...23

 神様って、一体何を見てるんだろう。そもそも世界には神様なんて、そんな人本当にいるんだろうか。

 目の前の光景を、そんな事をぼんやりと考えながら、まるで映画のワンシーンでも見ているような気分で私は見つめた。
 どうしよう、どうしよう、どうしよう。
 その言葉がいつもみたいに頭をグルグルめぐって、体の自由を奪ってる。もう何も考えたくなくて、指1本動かすことさえどうしようもなく気だるくて、私は全身から力を抜いた。
 すとん、と力が抜けて、本当なら今頃堅い床に膝をついてるはずなのに。
 あれ、何で私、痛くもなんともないんだろう――?

「萌華、しっかりなさってください」

 そう耳打ちされて、私はハッと我に返る。
「え、あれっ・・・・?」
 気づくと私は、体を焔に支えられていた。あぁ、だから床に座り込むこともなかったのか、と妙に納得しながら、支えてくれている焔を恐々と見上げ――予想外のその表情に、思わず見入ってしまった。
「暁様、お嘆きになっている暇などありません」
 彼は凛とした表情で、まっすぐとその双眸を暁に向けてそう言った。暁はその言葉に小さく眉をしかめると、こちらに暗い色の瞳を向ける。
「お前は、1度死んだ者にこれほどまでに執着している俺を哂うのか」
「いいえ」
 硬質な声でそう否定すると、焔は初めて挑むような目つきで暁を見据えた。
「王である貴方がなんと言おうと、俺の今の役目は萌姫の守です。守である俺の前で、この方を傷つけないで頂きたい」
「だけどお兄様っ!」
「――風紫、お前もだ。冷静になれ。悲しいのはお前だけじゃないんだ。悲しみを抱えたお前が別の誰かにそれを負わせるのだと言うことには、もうとっくに気づいているだろう?」
「・・・・っ・・・!」
 穏やかにそう言われ、風紫は悔しそうに歯を食いしばった。
 そんな彼女を不思議そうにベッドから見上げ、魏惟さんが可憐に首をかしげた。
「風紫?」
 そうすると風紫の表情はまた一気に崩れ、壊れそうな魏惟さんにお構いなしにぎゅぅっと抱きつくと、涙声で弱々しく言った。
「そんな事・・・分かってるわよ・・・・。私なんかより暁のほうがずっとずっと悲しいって事も、萌華がどれだけ自分の身を犠牲にして魏惟を蘇らせてくれたかって事も、お兄様だって本当は泣きたいぐらい悲しいんだって事も。・・・だけど、だけどどれだけそうやって他人の気持ちを考えたって、満たされないんだもの!我慢できないのよ、魏惟が――魏惟が前みたいに“生きたい”って笑ってくれなきゃ、意味がないんだもの・・・っ」

 風紫のその言葉で、私はハッと顔を上げた。
 あぁ・・・・そうか。そうなんだ。
 今までにないぐらいストンと落ちてきた風紫の言葉を、まるで虚をつかれた思いで口の中で反芻する。
 “生きたい”。きっとみんな、魏惟さんにその想いをあげたかったんだよね?

  全身に気力が戻ってくるのを感じた。靄がかかっていたような頭の中もだんだんとハッキリしてきて、今自分のすべき事をやっと思い出した。
「ありがとう、焔」
 今までずっと体を支え続けてくれていた焔にそうお礼を告げて、私は彼から離れて体制を立て直した。
 大丈夫。こんな事でへこたれるほど、私は柔じゃない。

「暁、風紫、私考えたんだ」
 二人の視線が自分に向いたのを確認すると、私は一呼吸置いてようやく本題に入る。
「私をここに呼んだのは預言者様なんでしょ?だったら、どうして私の力が上手く働かないのか、魏惟さんを助ける方法は他にないのか、きっとその人なら知っていると思うの」
「萌華、まさかお前――」
 核心に迫ろうとする暁に軽く頷いて、ついに私は言ってしまった。
「預言者の地に行ってみよう」
 けれど、暁は苦い顔で首を振る。
「いや、けれどあそこは何処より神聖な地だ。簡単に足を踏み入れるわけには・・・・」
「でも今は方法を選んでる場合じゃないでしょ?」
 ここで引き下がるわけには行かず、必死の思いで説得すると暁は渋面を浮かべて黙り込む。その表情を緊張しながら見守っていると、不意に彼は大きく息を吐き出した。
「・・・・・・分かった。お前の言うとおりにしよう」
「本当!?」
「ただ、1つ条件がある」
 そう言うと、暁は申し訳なさそうに私のほうを見てフッと笑った。
「悪いな、萌華。俺は別にお前を傷つけたいわけじゃないんだが」
 その言葉の意味が分からなくて思わずぽかん、と暁を見つめると、次に彼の口から出てきた言葉は予想も出来なかったもので。


「焔をお前の守から外す」


   ・・・・・は、い?     


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