12.保健室ハプニング
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 矢野爽也18歳、生徒会副会長。
 彼は今何故か、とてつもない勢いで保健室前に連れて来られていた。
「はい、着いたよ矢野君っ。本当にごめんね、ちゃんと手当てしてもらってね!?」
「あ・・・うん、俺の方こそごめ――」
「それじゃ、私授業行かなきゃだから!生徒会の仕事頑張ってね!」
 前回同様見事に話を遮られた爽也。彼が呆然とする間もなく、女子は最後に語尾にハートを乱舞させるとまた物凄い勢いで帰っていった。
 ――何なんだろうあの子は。
 彼女の去っていく後姿を見送りながら、爽也はただただ首をかしげる。けれどせっかくここまで連れてきてもらったのだから手当てぐらいはしてもらおうと保健室のドアを開けた。
「失礼しまーす・・・」
 そう言いながら中に誰か居ないか伺う。こんな擦り傷程度で処置をしてもらおうと保健室にやって来ただなんて誰かに知られたら彼の山より高いプライドはズタズタだ。チキンだとは絶対に思われたくない。
 けれど、彼の想いはいつも見事に裏切られるようで。
「あら副会長じゃない珍しい。どうかしたの?」
「いや、ちょっと――・・・って、水沢!?」
 少しおっとりした感じの白衣を着たまだ若い保健医にでさえ事情を言うのが恥ずかしくて少し言葉を濁した爽也だったが、視線をズラしてアラビックリ。入ってきたときには物陰に隠れていて分からなかったが、そこにはちょこんと椅子に腰掛ける麗の姿。
 麗も麗で、名前を呼ばれるまで爽也の存在に気づかなかったようでゆっくりと彼に視線を向けると、
「あぁ・・・・副会長」
「それだけかよ」
 一言いって、ハァと溜息をついた。
 二人を見ていた保健医は小さく苦笑して
「矢野君、静かにしてあげてね。彼女体調悪いんだから」
「え?そうなんっすか?っていうか水沢でも体調崩す事って・・・」
「あなたにだけは言われたくない言葉ですね」
 体調が悪い時でもさすがは麗。ちゃっかり返すところは返すようだ。
 けれど言葉にはいつもの覇気がなく、言い終わると彼女はまた小さく息を吐く。その姿はやはり何処か気だるそうなものだった。
 そんな姿を見た爽也はいつもと様子の違う麗に少しだけ戸惑う。いつもとギャップがあって違和感があり過ぎるのだ。
 ――大丈夫か、とか・・・・声をかけた方がいいんだろうか。
 不意にそんな思いが浮かんで、知らぬ間に心中で麗にその言葉を言うシミュレーションをしてしまっているが本人は無意識なので気づいていない。
 けれど意を決して、麗に声をかけようと口を開いたその時だった。
「れーいっ!!鞄持ってきたぞー!」
 ガラ、っと盛大に保健室のドアが開けられたと共に飛び込んできたのはそんなポップな声。
 驚いて勢い良く振り返った爽也は、見たことのないその顔に僅かに首を傾げる。
 ――2年か・・・?
 突如として登場した少年の髪色は、麗と同じ赤。けれど彼女のものよりももっと色が濃いかった。首から下がるのはキラリと目立つネックレス。耳にはピアス。そうしてかなり着崩された制服。胸元が微妙に肌蹴ているのは気のせいなんだろうか。
 総合すると、爽也の頭の中に浮かんだ言葉はただ1つ。
 ・・・・・・・・・・”不良”。
 ――ハッ。待てよ!?どうしてそんな奴が水沢の鞄を!?
「もー・・・もうちょっと静かにしてよ、アキ」
「あ、悪ぃ」
 ――しかも妙に親しそう!?
 目の前で淡々と交わされていく明らかに親しげな雰囲気の二人の会話を聞いて、爽也は呆然とする。
 しかも「アキ」と呼ばれた少年はこんなにも近くに居るのに自分なんて眼中に無いようだ。
 爽也の中にメラっと何かの闘心が芽生える。というか完璧に気づかれていない事にムカついたのだ。
 よし、ここは生徒会副会長として1つ服装の事を注意してやろう。
「なぁ、君――」
「先生ー、じゃぁ俺麗送ってくから!」
 ・・・・・・・ズコーン。
 見事に無視。見事に遮られた。
 ショックのあまり爽也はガックリと(こうべ)を垂れる。
 けれどそんな彼を見ていた麗だけが唯一、
「何してんですか、副会長」
 しれっと何処か覚めた目ながらもそう言ってくれた。
「・・・うるせぇ・・・・」
 何処かイジけ気味で答えて顔をあげると、そこで初めて少年と目が合った。・・・と言うか・・・。
 ――え、俺物凄い見られてる!?
 そこには先ほどとは打って変わり、自分をまじまじと見つめる少年の姿。しかもかなり驚いているようで、目が見開かれていた。
 何なんだ。
 わけが分からず、しかも凝視されているため爽也はその体制のまま硬直。
 ・・・が、しかし。
「すいません・・・俺誰か居るって思ってなくて・・・・っていうか正直麗しか見えてなくて」
「何言ってんのよ」
 キャッ、と最後に赤面しつつそう告白した少年に対し、麗は苦笑いで言う。
 ・・・・・ズゴーン。
 今度は頭の上に大岩が降って来た気分だった。
「ってわけだから先生、俺ら行くわ!」
 何が「ってわけ」なんだ、何が。
 メラメラとどんどん大きくなっていく闘心を必死に抑えながら爽也は二人の様子を伺う。
「しょうがないわねぇ・・・・どうせ次授業サボるんでしょ?止めても聞かないだろうし」
「あ、先生ちゃんと分かってんじゃん」
 つーか先生もOKしていいのかよソレ。
 今にも抗議したいのをグっと我慢していると、彼の前で少年は極スマートに、
「麗、立てるか?」
 椅子に座っている麗と目線が合うように地べたに膝をつき、手を差し出しながらそう問い掛ける。
「うん、大丈夫。ありがと」
   麗もサラりと答えて彼の手を取ると、何処かおぼつかない足で立ち上がった。
 勿論そんな二人を目の当たりにした爽也はぽかーんとする他なかった。
 樹と麗が付き合っていたというあの話はどうなったんだろうか。今見える限りではどう考えても二人の方がカップ・・・・
 ――・・・だぁっ!!考えたくねぇ!!
 答えに行き着くまでに彼は無理矢理自分の考えをもみ消した。
 そうこうしているうちに二人はもう保健室を出ようとしていて、
「それじゃあ副会長、私はこれで失礼します」
 麗は1度爽也の方を振り返ると、少し潤んだ瞳でぺこりと会釈して出て行った。
「え?あっ、水沢っ・・・・」
 反射的に呼び止めたが、ドアは容赦なくぴしゃりと閉められた。
 別に伝えたい事があったわけではないから、立ち止まられても何と声をかけていいのか分からないけれど。
「矢野君、しっかり」
 後ろからは茶化すような保健医の声。
 ――・・・・くそ・・・・・。
 理由はわからないが、彼は何かにイラ付いていた。
「・・・ところで先生、水沢ってどうしたんすか?」
「水沢さん?風邪よ。結構高い熱があってね」
「熱・・・・」
 だからあんなにダルそうだったのか。そう思って、彼は大きな声を出してしまった事を少し後悔していた。知っていたらもう少し彼女の事を気遣えたかもしれないのに、と。
「ほら、そんなしょげてないで!」
「しょ、しょげてなんか・・・・っ!!」
「・・・・。で、あなたは何の用があって来たの?具合が悪そうに見えないけど」
 にんまりとした笑みを薄く浮かべる保健医に戸惑いながらも爽也は正直に、
「えーっと、ちょっとここの擦り傷が――」
「あら、あなたこんな事で来たの?男ならもう少ししっかりしなさい!」
 恐る恐る手を出すと、保健医は呆れたように言ってバンソーコーを取り出す。
 ――先生、さっきと待遇違うじゃないっすか・・・・!!
 いろんな意味で泣きたくなりつつ、やっぱり何か仮病を使った方が良かったと後悔する爽也だった。
 そして彼の中にはさっきからずっと引っかかっている事があって。
 ――水沢と一緒に居た奴・・・あいつ誰なんだよ。
 思い出しただけで何かイライラする。見せ付けるようなあの態度。
 恋は敵が多いほど燃えるというが、果たして彼の中で「恋」というものは気づかれているんだろうか。      
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