10.驚愕と嫉妬
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 それは、勘違い事件から数日経ったある日の事。
「しっつれいしまーす」
 鼻歌交じりの声とともに、生徒会室のドアが勢い良く開けられた。
「うるさい。」
 そうして現れた人物に、爽也は開口1番そう言って顔をしかめる。
「君に言われたくないなぁ、副会長?」
 語尾を強調してにっこりと嫌味な笑みを浮かべたのは風紀委員長、真田樹だった。
 彼は手にしているプリントをぺらぺらと仰ぎながら言葉に詰まった爽也にニッと歯を見せて笑うと、すぐさま彼に背を向ける。そうして一人机に向かい、黙々と何か書いている麗のもとへと向かった。
「副会長は喋るとその倍自分が傷つくから黙っといた方がいいですよ」
「・・・うるさいっ」
 樹の後姿を見つめながら、フッと哀れむような笑みを浮かべた充が爽也の背中をパンパンと叩く。
 やっぱりというか、もうお決まりのように今日も彼はやられ放題だった。
「れーいちゃん」
 そんな爽也はさておき。
 麗の目の前まで歩いていった樹はというと、麗が顔を上げるのとほぼ同時に持っていたプリントを彼女に差し出した。
「あ・・・・真田先輩」
 よほど書くことに没頭していたようで、樹の存在に全く気づいていなかった麗は少々驚きつつそう言いながら反射的に差し出されたプリントを受け取る。
 そうして受け取ってから、小さく小首をかしげる。
「これ・・・?」
「今月の遅刻の人数などなどが書いてあります。因みに名前つき。1位は・・・」
 そう言って、樹は爽也の方を振り返る。
「副会長の矢野爽也だね」
 副会長のクセにね、と付け加えて樹はにっこりと笑った。
「そう言えばこの前の会議の時にこんな取り組みするって言ってましたねー」
 麗は呑気にそう言いながら受け取ったプリントをぺらぺらとめくる。
「あ、本当だ。副会長の名前のオンパレードですね。最後の方、”矢”だけしか書いてないのはやっぱり面倒くさくなったからですか?」
「勿論。こうしょっちゅうされるとさぁ・・・・」
「おい!苗字ぐらいまともに書け・・・っつーかそんな恨めしそうな目で見るなっ!!」
「矢野、ウルサイ」
 最後は美夜が鬱陶しそうに顔をしかめて爽也に一言。勿論言われた本人は「何で俺だけ」とがっくりと肩を落とす。けれどすぐさま何か思いついたように顔を上げると、
「ってか真田、お前俺のこと言える立場かよ?風紀委員長のクセにそんなちゃらちゃらした格好しやがって・・・・」
「これはファッションだよ矢野君」
「嘘つけ!」
 からかうような笑いを含んだ声で言った樹の言葉に案の定爽也は食いつく。
「ってか、着崩さないとこんなダサい制服着てらんないし。ね、麗ちゃん?」
「はぁー・・・。まぁ、個人のセンスに任されるデザインではありますね」
 話を振られた麗は自分の格好を確認しつつ、のんびりとそう答えた。
 爽也はその言葉に溜息をついて
「大体うちの生徒会は会長が会長だからなー」
 と、ここぞとばかりにぼやいたけれど。
「スタイリッシュな生徒会じゃないか。麗ちゃん可愛いしね」
「ありがとうございますー。真田先輩もカッコいいですよ」
「どーもね」
 どうやら爽也の嫌味なんて軽く、本当にごく自然に流されてしまったようだ。樹はにっこりと麗に笑いかけて彼女の頭を撫でた。麗も麗で、嫌がるそぶりも見せずに微笑んで言葉を返す。
 当然それをこんなに間近で見せ付けられたうぶな爽也はと言うと。
「ぬぁっ・・・・・・・・・!?」
 お前大丈夫か。
 そう言いたくなる様な裏返った声を上げ、一歩後ろに後退した。
「だから矢野、うるさい!あんたも自分の仕事しなさいよ!」
「だって狩野――・・・・何でもない」
 苛立ちの感じられる声でもう1度美夜が言って、爽也はそれに言い返そうとした。けれど途中で口をつぐむ。
 彼女の傍らには大量のプリント。
 どうやら相当やらなければいけない事とストレスが溜まっているらしい。
 辺りを見渡すと美夜同様、聖と(いつの間にか)充、雑用の優志までもが黙々と仕事をしていた。
 ・・・・・・相当忙しい時期のようだ。
 勿論副会長である彼にだってやらなければいけない事は山ほどある。
 けれど。
 こんなシーンを見せつけられては、気になって仕事どころではない。
 それに声を上げてしまった以上、ここで見なかった不利をする事は出来ない。
「あ、矢野妬いてる?」
 案の定彼の驚愕の声をバッチリ聞いていた樹はニッと笑ってそう言った。
「なっ・・・・・・、そんなわけないだろ!?」
 明らかに動揺しているのが分かるぎこちない喋り方で言って、爽也はもう一歩後退する。
「そうですよ。私を勝手にライバル視してるんですから副会長が妬くなんてあるわけないですよ」
 麗は麗で、フッと笑って樹に言った。
「水沢、お前今また俺のこと馬鹿にしただろ?それは馬鹿にした笑みだろ?」
「してません。っていうか被害妄想入ってきてますよ、大丈夫ですか」
「ほらその喋り方!かなり面倒くさそうな喋り方じゃねぇか!真田にはあんな――」
 あんな――。
 言おうとして、まるでボッと音を立てそうなほど瞬間的に爽也の顔が赤くなる。
「あんな・・・・何かなー?」
 楽しそうに笑いながら樹は爽也の顔を覗き込む。
「な・・・何でもない」
「ふーん?」
 ――危なかった。
 爽也は樹から目を逸らしながら、思わず口から出かけた言葉に戸惑う。
 何だ。あんな、のあとは。
 急に湧き上がった悲観的な思いと、自分と樹を比べてしまった事と。
 それらの事に自分でも良く分からない爽也は、とりあえずむしゃくしゃしていた。
 しかもそれが樹に、ではなく麗に対して。
 多分、樹と自分とじゃ扱いが違うから。だからこんなに腹が立つんだと彼は自分に言い聞かせ――けれどすぐ後にあることに気づく。
 これではまるで・・・・・・・・自分が本当に妬いているみたいじゃないか。
「はは・・・・・・・・ありえねぇ・・・・・・・」
「は?」
「いや、こっちの話」
 怪訝そうに首をかしげる樹にそう答えて、今ある考えを振り払うかのように爽也は頭を振る。
 そうして気を取り直すと・・・・・というか、気持ちを紛らわすかのように
「ほら、お前いつまで入り浸ってんだよ。そろそろ仕事の邪魔になるから出てけ」
 そう言って樹の背中を押して出口に向かわせる。
「つまんねぇ。矢野がからかえないのつまんねぇ」
「うっせぇ」
 まるで駄々をこねた子供のようにダラダラと歩きながらぼやく樹。けれど最後には観念したようで、くるりと振り返ると
「んじゃね、麗ちゃん」
 そう言って手を振ると案外あっさり帰って行った。
「ったく・・・・・・」
 溜息を1つついて、爽也はドアを閉めた。そうして後ろを振り向くと、いつの間にかそこには充が立っていて・・・・・
「うわっ!!」
 叫んで、爽也は背後のドアにへばりつく。
「副会長・・・・妬いてたんですか?」
 しかも開口1番の充の一言がこれだ。
「だ、だから妬いてねぇって・・・・」
「へぇー・・・」
 やっと冷め始めた顔がまた一気にカッと熱くなる。あたふたと答えた爽也に、充は意味深な笑みを浮かべた。
「じゃぁ知ってますか?この事」
「なんだよ・・・・」
 顔をしかめた爽也に充の表情が崩れた。
 彼はにったりとした笑みを顔中に広げ、爽也に素早く耳打ちする。
「水沢さんと真田先輩って付き合ってたんですよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 ――は、い?
 思いもよらなかった充の言葉に、爽也は目を見開いたまま呆然と立ち尽くす。
「あー、言っちゃった俺!」
「何、日下部君もしかして矢野に告った?」
「あぁ・・・・・坂下先輩気づきました?実は俺――」
「おいそこ、変な勘違いするな。それから否定しろ」
 おかしな会話が耳に入り、真っ白になっていた頭が覚醒する。爽也は慌てて弁解したが、優志はにっこりと笑って「ファイト」と充の背中を叩く。
 勿論からかわれていると知っている爽也は、何か言いたいのをグッと我慢してそろそろ自分も仕事に戻ろうと歩き出した。
 ・・・・・・・が。
 ――付き合ってたって・・・・何だ!?
 本当のところ充の言葉が頭からはなれず、半分呆けたように椅子に座り込んだ。
「あー、魂抜けてるねぇ。よほど日下部君の告白が効いたみたいだ」
「みたいですね。あんな事ぐらいで全く」
 勿論放心状態の彼にとって、優志と充のこんな会話は聞こえない。充が実に楽しそうな笑みを浮かべている事も見えるわけがない。
 ――っていうか付き合ってたってなんだよ本当。過去形?それとも今も?あぁ、日本語って難しいな・・・・!!
 ・・・・・いや、話が脱線する。
 気を取り直した爽也は、改めて先ほどの充の言葉について考える。
 勿論彼の言葉が本当なら、麗と樹のあの必要以上のスキンシップも理解できる。できるけれど・・・・・・
 おかしい。何かがとても腹ただしい。
 知らず知らずのうちに眉間にはしわがより、腕組みまでして彼は自分の感情を持て余す。
 思えば最近の自分は不意に何かにイライラしたりひどい動悸がしたり悲観的になったりと、おかしなことがありすぎる。
 しかもそれが、決まって麗に対して。
 何だ。何なんだこれは。
 腕組みをしたまま仕事もせずに、うーんと考えた彼の中でハッとある事が思いつかれる。
 ――あぁ、そうか。そうなのか。
 一人頷きながら、爽也は確信した。

 俺はストレスが溜まってるんだ。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・どうやら恋に気づくまでの道のりは険しいらしい。    
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