...12
「あ・・・・か・・つき・・・?」
ぎゅぅっと、痛いぐらい抱きしめられた私は自分でも分かるぐらい上ずった声でかろうじてそう言った。
思考なんて完全に止まっているはずなのに、体中に熱が駆け巡る。
この熱は暁のものなのか、それとも自分のものなのか。それすらも判別がつかないけれど――。
私の呼びかけに、まるで夢から覚めたように暁はハッとした。そうして勢い良く私から体を離す。
「萌華・・・お前、何故ここに・・・っ・・・・・・!?」
酷く動揺しているのが分かるほど目を見開いた余裕の無い表情。いつかの人形のようなそれとはまるで違った、感情のある顔。
何故か分からないけど言葉が出なくて、私はただ狼狽する暁に目を奪われていた。
真紅の瞳が今初めて私に向けられたような気がする。月光に照らされた、幻想的なその瞳。
「ごめん・・・なさい・・・」
かろうじてそれだけ呟いた私に、暁は一瞬泣きそうに顔を歪めてうな垂れる。
「以前にも言ったはずだ、ここに立ち入る事は許さないと。それなのにどうしてっ。俺はてっきり――」
そこまで言った暁は明らかに「しまった」というような顔をして、その場に力尽きたように座り込む。
「てっきり」・・・何?
焔も暁も、絶対何か隠してる。私と目を合わせようとしないのだって、きっとそれに関連があるんだ。
私はしゃがみこんで、その場に顔を伏せて座り込む暁にそっと促す。
「てっきりの次は何?何か言いたいことがあったんでしょ?」
けれど暁は顔を伏せたまま低く答えた。
「お前には・・・関係ない」
――・・・思わずムッとして、私は今の自分の立場も忘れて言い返す。
「関係無いって・・・だって、私は貴方たちを救うためにここに連れてこられたんでしょ?そう言うのって知る権利はあるんじゃないの?」
ゆらり、と揺れるように力なく暁が顔を上げる。
向けられた真紅の瞳がそれまで以上に赤く染まっているのを見て私は思わず怯んだ。
それがてっきり、怒りの色に染まっていると思ったから。
けれどよくよく見てみると月の光に照らされ、微かに頬を伝う1本の線が見える。
「・・・泣いてるの・・・・?」
どうして急に泣いたりするの・・・。私そんなに強く問い詰めた?
・・・・いやいや、それじゃ一国の王様は務まらないよね。
でもじゃぁ、どうして?
そこまで考えた時、頭の中に忘れていた疑問が浮かび上がる。
「”ぎい ”って・・・その人に何か関係があるの・・・・・?」
私とその人を間違えて確かに暁が呼んだ名前。きっと何かあるに違いない。
けれど暁は、私の問いかけに答えるでもなくゆっくりと立ち上がる。涙はまだ流れ続けているけれど、表情はもとの人形のようなもの。
「ちょっ・・・・」
「魏惟は、」
立ち上がった暁に話を無視されたのだと思って慌てて声をかけてみたけれど、それは見事に遮られた。
口を開いた暁は、すっと寝ている女の子の頬に手を添える。そうして大事そうに女の子を見つめながら、
「魏惟は・・・こいつは、俺の妹だ」
・・・・・・・・・・・うそ・・・。
「妹さん・・・だったの・・・?」
私はてっきり恋人か何かだと・・・。
でも確かに、言われてみると暁と似てないでもないと思う。
綺麗な長い赤い髪に、今まで見てきた人たちよりも色素の薄い肌。赤褐色というより、それは限りなく肌色に近い。
――でも・・・さぁ。
「暁・・・・そんな事してると、魏惟さん起きちゃうよ・・・?」
私は、黙ったままただひたすら彼女の頬を撫でる暁に問い掛けた。
「その心配はない」
私の言葉に暁は言い切って、無表情の顔を私に向ける。
「魏惟はもう死んでいるから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・は・・・・?」
言葉が・・・・理解出来ないよ。
死んでるって・・・・だって、この人そんな感じの顔してない・・・。
「悪い冗談はやめようよ・・・?」
目の前の魏惟さんはただ眠っているとしか思えないほど穏やかな顔で、だから余計に暁の言葉が信じられない。
「だって・・・そんな・・・。死んでたらこんな綺麗な姿じゃないでしょ?」
困惑して何を言えばいいのか分からない私を一瞥して、暁はぽつりと言葉を漏らす。
「こいつには・・・特殊な呪が施してある」
「呪って・・・・?」
「一生この姿のままの呪いだ」
それって・・・・死んでからどれだけ時間が経ってもこの綺麗な姿のままって事・・・?
「俺の妹はまだまだ幼かった。けれど例外なくこいつも奇病に侵され、城の者も感染を恐れ始めたのでやむを得ずここに隔離しておく事になったんだ。けれどもう・・・随分前に死んでしまった」
暁はそう言って俯く。雫が1つ、きらりと光って落ちていった。
「もういいよ・・・暁」
「俺は・・・・」
けれど暁は、まるで私の声なんか聞こえていないかのように叫ぶ。
多分もう止まらない。
「俺は妹一人守ってやる事が出来なかった・・・っ・・・!!!」
くそっ、と悪態をついて暁はぐぅっと拳を握り締める。そしてそれを何度も自分の足に叩きつけた。
「己の生死に関る事だ。感染したら、という臣下の不安は重々承知だった。だからこうして魏惟をここに隔離したのに・・・・最終的にこいつを孤独の中で死なせただけだっ!!最期に傍に居てやることさえ出来なかった俺は一体何なんだ?王などと称えられたとしても俺は戦う事しか脳のない輩だ。どうして俺には力が無い。何故民やこいつに何もしてやる事が出来ない・・・・っ!!」
それはまるで壊れた機械のようで。
1度吐き出すともう止まらない血相を変えた暁も、街の人同様に大切な人を失っていた。
きっとこの世界の人はみんな、誰か大切な人を失っている。
「許してくれ・・・魏惟・・・・」
暁はそう言ってぐっと涙を拭う。そうして悲愴に満ちたその顔を私に向けて、
「どうか・・・どうか妹を救ってやってくれ。街の者もみんな。今傷を癒す事が出来るのはこの世界でたった一人、お前だけなんだ。萌華」
哀願されて、言いようの無い痛みがまた胸に走る。
痛くて痛くて、ただ泣く事しか出来ない私はきっと愚かとしか言いようがないだろうと思う。
でも――
「ごめ・・・んなさい・・・・・・・」
泣きじゃくりながら出てくる言葉はそれだけで、この痛みの正体が今やっと分かった。
数え切れないほどたくさんの人の願いや希望や痛みが私の手1つにかかっていて。
少し前の私は非力すぎてそれが悲しかった。自分にも力があったら、と何度思っただろう。
なのに今、実際にこれだけ大きなものを手にした私は。
――怖くて怖くて、今はまだ歩き出せずに居た。