。
「よっしゃ・・・・・・!!」
奴はグッと拳を握ると、またしても私に抱きついてくる。
「ちょっ・・・・離せ!!」
何故自分が頷いてしまったのか分からないまま私は抵抗してみる。けれど無邪気に笑う拓馬の顔を見ていると本気を出す気にもなれず・・・
仕方なく、脱力した。
でもずっと抱きしめられてるのもかな〜り気まずいので。

「は・・・・離してくれなきゃ結婚しないわよ?」

とっさに、そう言ってしまった。すると拓馬の体が言葉にピクッと反応して・・・名残惜しそうに私から離れていく。
「・・・・・・・」
離れてくれたのはいいんだけど・・・・いや、そんな恨めしそうな顔で見られても困りますよ!!

昨日知らされた婚約者。初対面に近い今日の、しかもまだ会って1時間も経たないうちにプロポーズ。
――戸枝ハル16歳、初日から相手にリードされてる予感がします・・・・!?



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