...11
「息抜きって言ったくせに」
あの薄暗い建物の中から出て、元の明るい道を歩きながら。
私はわざと恨めしそうに焔を見上げてボソリと呟く。
「・・・・申し訳ありません。でもああでも言わないときっと貴方はついて来てくださらないと思ったので・・・」
焔はバツが悪そうな顔で言って目を伏せる。
思ってる事とかが顔に出る人って本当に可哀想だと思う。そんな事されたら余計からかいたくなるもん。
でもまぁ・・・・・今はそんな事してる場合じゃない。
「・・・ごめん、嘘だよ。怒ってないからそんな顔しないで」
思わず表情が崩れて苦笑する私を見つめて、それから焔も安堵したように表情を和らげた。
「貴方が引き受けてくださって本当に良かった」
その言葉に小さく頷いて、それから少し考える。
「ねぇ・・・・・もしかして引き受けたって事は・・・暁との結婚も決定?」
そうだ・・・・・この事すっかり忘れてた。
「萌華は暁様がお嫌いですか?」
「嫌いって言うか・・・・・・・」
今までの事をいろいろ考えてみる。こんなに短い時間でその人の人間性が分かるとは思えないけれど、それでも私の中にある確信にも似たそれは。
「むしろ嫌われてるのは・・・・私のほうだと思う」
私の言葉に焔は不思議そうな顔をして「何故?」と首をかしげる。
「だって・・・あの人1度も私と目を合わせようとしないんだもん」
何か気に障ることでもしたのかなぁ、私・・・・。
顔をしかめながら言うと、焔は納得したように言った。
「あぁ、萌華はずっとその事を気になさっていたんですか」
「だって・・・人と話すときは普通その人の目を見るでしょ?」
「そうですね・・・・」
頷いて、焔は悲しそうに笑った。
ここの人たちはみんなよくこうやって笑うなぁ、なんて思いながら私はその横顔を見つめる。
悲しくて、綺麗な笑顔。
それなのに嬉しそうに笑ったりする所はあまり見た事が無い。
何か・・・・・・寂しいな。
「暁様は萌華の事が気に入らないわけでも、悪気があるわけでもないんですよ」
ぽつり、と焔が言葉を漏らす。
「それじゃぁ、どうして・・・・・」
問い掛けると、焔は足をとめてこちらに向き直る。そして話を誤魔化すようにこう言った。
「明日から力の特訓を始めます。よろしいですか?」
「・・・・はい・・・・」
思いっきりはぐらかされた気がするけど・・・言いたくないならこっちも無理に追求したくない。
私は仕方なく頷くしかなかった。
「何か気に入らないなぁ・・・・・・・・」
その日の夜、お城に戻ってから与えられた部屋のベッドに寝転んで高い天井を仰ぐ。
寝間着だと言って焔が持ってきてくれた服に着替えていた私は、相変わらず肌触りのいいシルクのような生地に包まれて思わずこのまま眠りたい衝動に駆られる。
けれど、私はその衝動を無理矢理自分の中から追い出して上体を起こした。
駄目。話をはぐらかされてるままじゃスッキリしない。
・・・・・・とは言っても、無理矢理焔を問い詰めるのも何だか嫌だし。ましてや暁なんて問題外。
となると、手は1つしかない。
「自分で探索するのも悪くないかなぁ」
少し罪悪感は感じるけど・・・お城の中を見ておくいい機会じゃない。
私は自分にそう言い聞かせると、気が変わらないうちにいそいそと部屋を後にした。
小さい頃から幽霊は見てきたし、怖いものと言ったらむしろ生きてる人間が持ってる醜い感情で。
今更か弱い女の子みたいにキャーキャー叫んでみてもそれは芝居じみたものでしかないと思ってたのに。
・・・・・・・・・夜のお城の廊下って、何でこんなに怖いんだろう。
薄暗いそこを歩く自分があまりにも小さく感じられた。まるで闇に追いかけられてるようで自然と歩調が速まる。
一応所々にランプが付いているんだけど、こんなの頼りないおぼろげな光でしかない。
人によっちゃ絶対人魂と間違えるよ。これ。
・・・・・・・・・まぁ間違える人間なんてこの世界では私ぐらいだろうけど。
はぁ、と虚しい溜息をついて私が向かった先はこの前暁に注意された場所。
私に問題がないなら当然それは向こうに何かあるわけで、数日前のあの言いようからすると確実にここに何か隠されているに違いない。
私はぐるりと周りを見渡す。手がかりは掴めているのに、これだけ部屋が多くちゃ何処を探せばいいのか分からなかった。
もしかして自分って、とっても無計画な人間・・・・・・?
どうしよう、手当たり次第に部屋に入ってたら時間が無くなっちゃうよ。この前みたいに暁に見つかったら今度はただじゃ済まされないだろうし・・・・・。
困り果てて暗い廊下を見渡していると、1箇所だけ何かの目印みたいにランプがついている部屋がある。
まるで「入ってください」と言わんばかりのその部屋。
「・・・・・・よし」
私は意を決してそのドアの前まで歩いていって、思い切ってドアノブに手をかける。
――ガチャリ。
静かな空間に、ビックリするほど大きくその音は響いた。
自分の鼓動が早くなるのが分かったけれど、それを落ち着かせるように空いている方の手を胸に当てて。
そうして私はゆっくりとドアを開けた。
目に飛び込んできたのは、大きな大きな窓。
高い高い天井に届きそうな窓が真正面に見えて、そこからは柔らかい月光が差し込んでいる。
幻想的な空間が広がって、思わず私はその場に立ち尽くす。
けれどすぐに我に返って、素早く部屋に体を滑り込ませると静かにドアを閉めた。
ドアを閉めた事で部屋の中に闇が広がったけれど、柔らかな月光のおかげで不思議とそれまでの恐怖は無くなった。
だんだんと心が落ち着いて、私はゆっくりと辺りを見渡す。
――広い部屋ぁ・・・・・・・。
思わず感嘆の溜息が漏れそうなほど、その空間は広かった。
暗くてハッキリとは分からないけれど、見える限り家具はちゃんと揃っている。
私はゆっくりと窓に向かって足を進める。少し、外の景色を見たかった。
けれど窓の近くにあった大きなベッドに目を向けたとき、私は思わずぎょっとして体を強張らせた。
「きゃっ・・・・・・」
叫び声が口から漏れて慌てて手で口を覆う。
ど、どうしようっ・・・。今の声結構大きかったよ・・・!暁に見つかっちゃう・・!!
慌てふためいて意味も無く辺りを見渡して、そうして私はベッドに視点を戻す。
誰もいないと思ったそこには、一人の女の子の姿があった。
月の光に照らされたその顔は間違いなく美しく整っていて美女としか言いようがない。
眠っている顔を見る限り、私と同じ歳ぐらいに見えるけど――
違う。今そんな事言ってる場合じゃない。
暁の事を気にする前に、まずこの人が起きないかどうかを気にするのが普通なのに私は相当気が動転していたらしい。
一向に目を覚まさないその人を見てだんだんと気持ちが落ち着いてきた私は、安堵の溜息を漏らす。
「勝手に入ってごめんなさい・・・・」
とりあえず小さくそう謝る。・・・・・暁に見つからないうちにここから出て行こう。
一人で探索なんかももうやめよう。こんなに広いところとてもじゃないけど無理だよ。
これからの行動を断念して、静かに部屋から出て行こうとした私だけれど。
――ダンダンダンダン。
突然耳に入ってきたのは、恐らくは大またで歩くそんな足音。
「嘘・・・・・・っ・・・・」
絶望的に呟いて、私の中で再び強い焦燥が生まれる。
・・・・・・・誰か、来る。
足音はだんだん大きくなって、確実にこちらとの距離が縮まっているのを知らせる。
体が硬直した私は身動きすら出来ずにその場に立ち尽くす。
けれどそんな私を追い詰めるかのように大きくなる足音は、突然ぴたりと止まった。
・・・・・・・・・しかも、この部屋の前で。
とどめを刺すようにガチャリとドアが開いたとき、胸の中で大きな後悔が生まれた。
もう駄目だと、怒られるのを覚悟して私は顔を伏せる。
・・・・・・それなのに。
「魏惟(ぎい)――・・・・・・!?」
その声は確かに暁のもので、私の予感は的中したはずなのに。
急に、体を強く抱きしめられた。
思っても見なかった展開にただ呆気にとられていた私の頭の中は、完全に真っ白になっている。
ただ、その真っ白な頭の中にも疑問は浮かび上がってきて。
1つ目は、どうして私が暁に抱きしめられているのかって言う事。
そして2つ目は。
暁が呼んだその名前は、一体誰のものなのかって事。