ジュースを買いに行ったにしては少々時間がかかり過ぎていたその時、ようやく爽也は一人暇を持て余す麗のもとへと戻ってきた。 何故こんなに時間がかかったのか、理由は簡単。自分の気持ちを落ち着かせて気合を入れなおしていたからだ。 なんとも情けない話だが、彼はこの気持ちを自分のプライドにかけて抹殺する。 すっかり生ぬるくなったジュースを2つ手に持って戻ってきた爽也に気づいた麗が大げさに溜息をついて口を開く。 「遅いですよ副会長。てっきり私のことなんて忘れられたのかと思ってました。まぁそれならそれで、一人で聞き込みに行くんで別にいいですが」 「オイ・・・」 持っていたジュースを麗に1本手渡しながら、爽也は思わず渋面を浮かべる。 確かに少し時間はかかりすぎていたけれど、あの言いようは少しといわずひどいだろう。 「俺は一応お前の先輩だぞ?」 「私は会長ですが?」 「なっ・・・・!?」 ニッコリと笑って言い返され、爽也は悔しさに顔を歪ませる。 絶対何か間違っている。みんな騙されてるんだ。 この瞬間に彼はそう確信を深める。 その間にも麗は涼しい顔でジュースをグビグビと飲み干すと、 「時間がないから早く行きますよ」 スッキリしない表情の爽也に一言そう告げて、軽快な足取りで歩き始めた。 次に二人がやって来たのは吹奏楽部。 「ここの部長が確か坂下の幼馴染だったな」 「本当ですか、それ?」 「なんだよその疑いの目は」 こんな会話を繰り広げながらも、とりあえず他に当てがないので来てみると、 「あー、麗じゃん!」 やや遠慮気味で部室のドアから顔をのぞかせた麗にすぐさまそう声がかかった。 「あ、瑞希っ」 声の主を探して麗が辺りを見回すと、目に入ったのはフルートを片手に手を振るクラスメートの相良瑞希の姿。 どうやらパートごとで練習中らしく、周りにも同じようにフルートを手にしている女子が数名見える。 「おい・・・練習中に入ってもいいのかよ・・・」 麗の背後から顔をのぞかせている爽也が不安げにそう言ったが、麗は何食わぬ顔で返答する。 「今更何言ってるんですか。それよりも狩野先輩の元気が戻らなくて生徒会の仕事がはかどらない方が問題ですよ」 言って、麗は小さく「失礼します」と言うと瑞希のもとへと駆けていく。 ――いや、少し目的がずれて来ている気が・・・・? 何やら瑞希と談笑を始めた麗を見て、爽也は思わず溜息をつく。そうして自分も教室に入った瞬間・・・ 「あれ、爽也じゃん」 「何しに来たのお前?あ、会長まで居る!いつの間に!」 「ってかお前ズルイぞ。放課後毎日天国じゃん!」 運悪く休憩していた男子生徒に見つかり、そう問い詰められる。そうして何故かもみくちゃにされる事態に。 「だぁー!!邪魔!俺はここの部長に用事があるんだっつーの!!」 思わずまとわりつく男子生徒に向かってそう言ってみたものの 「え、副会長サンうちの部長狙いだったんですか!?」 「嘘ー!私先輩のファンだったのにー!!」 今度は近くに居た女子部員が集まってきて、爽也の周りには人だかりが増えていくばかり。 一部嬉しい事を言ってくれる事もあり、本人も迂闊に「嫌だ」とはいえない展開になってきている。 けれどその時。 「副会長、何遊んでるんですかっ」 麗の声が聞こえ、そちらの方向に目を向けると声の主を見つける前に、隙間から手が伸びてきて急に腕を掴まれた。 気づいた時にはあれだけ邪魔だった人だかりから難なく抜け出していた。しかも、自分の腕を引いているのは柔らかな白い手。――麗の手だ。 「みっ・・・・」 「時間が無いって言ってるじゃないですか。からまれてる場合じゃないですよ?」 いや、それはこっちの台詞だろ。 本当はそう言い返したかったけれど今の爽也にとってそれは到底無理な事だった。 どうしてこの会長はこんな事が極スマートにできるのだろう。 頬が急速に熱くなるのを感じつつ、そんな事を考える。 背後では先ほどの人だかりからブーイングやら黄色い悲鳴やら、そう言ったものが飛び交っている。 「爽也ぁー!お前今度会ったときはただじゃおかねぇぞ!!」 「わぁ、生の会長サンだぁ!素敵ーっ」 「ってかあの二人・・・もしかして出来てんの!?」 手を繋いだりしただけで、そこまで妬まれるのもどうかと思う。と言うかこの会長は一体何処のスターなんだ。 そんな事を思いながら爽也はただされるがままに誘導された。 「みんなよくあれだけ騒げますよねぇ」 歩きながら一人のんびりと呟いた麗に、彼は思わず溜息を漏らした。 自分は(慣れていないせいもあるが)手を引かれただけでこれだけ緊張していると言うのに、どうやら相手にはそんな気持ちみじんのカケラもないらしい。 ・・・・人だかりから極スマートに救い出してくれたこの会長は、ある意味男の自分よりも男前だ。 そう思うとどこか情けなさを覚える。 ――それはさておき、だ。 二人はこの騒ぎを聞きつけて不思議そうな顔をしている女子生徒に向かって一直線に歩いていった。 彼女は熱心に練習していたらしく、二人がここに来た事にも気づいていなかったらしい。 「あなた達・・・・どうしてここに・・・・?」 ポカン、としながらいかにも大人しそうな眼鏡をかけた少女が麗と爽也を見つめる。 「えーっと・・・」 麗はとりあえず口を開いて、少女には見えないように掴んでいた爽也の腕を合図のようにもう1度握り直す。 バトンタッチ、ということらしい。 「実はさ・・・坂下のことでちょっと聞きたいことがあって。今大丈夫かな?吹奏楽部部長さん」 「何で今なの?矢野君」 少女は訝しげに聞き返す。 「早くしないと生徒会の仕事がはかどらないから・・・かな」 爽也が人の良さそうな笑みを浮かべながら言うと、少女は悩んだ挙句に仕方なさそうに頷いた。 「分かったわ。・・・みんな、ちょっと休憩ねっ」 「はーい」 全員が返事をするのを待ってから、部長――有坂志帆は教室を出るように二人に促す。 「ごめんね、有坂さん」 「別にいいのよ。どうせもうすぐ休憩だったから」 麗には・・・と言うか、生徒会メンバーには絶対に向けない善人の顔で爽也が謝る。 面白いぐらいのその豹変振りに麗は必死で笑いを堪えていた。 それから場所はうつって廊下に。 「で、坂下君がどうしたの?」 「あぁ・・・・単刀直入に聞くけど、あいつは浮気とかする奴?」 それは本当に率直な言葉だった。なので志帆は一瞬呆けたような顔をして、 「坂下君が?いいえ、私はずっと一緒に居たけれど浮気をした所なんて1度も見たことがないしそんな噂も聞いたことないわよ?」 ありえない、という風に首を振ってそう答えた。 そこでそれまで黙っていた麗は口を開く。 「えぇと・・・この前坂下先輩が狩野先輩じゃない女の人と一緒に歩いてたのを見た方がいらっしゃるんです。それで浮気疑惑が浮上中なのですが・・・その事について何かご存知では?」 「それが、生徒会の仕事に影響するの?」 「まぁ・・・場の雰囲気ってものが大分影響するね」 爽也がどこか苦しく聞こえる言い訳をすると、志帆は微かに微笑んだ。それからうーん、と考えるような仕草をして、その直後に何か思い出したように「あっ」と声を上げる。 そうして急に、笑い出した。 「あぁ、それね。それは・・・・」 クスクスと可笑しそうに笑う志保を、爽也と麗はポカンと見つめる。 けれど一しきり笑い終えた後、志保は事も無げにこう言った。 「それね、多分私のことよ」 「「・・・・・・・・・・・・は・・・・・?」」 さぁおかしな展開になってきたぞ。 頭のどこかで呑気にそんな事を考えながら、爽也と麗は目の前の少女を凝視していた。 |