...16

 焔の大怪我が治せたその日、私は初めて使う大きな力のせいで全身から力が抜けてその場に座り込んだまま立てなくなった。
 足に、立とうとする意思に力が入らない。体が本当に限界まできたんだと思った。私にはまだこれだけの力しかないのだと。
 でも・・・・・・・まだまだ頑張らなきゃいけない。
 今目の前に居る焔と数分前までの血だらけの彼の姿が重なって、思わず体が震えた。
「大丈夫か?」
「うん・・・何とか」
 頭上から声がして見上げると、少しだけ心配そうな顔の暁。
「あ、でも立てな――」
 と、言おうとした瞬間。
「わっ・・・・・・」
 暁の手が伸びてきて素早く腰に回された。そうしてあっという間に――お姫様抱っこ。
 うわぁ・・・・・・王様にこんな事されるなんて思っても見なかった・・・・・。
 呑気にそんなことを考えていた私はその直後自分のやり場のない手に気づいて我に返った。
「え・・・暁!?私肩貸してくれたらそれで何とか・・・・・」
「焔、萌華を部屋で休ませるから風紫に何か温かい飲み物を持ってくるように伝えてくれ」
「はい」
 ・・・・・・って、人の話聞いてないし・・・・・。
 でもまぁ・・・・・一応相手は王様だし文句ばっか言えないし・・・・・我慢しよう。
 出口へと歩き始めた暁に観念した私は結局、やり場のない手を胸の上辺りで小さく組んだ。
 そうして部屋から出る間際、振り返って焔の方を見てみると思いっきり目があって――
「焔・・・・っ・・・」
 思わず、名前を呼んでしまった。
 自分でもびっくりした。ほぼ無意識に呼んでしまったから。少し口ごもった私は、
「あ・・・・・ありがとう」
 結局それだけしか言えなかった。
 けれど、やっぱり焔は柔らかく微笑んでくれて思わず自分の表情も和らいだのが分かった。

 それから暁に部屋まで運ばれた私は、まるで壊れ物を扱うかのようにベッドに下ろされた。
 今まで凡人でしかなかった自分が王様にこんな扱いを受けるとやっぱり何処か居心地が悪い。
 でも、ちゃんと分かってるよ。私に特殊な力があるからこんな風に扱ってくれるって事ぐらい。
 みんな魏惟さんやこの地の人たちのために必死なんだと思う。
 だから私に少しでも何かあればみんな全力で助けてくれる。
 ・・・・・・・・なるべく、心配はかけちゃいけない。

「ありがとう、暁」
「礼など要らない」
 今まで強張っていた体がふかふかのベッドの上に下ろさた途端、急速に力が抜けていくのが分かった。軽く微笑みながら暁にお礼を言うと、素っ気無くそう返された。
 これは・・・・・・・やっぱりなかなか素直じゃない王様だなぁ・・・・。
「萌華」
「はい?」
 思わず苦笑を浮かべていると、不意にそう名前を呼ばれる。
 何だろうと思い、立っている暁を見上げると彼は何処か真剣な眼差しを私に向けて。
「お前は自分がこの世界でどんな存在なのか、きちんと把握しているか?」
 真紅の瞳はあの夜――魏惟さんの部屋で初めて向けられた時以来の強い何かを秘めている。
 そしていつも、何処か悲しげな目。
「どんな存在って――・・・・」
 正直私はこの目が苦手だった。焔も暁も、風紫でさえ人の奥底を見透かそうとしているような真っ直ぐな目。

 自分で気づいていないものでさえ、相手にばれてしまいそうで。

 思わず返答に窮した私に、暁は少し困ったように眉を寄せた。
「・・・・・いいか?あの奇病がいつまた、何処で発病するか分からないこの世界で俺達は生きている。いつ絶滅するかも分からないギリギリの所でだ」
「・・・・はい」
「その世界で預言者を除いた最も重要な存在は各種族の長である王だ。俺達にはどの民よりもすぐれた武力がある。だから争いなどが起こったときには民を守らなければいけない。でも萌華、お前はもしかするとそんな俺達よりも重要な存在かもしれないんだ」
「は・・・・・・・って、私?」
 思わず返事をしかけて、驚いて暁を見る。彼はそんな私を見て深々と頷いた。
「王というものは、居なくなればまた次の力のあるものが選ばれる。でもお前の場合は違う。この世界で1度逝ってしまった者たちを生き返らせる事が出来る力を持つものはお前だけだ。お前には代わりが効かない」
 暁は呆然とする私に淡々とそう説明する。でも彼の言ってる事は何か違う気がした。
 確かに私は私で、代わりなんて居るはずないけれど。でもそれなら、
「・・・・暁にだって代わりなんていないよ?」
 思わずそう言うと、彼はまた眉を寄せて。
「お前は俺の話を聞いていたのか?俺の場合は居なくなってもまた次の――」
「でも、それは王様の話でしょ。暁は暁。・・・違う?」
 私は暁の言葉を遮って、負けじと顔をしかめてそう言うと――暁の目が、驚いたように僅かに見開かれた。
「お前は・・・・・・奇抜な事を口にする奴だ」
「別に普通の事だと思うんだけど・・・・・」
 何故か私から目を逸らしてぽつりとそう言った暁に首をかしげながらそういい返す。
 そうしてしばし、沈黙。

「・・・・とにかく、俺が言いたいのは・・・」
 と、少し重い空気を振り払うかのように暁が口を開いた。
「つまりお前は、この世界でとても大切な人間だという事だ。だからお前に何かあれば困る。でもな、力のついてきたお前を他の王が放って置くと思うか?」
「えと・・・・・思わない、かな・・・?」
 急に問い掛けられ、少ししどろもどろになりながらも答えると暁は頷いた。
「情報は何処から漏れるか分からない。力のついてきたお前はこれから今まで以上に狙われやすくなるだろう。だから俺は、その前に印を刻んでおきたい」
「・・・・え?」
 “印”と、久々に聞いた言葉。
 その言葉の意味を私が思い出すよりも早く、暁は私に目を向けると。

「結婚してくれ」

 真紅の、それでいて透き通るような紅以外、私にはもう何も見えない。


「萌華、飲み物を持ってきたわよ」
 暁が部屋から出て行ったその後。
 呆然と、抜け殻のようにベッドの上に座っていた私の耳にそんな声が届く。
「っ・・・はいっ」
 そこでハッと我に返った私は慌てて返事をした。するとすぐに部屋の扉が開いて風紫が何か持って入ってくる。
「お兄様に頼まれたのだけど――・・・・・貴方、大丈夫?」
「へ?」
 近づいてきた風紫は私を見るなりそう言って顔をしかめる。最近特訓ばかりで疲れているからくまでも出来ているのかと、ベッド脇にある小さな鏡に手を伸ばしかけた時――

「貴方、顔が真っ赤よ?」

 瞬間、全身がカァッと熱くなった。
「熱でもあるんじゃないの?」
「だ・・・大丈夫だよ!?」
 心配そうに私の額に手を伸ばしかけた風紫に私は首を振って否定して。
「ちょっと疲れただけだと思うから・・・・・・休むね」
 そう言って誤魔化すように笑っておく。
 ・・・・・・・気づかなかった。私そんなに顔赤いんだ・・・。
 でも普通いきなりあんな事言われたら誰だってこうなるって!私まだ15歳だしっ。それに相手は王様だし。
 それに――・・・暁にあんな事言われるとどうしていいか分からないし。
 とにかくお互い好きでもないのに結婚って・・・・・何だか漠然としすぎてて分からない。
「ねぇ・・・・萌華」
 と、一人でそんなことを考えていると風紫の声が聞こえいろいろな考えがそこで断ち切られる。
「な、なに?」
 明らかに動揺しているのが分かる返事をしてしまったけれど、風紫は特におかしな顔もせず。
 むしろなんだか、複雑そうな表情をして。
「貴方今日、お兄様の怪我を治してくれたんだってね。・・・・ありがとう」
「あ・・・うん。でも焔も私に協力してくれたから・・・・」
 いきなりそんなことを言われ、私は戸惑いながら答える。
 私のために切られてくれたんだから、私が治すのは当然だと思う。なのにお礼を言われるのは何か違う気がする。それに・・・・・風紫が少し、優しい気がする。
「あの・・・・・」
 いつもとは何か違う風紫の表情を伺うように見ていると、複雑そうだったそれがみるみる哀愁を帯びていく。
 そうして戸惑うように再度口を開いた風紫は、

「魏惟の事を・・・・・よろしくね・・・・・」

 何だか泣き出しそうな、今にも崩れそうな顔でそれだけ言うと持ってきた飲み物を近くの台の上に置いて部屋から出て行く。
 きぃ、と小さく扉が閉まる音がして部屋は一気に静寂に包まれた。
 ――・・・・そう言うことだったんだ。
 風紫の出て行った扉を見つめながら、私は静かに苦笑しながら思う。
 風紫が少しだけ優しく、心を開いてくれたように見えたのは全部あの一言のためだったんだ、と。
 でも・・・・・ねぇ風紫、私思うんだ。
 自分では気づいていないかもしれないけれど、あなたは少し優しすぎる。

 私はまだあなたと友達になれるって、信じてるよ。


Back || Top || Next
inserted by FC2 system