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泣くだけ泣いて、そうして連れて来られたのは一人で寝るにしては広すぎる部屋。
良く漫画とか本とかでお姫様が寝てる天蓋つきベッドとか、大きなドレッサーとか。
とにかく豪華な物で飾られたその部屋を見ながら、もうまともに考える事も出来ない私の頭は「龍の世界にもこんなのあるんだぁ」なんて呑気に考えていた。
部屋にある大きな窓からは外の景色が一望できる。
でもやっぱり、それは私の知らない世界。
これが夢だったらどんなにいいんだろうと、さっきから何度も思うけど。現実は現実で受け止めなきゃいけない。
でもまだ私の頭はそんな所までついて行けてない。
泣きはらした目をなるべく焔に見られないよう顔を伏せて、私は大きなベッドに腰をおろした。
寝心地はまぁ、悪くないかもしれない。
私をここまで連れてきた焔は、申し訳なさそうにこっちを見て
「俺が答えられる範囲なら、何でも説明しますよ・・・?」
と、不安げに聞いてくる。
焔ってすぐに顔に出るタイプなんだ・・・。
「じゃぁ」
私は彼の言葉を遠慮なく受け取った。
「私がここに連れてこられた理由とか、最初に出会った男の子が言ってたワケわかんないこととか、ここが何処なのか、全部教えて」
話をはぐらかされないように、顔を上げて真っ直ぐに焔を見る。
ぴくり、と焔の眉毛が動いた。言わなきゃいけないけど言いたくない。そんな感じ。
「・・・また泣きませんか?」
「分かんない」
素直に答えると、焔は困ったように笑った。
「・・・分かりました。いずれ話さなければいけない事だ。貴方が仰るなら説明しましょう。・・・全て」
ふっ、と彼の表情が真剣なものになって、私は少しだけ後悔した。
これから話される事は、生半可な覚悟じゃ耐えられないようなもの。
焔の表情を見て、それを悟ってしまったから。
膝の上においた手をぎゅぅっと握って、覚悟を決めた私はしっかりと焔を見た。
「まず、俺達龍は3つの種族に分かれています」
焔はゆっくり話し始めた。
「1つは炎を司る我ら赤龍。そしてもう1つは水を司る青龍、最後に大地を司る黒龍。これらの種族は大昔に自分たちに適した地に住み着きました。俺達は炎を司っているため寒い場所は苦手だ。よってこの地は常に暖かい。同じように、青龍の地は涼しく、黒龍の地は寒くも暑くもない」
「じゃぁ・・・四季はないの?」
「ありません」
淡々と焔は答えた。
「それに貴方がた人間のように、国ごとに名前を付けることも無い。くどいようですがこの地は赤龍の地。それ以外の名前はありません」
「へぇ・・・」
何だか感心して頷くと「本題はこれからですよ」と焔に言われて姿勢を正す。
「俺達龍は今の貴方達の世界では“幻想の生き物”として拝められて居るようですが・・・その昔は人間と関りを持っていました。しかし不幸な事に、ある日龍たちの間に伝染病が広がったんです」
「龍の世界の・・・伝染病?」
暗い表情で焔は頷く。
「原因不明で処置の施しようもなく、それは正に奇病そのものでした。1度病に侵されたものは半月もしない間に息絶え、そうしてみるみるうちに龍の数は減っていきました。伝染病により極わずかな数になってしまった我等の姿を目にする人間も限られて行き、やがては存在すら忘れられてしまったのです」
「何か・・・大変だね・・・」
今この状況で、私がいえる立場じゃないけど。
「萌姫」
と、急に名前を呼ばれて少し驚く。
「俺達龍は今や絶滅寸前だ。そこで我等赤龍に与えられたのが、死んだものたちを蘇らせる力を持つ貴方なのです。どうか・・・ここに留まってお力を貸してください」
「ちょ・・・ちょっと待って!!」
この辺りから私の頭は焔の言葉を理解できなくなる。
「私にどんな力があるのか分かんないけど・・・”我等赤龍に”ってどういう事?他の、青龍と黒龍も絶滅寸前なんじゃないの?」
言うと、焔は少し難しい顔をした。
「口で説明するのは難しいのですが・・・そうだ。この世界の地図をお持ちしましょう。しばらくお待ちください」
焔は言って、素早く部屋を出て行く。それから少し経って、くるくると丸められている大きな紙を抱えて戻ってきた。
「これを見てください」
焔が床に広げた紙は、見た目以上に大きい。私はそれを見下ろした。
広い紙面に、ポツンポツン、と描かれている3つの大陸。そしてその中央にはどの大陸よりも一回りは小さい島のようなものが。
「これ・・・何?」
「見ての通り、この世界の地図です。因みにここが赤龍の地」
言って、焔は1つの大陸を指差す。それから順に青龍の地、黒龍の地、と説明してくれた。
「そして・・・ここはどの種族も所有できない孤島」
最後に焔が示したのは3つの大陸に囲まれたあの島のようなもの。
「ここは”預言者”の地です」
「預言者・・・・?」
あぁもう。益々頭の中がぐちゃぐちゃになってくよ・・・。
「預言者の地とは、その名の通り預言者様のいらっしゃる神聖な場所。よっぽどのことが無い限り足を踏み入れてはいけない地なのです」
「預言者って・・・偉い人なの?」
「我等龍にとって神に値するお方です」
「へぇ・・・・」
何か分かんないけど、凄い人なんだぁ・・・。
焔の言葉には驚いたり感心したりする事が多くて、この時も私は”預言者”とやらに気をとられていた。
「萌姫、ここからが大事ですよ」
・・・案の定、焔に怒られる。
もう元居た場所には戻れないと言われ、さっき散々泣いたのに。
私にはどうやら危機感というものが足りないらしい。もしかしたら、頭が混乱しすぎてそんな感覚も分からなくなっているのかもしれない。
「ごめん・・・続けて」
仕方なく謝って、再度姿勢を正す。その後すぐに淡々とした焔の説明が始まった。
「先ほども説明したように、伝染病やら何やらで我等は絶滅寸前です。そこでこのままではいけないと思われた各龍の王達が、預言者様に何か方法はないかと尋ねられたのです。そうして、そこで預言者様が最初に赤龍に示されたのが萌姫――貴方なのです」
「私・・・・?」
訝しげに問うと、焔はしっかりとうなずいた。
「預言者様が仰った言葉に嘘はありません。けれど・・・当然1つの種族にのみ与えられた特別な存在を他の種族はいいように思わない。しかもどの種族も今すぐにこの危機から抜け出したい。だから青龍龍王である空志(くうし)様は、貴方を自分たちの種族に引き込むために印を刻もうとされたのです」
「あの・・・その”印”って何?」
何だか深刻な話だって言うのは分かるんだけど、龍の世界の言葉の意味は理解出来ない。
「説明が悪くて気分を害されたら申しわけないのですが・・・預言者様によると、萌姫と我等赤龍龍王である暁様が婚姻を交わして初めて、貴方の所有権が我々のものになるのです。けれどそれをされると他の種族はもう手が出せなくなる。だからその前に、空志様は強引な方法で貴方を手に入れようとしたのです」
「強引な方法って・・・・」
嫌な予感がする・・・。
恐る恐る尋ねると、焔はばつの悪そうな顔で言った。
「それを俺の口から申し上げるのは酷なので・・・・出来るならそれ以上追求しないで頂きたい」
「・・・うん、分かった」
何だか分かんないけど、これ以上はもう聞かない。
素直に言葉に従った私に、焔は言う。
「説明は・・・これで一通り終わりです。詳しい事はまた随時お話します。萌姫、貴方はご自分が思っている以上に高貴なお方なのです。どうかそれを忘れないでください」
そうして、目の前でひざまづかれる。
「貴方の世界を取り上げてしまった我等を・・・どうかお許しください」
あぁ――・・・そっか。今まで焔の説明を夢中になって聞いてたから忘れてたけど・・・
私もう、元の世界に戻れないんだ。
止まっていた涙が再びこみ上げて来て、それでも私はすがるような思いで焔に尋ねる。
「何か方法はないの?」
顔を下げたまま、焔はジッと黙っている。重い沈黙が流れて、私の心はどんどん不安で一杯になっていく。
「・・・申し訳ありませんが・・・・」
そうして再び口を開いた焔の言葉に、私はただ失望するしかなかった。
私と目を合わせないようにするために下を向いているようで、焔にも少し腹が立つ。
涙が込み上げてきて、むしゃくしゃする。
どうして私が。何でこんな力が。
「ごめん・・・ちょっと、出てってもらえるかな・・・・」
顔を伏せて、私は静かにそう言った。
「・・・困った事があれば、いつでもお呼び下さい」
焔はゆっくりと立ち上がると、それだけ言ってすぐに部屋から出て行った。
私はへなへなとその場に座り込み、今度は一人で泣く。どうしても、焔にはこんな弱いところを見せたくなかったから。
私をこんなところに連れてきた張本人。一方的なことばかり押し付けてくる人物。
でもそれでも・・・
『お許しください』
あの言葉が、私の頭から離れない。