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 呆然とするまま再び龍――焔に連れられてやって来たのは、そこら辺の建物なんかよりも断然豪華で断然大きな建物の中。
 一言で表すなら、お城。
 きっと私の考えは間違っていないんじゃないかと思う。
 だって現に焔が話してるから。
 この国の主である、王という方と。

「暁(あかつき)様、姫をお連れ致しました」
 その場にひざまづき、叩頭しながら焔は言う。私はどうしていいか分からずに、ただその場に立ち尽くしていた。

 目の前には玉座に深く腰掛けている、怖いぐらい無表情で整った顔の20代前半ぐらいの男の人。
 その人はジッと私に目を向ける。
 髪はやっぱり赤くて、肌も赤褐色。さっきみた人たちや焔と同じ色をもつ人。
 それなのに、ずば抜けて容姿が優れている人。

 この人が・・・・王様?

「これが・・・我が救い主か?」

 品定めするかのように、私の姿を上から下まで見た王様はゆったりと口を開いた。
「はい。正真正銘その人です」
 控えめに顔を上げて焔がそう言うと、王様は無表情のまま頷く。そして不意に、真紅の瞳がこちらに向けられた。

「名は?」

 ビクっ、と体が震えて、思わず後退しそうになりながら必死でそれを我慢する。

「・・・萌華・・・です」
「萌華。いい名だ」

 無表情で褒められても嬉しくないなんて思いながら、私は睨むように王様を見た。
 ここで怯むわけにはいかない。私には、聞かなきゃいけないことがありすぎる。

「あのっ・・・王様」
「暁でいい。何だ?」
「・・・暁様。私はどうしてこんな場所に連れてこられたんでしょうか」

 相手が王様だからとか、そんな事は問題じゃない。
 彼の中から滲み出ている威圧感のようなものに飲み込まれてしまいそうで、私は出来る限り強く問う。
 暁様はジッと私を見て、それから何処か冷たく言い放った。

「それは、お前が力のある者だからだ」
「・・・・力?」

 思いっきり顔をしかめて言うと、向こうは静かに頷いて
「詳しい事はまた明日にでも話す。部屋を与えよう。今は疲れているだろうからそこで休め」
 まるで追い払うようにそう言って、すっと目を閉じた。
 もう話し掛けるな。
 そう言われた気がした。

「ちょっとっ・・・!」
 さすがにこの態度にカチンと来た私は、勢いで一歩前に進み出る。
 けれど隣から腕が伸びてきて、素早くその行動を阻止された。
「萌姫、お部屋へ案内します。分からないことがあれば、俺が説明しますから」
 だから今は、勘弁してください。
 後に続く言葉が手にとるように分かるほど懇願めいた声で言う焔に、私は仕方なく従った。
 けれどその部屋を出た瞬間、何故か急にいろんな感情が湧きあがってくる。

「ねぇ・・・私の力って何なの?私普通の中学生だよ?」

 部屋に案内するために、前に立って歩く焔の背中にそう問い掛ける。
 すると、その場でぴたりと彼の足が止まる。

「姫・・・」
「姫なんて呼ばないで。私は萌華って言う名前なの・・・っ・・・」

 知らない世界。知らない景色。知らない人たち。
 知らない名前で呼ばれるたび、さっきまで居た自分の世界が物凄く遠く感じられるの。

「・・・では萌華様。貴方は幼いころからこの世の者ではないものが見えていましたね?」

 真っ直ぐに私の目を見て言う焔に、思わず恐怖を感じた。
 どうしてこの人が、そんな事を知っているんだろうと。

「だとしたら・・・・何?」

 弱い部分は見せちゃいけない。そう思って、出来る限り強い口調で言う。
 焔は確信したように頷いた。

「やはり。・・・萌華様、貴方には死んだものをよみがえらせる力があるのです」

 ・・・は?
 疑問符が大量に私の頭の中に浮かび、同時に「冗談じゃない」と言う想いがこみ上げてくる。

 死んだものを・・・よみがえらせる?生き返らせるって事・・・?
 そんな事、出来るわけ無いじゃない。

 それでも尚、焔は真面目腐った顔で続ける。

「事実、今まで貴方が見てきたもの達は貴方に助けを求めていた」
「そんな・・・。だって・・・最近じゃ別に見えても何もしてこないし・・・・」
「それは貴方があまりにも高貴なお方だからです。彼等はそれに気づいて、自分たちでは無理だと悟ったのでしょう」

 焔の真面目腐った言葉1つ1つがまるで理解できず、私は呆けたように背の高い彼を見上げていた。
 死んだものをよみがえらせる――。
 本当に私にそんな力があったのなら・・・・
「それなら・・・小さい頃に私が飼ってた犬が死んだ時、どれだけ生き返って欲しくてもそれが叶わなかったのはどうして?」
 私が望んだのに、叶わないはずが無い。
 でも焔は、悲しそうに首を振った。
「それは、その犬が生きる事を望まなかったからです」
「え・・・」
「貴方には力がある。けれどそれは、望むものがあっての力だ。望まないものにはどれだけ貴方が願っても通用しない」

 ・・・何それ。それじゃぁ私は・・・何のためにここに連れてこられたの・・・?
 ここには「望む人」が居るとでも言うの?

 いや・・・今はそんな事が問題じゃない。
 私にとって今1番大事な問題は。

「もう元の世界には帰れないの?」

 言葉にすると、声は情けないほど掠れていて。誰でもいいからこの言葉を否定して欲しかった。
 なのにそのくせ頭のどこかでは確信している。
 答えなんて聞かなくても、きっと私は――

「・・・帰る事は出来ません」

 もう戻れない。

 あぁ・・・もう。私の直感っていつも変なところで当たるんだから・・・。
 しかも、いつも決まって不吉な事。
『萌華はクジ運も悪いわねぇ。』
 少しからかうような口調で言う、母の声が蘇った。
 小さい時から良く言われている言葉。懐かしい声。
 もう、聞こえない。

「何で・・・・」

 思った瞬間、それまで全く大丈夫だった目からどっと涙が溢れた。

「何で私なの・・・・?」

 人と意見が合わない事もあったけど、それでも友達とは上手くやってきた。家庭環境も悪くないし、将来の夢だってあった。
 憧れてる人だって居るし、これから受験だってあるのに。

 なのに、何で私なの・・・・?

「萌姫・・・」
 焔の控えめな声が耳に入って、でもその声が余計自分を惨めにさせる。
 こんな知らない場所で、たった独りになって。私はこれからどうすればいいの。

 我慢していたけれど、あふれ出る涙とともに口から出る嗚咽は止められなかった。
 出来たら大声を上げて泣きたい。叶うなら、これが夢であって欲しい。
 ・・・それでも。視界が涙で滲んでも、目の前のものは何1つ変わらない。

「ヤダぁっ・・・」

 泣きじゃくりながら、私は力なくその場に座り込んだ。
 瞬間、ふわりと体が温かくなる。

「お許しください・・・萌姫」

 凄く近くで声がして、焔が抱きしめてくれたのだと分かった。

「この世界では、俺が貴方を守りますから。絶対に傷つけたりしませんから」
 だから、お許しください。

 限りなく優しい懇願の声を聞くと、私は一層悲しくなった。

 私があなたの何を許せるって言うの?
 何を許せって言うの?

 ――もう全てが分からない。

 それでもすがっているものが欲しかった私は、その時強すぎるほどの力を込めて焔に抱きついて、大声を上げて泣いた。
 そうして、世界は少しずつ軋み始める。


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