...3
キーン、と耳鳴りがして、物凄い風が頬や体を駆け抜けて行った。
ジェットコースターが下るあのスピードで上昇しているような感じ。
とにかく振り落とされないようにしっかりと龍の首に手を巻きつけて、必死で目をつぶる。瞼でさ強風を受けてひくひくと震えているのが分かる。
息苦しくて、ただ怖くて私はどうする事も出来なかった。
そんな時、突発的に龍が口を開いた。
「姫、お名前は何とおっしゃいますか?」
「なま・・・え?」
息苦しくて、口を開くのでさえやっとの状態なのに。
もう少しこっちのことも考えて欲しいなんて思いながら、私は答えた。
「萌華っ・・・・!“もえ”っていう字と華やかの華でほうか・・・!」
風の音で声が遮られてしまうので、出来る限りの大声を出す。
「萌華様・・・では、萌姫とお呼びしましょう」
「ほうき・・・?」
何か、名前が変わってる気がする。
納得のいかない声で繰り返すと、龍は「1種の敬称のようなものです」とだけ答えた。
それからはもう、お互い口を開く事は無かった。
どれぐらい上昇してきたのか分からなくなってきて、私の体力もだんだん落ちてきた頃。
何の前触れもなく、スゥッと息苦しさが引いて行った。
「あ・・・れ?」
不思議に思ってそっと目をあける。その時には、今まで受けていた風も全く無くなっていた。
でも目をあけた瞬間、私は思わず絶句した。
「何処・・・・ここ・・・・」
そう呟くのがやっとで、目の前の光景がまるで信じられない。
「萌姫、ここが我ら赤龍の地です」
呆然とする私の体をそっと降ろしながら、龍はそう説明した。
・・・・・・説明されたけど、さっぱり訳が分からない。
「何で私、こんな所に・・・」
学校、行かなきゃいけないのに。友達と話さなきゃいけない話題だってたくさんある。そう言えば今日は小テストとか体育とか、休んじゃうと面倒な教科もあったんだっけ。
なのに、どうして。
私が今立っているのは、きちんと舗装された道路やコンクリートの道なんかじゃない。
私が今見ているのは、いろんな家々が隣接する建物ばかりの都会らしい風景じゃない。
私の見える範囲以内で、日本人なんて居ない。ましてや外国人でもなくて、それは言い表しようの無い人達。
あえて言うなら東洋系の顔立ちで、みんな肌は赤褐色。個人差はあるけれど、髪もみんな赤くて、目がきりっとして鋭い感じ。
――何・・・なの・・・・。
「萌姫」
名前を呼ばれ、ハッとして振り向く。
そこでまた私は絶句。
さっきまで龍が立っていたそこには、周りの人たちよりも髪が赤く、肌は同じように赤褐色で、背の高い男の人の姿。
男の人って言っても、見た目は私よりも少し年上で大きく見ても18歳ぐらい。
「だれ・・・・」
ゆっくりと後退しながら尋ねる。もう半分泣きそうになりながら。
すると、その男の人は慌ててこう言った。
「名乗るのが遅れて申し訳ありません。俺は焔(えん)と申します。貴方をここへお連れした龍です」
「あなたが・・・・あの龍?」
もう何もかもが信じられない事ばかりで、表情を歪めてそう言うことしか出来なかった。声は酷く不安定で、今にも足がすくみそうだった。
「何で・・・・どうして私なの?ここ、何?元に居た場所には帰れるの!?」
ヤダヤダヤダ。
頭が混乱してどうにかなりそう。
焔と名乗ったその人は、私の言葉を聞いた瞬間申し訳なさそうな顔になって。
それでもすぐにしっかりとした口調で言った。
「・・・事情は話すべき場所でお話します。だから今は、もう少し我慢してください」
・・・話すべき場所って何なの。何で私が我慢しなきゃいけないの。
頭は混乱して、今まで起きたことが理解できない。涙なんて出てくる暇が無い。
私が今踏みしめているのは少し柔らかい赤土。
目の前に広がるのは、広大な緑に包まれる街らしきもの。
肌にまとわりつくのはからりと暑い空気で、時折吹く風は物凄く爽やかなんだけど。
見たものをそのまま受け止められるほど、私の頭は賢くないの。
当然やってくるものだと思っていた平凡な日常は、呆気なく崩れ去ってしまった。