9.勘違い
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「それね、多分私のことよ」
 その思いがけない言葉に、麗と爽也は呆然と目の前の少女を見つめる。
「え・・・えっと、それはどういう意味?」
 先に我に返ったのは爽也で、戸惑いつつも志帆にそう問いかけた。
 すると彼女はにっこり笑って、
「あら、別にそんな深い意味じゃないのよ?確かもうすぐ彼女さん――狩野さんの誕生日だとかで、女の子の好きそうなものが分からないからプレゼント選びに付き合ってくれって、それだけの事」
「「・・・・・・・・・・・・・・」」
 ――何だそのべたな落ちは。
 唐突な言葉に微かに困惑を覚えたのに、返ってきた答えは少女漫画やドラマなどでしか見たことが無いようなもの。
 ちらりと、爽也は隣に立っている麗の表情を伺い見る。
「そう・・・ですか」
 何とも形容しがたい微妙な笑みを浮かべ、彼女は志保にそう返していた。

――「俺、あそこまで必死になった自分が馬鹿に思えてきた」
 生徒会室に戻る途中、げんなりと疲れた表情で爽也が呟いた。
「思えてきた、じゃなくて最初からそうだったんでしょ」
「・・・・お前最近口悪くないか、水沢?」
 麗も同じように何処か疲れた様な顔で、それでもちゃっかりと爽也の言葉を訂正する。
 もう怒る気にもなれないが、それでもプライドは確かに傷ついていた。いや、ここの所磨り減っているといった方が正しいだろうか。
「つーか。何でそれならそうと坂下はちゃんと狩野に説明しなかったんだよ。余計な誤解生ませやがって・・・」
 くそっ、と悪態をつきながら言う爽也にふっと嫌味な笑みを向けた麗は「分かってないですねぇ」とのんびりとした口調で言った。
「副会長はもうちょっとそう言うのを勉強したらモテるようになると思いますよ」
「余計なお世話だっ」
 思わずかちん、と来て怒鳴ると麗は小悪魔的な笑みを浮かべた。
「でも副会長、本当に分からないんですか?どうして坂下先輩が狩野先輩に説明しなかったのか。多分大抵の人はすぐに気づくと思うのですが」
「そんなの――」
 抗議してやろうと思ったが、それ以上の言葉が出てこなかった。爽也は一人顔をしかめて考える。
 どうしてだ?何で坂下は素直に説明しなかったんだよ。そうすれば喧嘩とか別れ話も免れたのに。
「誰かに贈り物をするときって、その人を喜ばせたくないですか?特にそれが好きな人だと尚更」
 見かねた麗が何処か柔らかい口調でそう言った。その言葉でようやく、爽也の中に答えのようなものが浮かび上がってきた。
「喜ばせたかったのか・・・狩野を」
「ドッキリってやつじゃないですか?直前まで黙っててここぞという時にプレゼントを出して喜ばせるんですよ」
 いいなぁ、と麗は続けて楽しそうに微笑んだ。
「あぁ・・・そっか。そう言う理由か」
 爽也は納得して一人頷く。
 ・・・・それにしても、どうして大抵の人間はこんな事が分かるのに自分には分からなかったんだ?自分はとことん馬鹿なのか?そうなのか?
 一人であれこれ考えると、何だか物凄く不安になってきた。些細な事で深く考えるのは良くない。
「副会長って、」
 と、不意に前を歩いていた麗が思い出したように爽也を振り返る。それからにっこりと笑って
「もしかして恋とか、した事無いんですか?」
「・・・・・・はっ!?」
 唐突なその言葉に爽也は呆けたような顔をして声をあげる。
「ひっ・・・人を馬鹿にするのもいい加減にしとけよ?」
「別に馬鹿にはしてないですよ?ただそうじゃないかなぁって思っただけで」
「とりあえず、お前もう黙っとけ」
「嫌です」
 どうしても最終的には麗におちょくられているようで、我慢しきれずに爽也は言い返す。そして結局、また始まった言い合い。
 ・・・・あれ?でも――
 言い合いの傍ら爽也はぼんやりと考える。小さい頃からそこそこ人気はある方だったので、人には好かれるばかりだった気がする。告白もされて女の子と付き合った事だってある。それでも自分が誰かを好きになった事はあっただろうか?
 もしかすると自分は、まだ初恋もしてない――・・・!?

「ただいま戻りましたー」
 それからしばらくして、二人はようやく生徒会室に戻ってきた。いつものように麗がそう言ってドアを開けると、そこには帰るといったはずの美夜の姿が。
「あ、あれ?狩野戻ってきたのか?」
「だって。帰ろうとしたら下駄箱のところに優志が居て行くに行けなかったんだもん」
「どんな理由だよ。気まずいなら謝ればいいだろ」
「うっさいっ。無神経矢野には分かんないのよ!」
「ぬぁっ・・・!?」
 確かに自分は無神経かもしれないけれど、今まで美夜のためにいろいろと歩き回っていただけにその言葉にはいつも以上にぷっつん、と来た。
「ま、まぁまぁ二人とも」
 困ったように笑いながら二人を静めようと、聖が間に割ってはいる。
「そうですよ。副会長は今まで狩野先輩たちの事を心配していろいろと聞き歩いてたんですよ?」
 見かねた麗も出来るだけ柔らかい口調で美夜にそう言ってみる。
「え?聞き歩くって何を・・・・」
 顔をしかめた美夜から何か被害を受けないように、数歩彼女から下がった爽也は気持ちを沈めて話を始める。
「あのな、坂下の浮気疑惑は嘘。全部お前の勘違いなんだよ」
「は?」
「つまりだなー・・・坂下と一緒に歩いてたのはあいつの幼馴染で、お前の誕生日プレゼント選びに付き合ってもらってただけなんだよ」
 早口で一気にそういい終えた爽也はいくらか荒い息をして、そんな彼を美夜は呆然と見つめる。
「嘘・・・・」
 そう呟いた直後だった。
「坂下先輩捕獲してきましたー」
 唐突に生徒会室のドアが開いたと同時に充の声が飛び込んでくる。
 一斉に充の方を振り向いた全員には、彼の手ががっちりと優志の腕を掴んでいるのが見えた。
 それにしても・・・・と、爽也は思う。
 (何てタイミングのいい奴なんだ・・・・)
 無理矢理連れてこられたらしい優志は美夜の顔を見るなり、少しばつが悪そうに微笑んだ。
「優志っ・・・・」
 それを見た瞬間、美夜の目から大粒の涙がこぼれる。けれどそれを気にするでもなく、美夜は優志に駆け寄って
「ごめん・・・ごめんねっ・・・」
 そう謝りながら人目も気にせず抱きついた。
「さっき全部矢野から聞いた・・・私、知らなくてひどい事ばっかり・・・」
「あれ、ばれちゃった?」
 何処か照れたように笑ってから優志は美夜を慰めるように抱きしめる。
 ・・・・・・――世界が違うのですが。
 生徒会メンバーは人目も全く気にしない二人を見て、半ば呆れ気味でそう思った。
 それからしばらくして落ち着いたらしい美夜が、涙を拭って優志から離れる。そして彼を見上げて問い掛けた。
「でも・・・なんで言ってくれなかったのよ。言ってくれたら私だって・・・・」
 すると優志は少し残念そうに笑いつつ。
「ギリギリまで黙ってて驚かせたかったんだ。美夜さんが喜ぶかなって思ったから」
 爽也はそう言った優志を見つめ、麗の言っていた事が正しかったことを知った。
 ・・・・まぁ確かに、思いがけないプレゼントを貰うと喜びも増すけどな――
 と、そう思った時制服の裾を引っ張られるような感覚を感じた。何事かとそちらを振り向くと、麗が口だけを動かして「ほらね?」と微笑む。それはいつものからかいを含んだような笑みでなく、稀に向けられる何の混ざり気も無いただ純粋な笑み。
 思わず、体の芯からカァッと熱くなるのを感じた。慣れない笑みを向けられたせいか急に麗を直視できなくなり、そわそわと辺りに視線を向けて最終的には自分の靴辺りに落ち着けた。
 ――こいつと居ると何もかもが狂う気がする。
 爽也はそんな事を考え、少しの苛つきと名前の分からない感情を持て余していた。
 初恋もまだの副会長は、どうやら相当鈍いようだ。      
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