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 チッ、と言う舌打ちで私は我に返った。

「わっ・・・わぁ!?」
 遅くなりつつ、そう叫ぶ。
 改めて良く考えると「夢に出てきた龍だ」なんて呑気に納得してる場合じゃない。
 この時代、この場所に龍なんか居るはずがないって事ぐらい、世界観のズレた私だって分かる。
 混乱して何も分からなくなった私を見下ろして、龍はふっと目を細めた。

「大丈夫です。姫は俺の後ろに隠れていてください」
「は・・・い・・・」

 もう何がなんだか分からないけれど、とりあえず龍に言われたとおりにフラフラしながら歩いていってその大きな体の後ろに隠れる。
 恐る恐るその陰から顔を出して前を見ると、さっき舌打ちした男の子がジッとこっちを睨んでいた。
 ・・・・何?何が始まるの・・・。

「空志(くうし)様」

 龍の凛として力強い声が、その場に響き渡った。
 男の子が面白くなさそうに鼻を鳴らす。

「何だ・・・せっかくあとちょっとで姫様が手に入るところだったのに」
「申し訳ありませんが、それは絶対させません。例え貴方が王だとしてもこの方は我ら赤龍に与えられたお方」
「けっ。あんなクソ婆の言葉をこの俺様が簡単に聞くわけないだろ。でもまぁ・・・今回はこちらとしても立場が悪い。今日のところは引き上げるとするか」

 私の目の前では、私には到底理解できない会話が繰り広げられていた。
 そして最終的に、ふんっと捻くれた様な顔をした男の子が身を引くことに。

 ・・・・・・最後はまぁ、聞き取れたんだけど・・・・。

「・・・・え!?」
 私は再び驚きの声をあげた。
 それは、本当に一瞬の事。
 一陣の風が男の子を包むように吹き抜けたかと思うと、その姿は瞬きをする間にそこから消えてしまった。
 私は呆然と、男の子が居た場所を眺める。

 ・・・・・・何が起こったんだろう・・・・・・。

「姫」
「はいっ!?」

 呼ばれて反射的に返事をする。けれど良く考えると、どうして私はこの龍に姫なんて呼ばれているんだろう。しかもそんなガラじゃないのに。
 私を呼んだ龍はというと、重そうな肢体を器用に動かしてこっちを振り返る。
 そのあまりにもしなやかな動きに目を奪われた私は、体がぐらついて初めて自分におきた異変に気づく。

「わっ・・・!?」
「失礼をお許しください。けれど貴方がここに居るのは危険だ。今すぐ私たちの世界へお連れします」

 すまなさそうな声を出して龍は言った。その表情からは何も読み取れないけれど、きっとこの事について本当に私に詫びてくれているんだろうと思う。

 私は今、龍によっていわゆる”お姫様抱っこ”というものをされていた。

「あのっ・・・私これから学校・・・」
「時間がありません。しっかり俺につかまっていてください。出来れば目もつぶって頂いて」

 言い終わらないうちに、見事に龍に遮られる。
 時間がないとかどうとか、よく分からないけれどそれならこっちにだってこんな事している時間はない。早くしないと学校に遅刻してしまう。
 でも、次に何か言う隙を龍は与えてくれなかった。

 ばさり、という音が聞こえて。
 今日何度目かの強風が私たちを中心に吹き起こる。

「何!?」
「しっかりつかまっていてください」

 ぴしゃりとそう言われ、私は叱られた子供のように急いで龍の太い首に手を回す。
 その直後の事だった。
 私はさっきの龍の言葉を嫌でも理解する事になる。

 だんだんと離れていく地面、高くなる目線。
 見る見るうちに私は今まで自分が見上げてきたものを見下ろせるようになっていく。

 ばさり、という音は龍の翼の音。
 先ほどから吹く風は、その翼によって起こされていたもの。


 ・・・龍が空を飛ぶ時に起こるものだった。


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