...6

 私は本当にバカかもしれない。

 ふかふかのベッドの上で泣き寝入りした次の日。だんだんと覚醒していく頭で昨日の焔の言葉を思い出し、私はそう確信した。

 昨日聞き流したけれど・・・・あの時焔は何といった?
 私の所有権がどうのこうのって話だったけど――。

 思い出した瞬間、ハッとした。そして、自分の顔が引きつるのが分かった。
「焔――・・・!!!」
 彼の名前を呼んで、私は思わず部屋を飛び出していた。


『萌姫と我等赤龍龍王である暁様が婚姻を交わして初めて、貴方の所有権が我々のものになるのです。』
 焔を探して部屋を出た私の頭には、その言葉が何度も木霊していた。
 あぁもう・・・・どうしてこんな事聞き流しちゃったんだろう。

 婚姻って、つまりは結婚ってこと?ヤダ、私まだ15歳だよ!?それに暁様って昨日の超無愛想な人じゃない。そんなの絶対嫌。

「あれ・・・・」
 頭の中でいろいろ考えながら走るうち、大きなお城の中で迷子になってしまった私。ふと気づくと薄暗い廊下にぽつり、と立ち尽くしていた。
「何処ここ・・・・」
 何だか気味が悪くて、心なしか安定しない声で呟いて辺りを見渡す。

 高い天井。無駄に幅の広い空間。大き目に作られている部屋のドア。
 龍が生活するために作られた空間で、取り残されたような自分の頼りなげな姿。
 ここは本当に・・・私の全く知らない場所なんだ。

「そこで何をしている」

 突如、何の前触れも無く背後から声がかかり、思わず悲鳴を上げた。
 低い低い声。何処か深いところから出ているような、そして不機嫌そうなもの。
 驚いて急いで振り返った私の目に飛び込んできたのは、昨日の「暁様」だった。

「何をしているのか聞いているんだが」

 相変わらず無表情で、けれど声は不機嫌そうに問い掛ける暁様にどう反応すればいいかわからない私は、その場で少したじろぐ。
「あの・・・焔を探してて迷っちゃって・・・・」
 目の前の作られたように整った顔の持ち主とまともに目を合わすことができなくて、下を向いてぼそぼそと答える。
 探していたのは焔なのに、その前に予想外の人に会うと何だか面食らってしまう。
 しばし沈黙が降りて、私は恐る恐る暁様の表情を伺った。彼は面白くなさそうに鼻を鳴らして
「ここは本来なら誰も立ち入ってはいけない場所だ。お前の場合は仕方が無いから許すが、以後気をつけてくれ」
「・・・ごめんなさい・・・」
 彼のもっている威圧感に負けて、納得いかないままそう返事をした。

 有無を言わせぬ口調と1ミリも変わらない表情。
 まるで、人形みたいだと思った。

「ついて来い。元の場所へ案内してやろう」
 それから口早にそう言うと、暁様はくるりと背中を私に向ける。
「あ・・・はいっ」
 ここに取り残されるのは嫌だったので、私はとりあえず急いでその背中について行く。
 会話が無くて何だか気まずい。

 私、本当にこの人と結婚させられるのかなぁ・・・。

「萌華・・・と言ったか」
 突然、名前を呼ばれた。
 結構な時間聞いてなかった本名に少し反応が遅れた自分が情けない。
「はいっ・・・」
 慌てて返事をすると、背中を向けたまま暁様は言った。
「お前は俺と同等な立場にあるものだ。例え俺が王であってもお前まで俺に敬語を使う事は無い」
 一瞬何を言われたのか分からなくて、呆けたように彼の背中を見つめていた。
 もしかしてこの人は、私の事を気遣ってくれたのかもしれない。
「あの・・・じゃぁ貴方の事は何て呼べば・・・」
 控えめに言うと、
「暁でいい」
 と、何処かぶっきらぼうに返された。
「暁・・・」
 王様を呼び捨てにするのは何だか釈然としなくて、小さくそう言ってみる。この人の事を呼び捨てに出来るのは、もしかしたら自分だけなのかもしれない。

 何か・・・・私なんかでいいのかなぁ・・・・・・。

「着いたぞ」
 一人いろいろ考えていると、不意にそんな声がかかった。
「あ・・・」
 顔をあげると、確かに最初に飛び出した部屋の前まで来ていた。
「これからは2度とあそこに近づくな。分かったな?」
「は・・・・、うん」
 思わず”はい”と返事をしそうになり、慌ててそう切り替える。
 暁は何処か遠いところに視点を合わせたまま、サッと私に背を向ける。そうして何も言わずに歩き出した。
「あ、ありがとうっ」
 遠ざかっていく背中に急いで感謝を告げたけれど、返事は返ってこなかった。
 暗い回廊に、まるでその闇に溶け込んでいくかのように暁の姿は消えていった。

 無表情で何だか寂しそうな人。闇や夜が良く似合うけれど、それでは少し悲しすぎる。


 赤、と言うよりももっと深い真紅のその瞳は、今思うと結局最後まで私と目を合わせられる事はなかった。


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