...13
昨日の夜、暁の事情を知って何故か彼よりも自分が号泣して。
泣いて泣いて視界が歪んだその後、私は一体どうやって自分の部屋に戻ったのか分からなかった。
朝になり着替えを持って焔が起こしに来てくれて、その時初めて自分が部屋に居る事に気づく。
・・・そう言えば今日から力の特訓をするって言ってたんだっけ。
瞼が重くて目の前がぼんやりとしていた。多分泣きすぎて目が腫れたんだろうと思う。
それを証拠に、焔は私を見るなり驚いたように目を見開いたから。
「萌華・・・・?」
名前を呼ばれたけれどその時は焔を安心させるための笑顔を作る気力がなく「後で話したいことがある」とだけ告げた私は、着替えるために彼を部屋から追い出した。
着替え終わって私が連れて来られたのは、今まで来た事も見たこともないような大きな部屋。
部屋の中央に白い台のようなものが置いてある以外は、他に何もないただ広いだけの空間。
「ここで・・・・特訓?」
グレーを基調としたような、何処か重苦しい雰囲気の部屋を眺め回しながら問い掛ける。
「はい。貴方にはここで力をつけていただきます」
焔は頷いて、すっと中央の台を指差す。
「あそこにあるものが見えますか?」
「へ?」
あそこって・・・・・?
目を凝らしつつ、何かあるのかと私は一歩一歩台に近づく。
最初は焔が何をさしているのか分からなかったけれど、近づくにつれてだんだんと分かってきたのは白い何かがあるって事。
「・・・――っ!?」
台まであと数歩と言うところまで来て、私はようやく焔が指し示す何かに気づいて思わず後ずさった。
あまりにも唐突に目に入ったそれのせいで、叫び声が喉に引っかかって上手く外に出なかった。
鳥が・・・見える。
白い台と同化してしまうほど、真っ白な鳥。
「死んでるの・・・・?」
目を見開いて、ぴくりとも動かない鳥から目を離すことなく私は問い掛ける。
「貴方にはそれを生き返らせて頂きます」
――肯定、ですか。
「・・・どうやって・・・・」
呆然と呟くと「分かりません」と焔が首を振る。
・・・・・なんて無責任な。
「申し訳ありません。俺には力が無いので方法が分かりません・・・が、強く強く念じればこの鳥を生き返らせる事も十分に可能なことだと思います。貴方にはその力があるのだから」
私だってどうすればいいのか分からなくて、途方に暮れて焔を見ると彼は事も無げにそう言った。
まるで「出来ないわけがない」と言うように、当然のような顔で。
それから、ふわりと柔らかく笑う。
――柔らかい笑顔とか、悲しくても綺麗な笑顔とか、優しい笑顔とか。
この悲しい世界で、あなたはどうしてそんなに笑っていられるのかな。
「焔」
ちょい、と彼の服の裾をを掴んでその笑顔を見上げてみる。
綺麗に澄んだ赤い瞳は魅せられているようで、何もかも話したくなる。
「私、街の人たちに会った日からずっと胸が痛くて、息苦しくて・・・・」
「お体の具合でも悪いのですか?」
急に顔色を変えて心配そうにそう言う焔に思いっきり首を振る。
「そうじゃなくてっ。・・・実は昨日ね、私暁の妹さん見たの」
そう言って伺うように下から焔を見上げると、彼は酷く驚いたように目を見開いて。
それから搾り出すような声でかろうじて言った。
「魏惟様に・・・・ですか・・・・?」
その言葉に、こくりと頷く。
「えと・・・ちょっといろいろあって・・・暁にも魏惟さんの事全部聞いたの」
まさか「忍び込んだ」とは言えず、そこら辺はうやむやにして話をすると「そうですか」とポツリと焔が答える。
「暁も大切な人を失ってるんだって分かって、妹を助けてくれって必死で頼まれて、私その時も息苦しくなったの。でも・・・その時になってどうしてこんな事になるのかやっと分かったよ。私本当は・・・ずっと怖かったみたい」
言ってから焔を見ると、どうしてか彼は物凄く泣きそうな顔で笑っていた。なんだか、崩れてしまいそうな笑顔。
「焔・・・・?」
思っている事が全部顔に出てしまう人だから、絶対何かあるんだ。
そう思って心配になった私は思わず名前を呼んで首をかしげて――
「怖いのは・・・・当然の事ですよ」
突然すっ、としなやかな動作で手が伸びてきた。そうしてその手は私の背中に回される。
え、と思った瞬間にはもう、私の体は焔に抱きしめられていた。
「焔・・・!?」
当然その行動に驚いた私は声をあげて体を硬くする。
それでも柔らかく抱きしめてくれる手が何故か嬉しくて、とっても温かい。
「大丈夫。俺も暁様も、輝舟も雷灯さんもみんなついてますから」
彼の優しい声がすぐ近くで聞こえて、私はただ泣きたくなった。
安心・・・・させてくれているんだろうか。
「それから・・・」
と、幾分か焔の声色が変わる。どこがどう変わったのか言い表すのは難しいけれど、確かに何かが違った。
焔は私からそっと体を離すと、やっぱり泣きそうな、悲しそうな顔で私を見つめる。
それは昨日の暁の表情と酷く似ていた。
「魏惟様を・・・・よろしくお願いします」
そう言った焔の声が、震えていた気がする。
搾り出したような、少し掠れたような声だった気もする。
それから・・・・・言葉にするのはやっぱり難しいけれど、強いて言うなら何処か切なそうな顔で・・・
キュン、って。
・・・・・・・・・キュ、ン・・・って――?
「・・・うん、勿論」
わけが・・・分からない。何か今物凄く不思議な気持ちが・・・。
私は自分の感じているものを誤魔化すように無理矢理笑顔を作ってそう言うと、焔に背を向けて台の上の鳥を見る。
それから死んでいるものを生き返らせることだけを出来るだけ強く念じでみた。
それでも目の前の鳥はぴくりとも動かない。
多分初めてだからとか、力不足だからとか、そう言うのは関係ない。
自分でも驚くぐらい念じる事に集中できないでいる私は、頭のどこかで別の事を考えてしまっている。
・・・・何だかおかしい。さっきから頭がぼーっとして、どれだけ集中しようと思ってもまるで出来ない。
焔の表情が・・・・頭から離れない。
「キュン」って、それは本当に焔の心情?それともそれを感じで居るのは、
わたし?
結局この日、集中できない私を気遣うように焔は特訓を途中で打ち切ってくれた。
「最初から生き返らせる特訓はやはり難しかったですね」
申し訳なさそうに笑う焔を見ると、浮ついた気持ちで集中できなかった自分が情けなくなって思わず俯く。
けれどそれを見て勘違いしたらしい彼は
「明日からはまず、怪我や病気を治す特訓から始めましょうか」
と言ってランクを下げてくれた。
「え、特訓すれば私そんな事も出来るようになるの?」
・・・初めて知ったよそんなこと。
「勿論。生き物を生き返らせることが出来るのだから、傷を治す事は特に問題ではないと思いますよ」
しかも、焔はやっぱりサラッと肯定するし。
・・・それで傷も治せないようじゃ私相当力弱いんだろうなぁ・・・・。
でも。
「ごめん・・・。明日は頑張るよ」
私には・・・・この世界の人の希望と願いがかかってるんだから。
それに明日になればこんな変な気持ち・・・・・消えてるだろうし。
きゅんって感じの、切ないような気持ちと胸の中にあるもやもやとしたスッキリとしない想いと。
明日になればきっと、全部元通りになってるはずだから。