...17
何があっても守ろうと決めた。
あの日、大切な大切な存在を失って泣きじゃくる幼い少女を前にして。
自分だけは、何があっても――と。
「なぁ・・・・・・魏惟」
月明かりがぼんやりと差し込むだけの薄暗いその部屋。誰も立ち入らせはしないと決めたそこで、暁は愛おしそうに永遠に眠り続ける妹の名を呼んだ。
「お前だけは何が何でも助けてやりたかったんだ。だが――俺はこれで本当に間違っていないか?」
印を刻むために、やむを得ず萌華に結婚を申し込んだ。他の選択肢は無かったわけではないが、それはしたくなかった。してしまったが最後、自分は彼女の人生までもを奪う事になる。
自分のせいで他人の大切なものを奪ってしまうあの苦痛を味わうのは1度でいいのだ。
いや・・・、本当なら1度だって味わいたくは無かった。あんな、自らの死よりも辛いであろう時間を彼はその時まで知らなかった。
「分からない・・・魏惟、俺はどうすればいいんだ?俺のような臆病者が王の座などに居座って本当にいいのか?」
――本当は、萌華と目をあわすことさえ苦痛だというのに。
無意識のうちに思い出す。何処と無く似ているからかもしれない。
“お兄ちゃん”、と。そう言って自分に引っ付いて歩いていた幼い日の妹に。
「お前には俺しか居なかったのにな・・・」
月明かりに照らされる美しい少女の頬にそっと手を添えて、哀しげに暁は呟いた。
幼い頃、まだたくさんの龍がこの世界に生きていたときの事だ。
自分たちが絶滅の危機にある今、種族同志の殺し合いはよほどの事がない限り禁忌とされている。けれどその当時は違った。
少しでも反発があると、それはどんどん拡大していく。よって、その頃は殺し合いなどあって当然のものだった。
力のない女こどもはその被害を受ける事が多い。暁と魏惟の両親はその争いに巻き込まれ、例外なく彼等もその被害を受けた。
両親はすぐに死んだ。幼い彼等を残して。
戦いがどういうものなのか理解できる年頃だった暁とは違い、魏惟はまだ親が居ないと生きていけないただ非力な子どもだった。
「お兄ちゃんっ・・・お父さんとお母さんはぁ・・・・・・?」
魏惟はボロボロと大粒の涙を零しながら彼に聞いた。けれどその時の暁が、泣きじゃくる妹を傷つけないように言いまわす術など知るはずもなく。
「父さんと母さんは――・・・・死んだよ」
ただ、抱きしめるしかなかった。
いつになれば止まるか分からない妹の泣き声を聞きながら、自分の目から涙が零れそうになるのを必死でこらえて。
――守らなければ。自分がしっかりしなければ。
その時の彼を支えていたのは、その気持ちだけだった。だから暁は、魏惟を守るために強くなろうと決めた。そして手に入れた王の座。
けれど。
魏惟は死んだ。最終的には、一人部屋に隔離されて。
守ると決めたはずなのに襲ってくる病魔には手出しも出来ず、また「王」になったせいで背負うものが増えすぎてしまった。
犠牲になったのは、何よりも守ろうと決めたその人だというのに。
「すまない・・・魏惟」
ぽたり、と。
大粒の涙が1つ、滑らかな少女の頬の上に落ちて。
「すまない・・・・・・・・・・萌華」
暁はそのまま、まるで答えを探すかのように月を見上げた。