13.つぼみ
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「あれ、今日麗休み?」
 生徒会室のドアが開いて入ってきたのは、美夜。
 彼女は部屋を見渡すなり不思議そうにそう言った。
「そうなんですよ。麗ちゃん体調悪かったみたいで早退しちゃって」
「マジ!?麗大丈夫かなぁ・・・ねぇ、矢野?」
 聖が答えると美夜は心配そうに眉をひそめ、話を爽也へと振る。
「な、何で俺に振るんだよっ」
 くるりとこちらを向いた美夜を見て爽也は何か嫌なものを感じ取った。イメージ的にはどす黒いオーラが美夜を取り巻いているような、そんな感じだ。
「何でって・・・・あんた副会長でしょ。会長が心配じゃないの?」
「いや、そこ関係がないと思うけど・・・つーか、だからって俺にどうしろと――」
 何となくだが、鈍感な爽也にも美夜の言いたい事は分かっていた。実際彼自身も苦しそうな麗の姿を見ているわけだから、このまま知らん顔をしているのも何だか気が引ける。
 つまり美夜の言わんとしている事は「見舞いに行け」という事だと思うのだが、けれどライバルだと思ってきた相手の見舞いに行くのを彼のプライドがすんなりと受け入れるはずなどなかった。
 微妙な気持ちがない交ぜになり、爽也はどうしていいか分からなくなった。だがその時、
「あーもう分かってないなぁ!」
 ついに美夜噴火。
 ただでさえ気が長くない上に、決断の遅い男は彼女の嫌いなものベストスリーに入るのだ。
 ――しかも。
「痛っ!?な、殴った!?」
「あんたは全然男としてなってないわ、矢野!」
 すこーん、と良い音が生徒会室に響く。驚愕の表情で爽也が見上げたのはいつの間に手にしたのか、プリントを丸めて片手を腰に当てて立つ美夜の姿。
 あぁ、あれで殴られたのか。
 心のどこかで冷静にそんな事を思いつつも、どうして美夜がここまで怒っているのか分からず彼は呆然とする。そしてそれとは対照的に、早口で次の言葉を吐き出す美夜。
「あのね!?弱ってる時に優しくされると女ってグッと来るもんなの!分かる?」
「・・・グッと来てどうなんだよ」
 むぅ、っとした顔で眉をひそめつつ爽也は美夜を見る。わけが分からなかったのだ。グッと来たからと言ってどうなるのだろう。それは自分に何か関係あるのだろうか。
 けれど、彼のこの言葉を聞いた他のメンバーはその鈍感さに呆れて溜息を漏らす。それも一斉に。美夜はと言うと、あまりのじれったさにうっかりと、
「何でここまで言って分かんないのよ!麗の事好きなくせに無自覚なあんたの代わりに私たちがくっつけてあげるっつってんの!!」
 ――言ってしまった。それも勢いに任せて。
 勿論この瞬間、爽也以外の生徒会メンバーの口が「あ」の形にだらしなく開く。
「・・・・・は、ぇ?」
 爽也は言葉の意味が全く理解できず、間抜けなそんな声を上げて。
(すき?隙?・・・好き?俺が水沢の事を――)
「好きぃ!?」
「今更ですか!!」
「遅いよね」
「鈍すぎますよ・・・先輩」
 ようやく言葉の意味を理解して声が裏返るほどそう叫ぶと、充・優志・聖の順番でコメントされる。
「周りから見てればさぁ、じれったすぎて軽くウザかったよね」
 そして優志からのとどめの一言がグサりと爽也の心に突き刺さる。ニコニコと話す彼にしてみれば何の悪気もないのだろうが、意外と毒舌な面を持っているのだと知って爽也は少し優志のことが怖くなった。
 ・・・・まぁ、そんな事はどうでもいいとして。
「俺がいつ水沢の事好きだっつったよ!?」
 もうすでに自分が麗の事を好きだということ前提で進んでいる話に慌てて待ったをかける。と、その瞬間全員が一斉にこちらを振り向く。
「あんたこの期に及んでまだそんな事言ってんの!?」
 美夜がもう2発も3発も爽也を殴りそうな勢いで言うと、「まぁまぁ」と優志が柔和な笑みを浮かべて彼女を落ち着かせる。さっきの毒舌があの笑顔の裏に隠れているのだろうかと考えつつ、被害に遭わないように爽也は美夜との距離をとる。
「先輩、俺が水沢さんの事言うとすぐに顔赤くなるじゃないっすか。ドキドキするでしょ?緊張するでしょ?それが恋ってもんですよ」
 ぽんぽん、と肩を叩かれ横からは充にそんな事を言われる。
 誰だ。一体こいつは何者だ。
 呆然としながらそんな後輩を見つめつつ、もう1度よく考えてみる。
 そりゃぁたまにドキドキしたりはするけれど、それはいつもライバル視していた相手が急に違う態度をとったりするからで。むしろ自分は――
「そ、そうだ!ドキドキっていうか、あいつの事見てると最近はイライラする方が多いぞ!?これでも恋ってか!?」
 ハッとそのことに気づき、彼は慌ててそう言ってみる。イライラする事が恋なわけないのだ。それぐらいは彼にだってハッキリと分かる。
 ――しかし。
「ははーん。矢野、それはどう言う時にイライラするの?」
 明らかに何かありそうな顔で微笑む美夜に言われ、爽也はまた「うっ」と返答に窮す。すぐにはその原因が分からないので、彼なりに一生懸命考えてみた結果・・・。
「・・・あ」
 気づいてしまった。イライラの来るパターンに。
 そしてその瞬間、爽也の顔はりんご以上に真っ赤になって。
「アハハ!矢野初心すぎ!超面白い!」
「・・・美夜さん、何もそこまで笑わなくても。さすがに矢野が可愛そうだよ」
「っていうか坂下先輩もフォローになってませんよね・・・?」
 そんな爽也を見ながらお腹を抱えて爆笑する美夜と、それをなだめる優志。そして彼に控えめにツッこむ聖。全てが爽也の心にグサグサと容赦なく突き刺さる。
 ――なんだ、何の連携プレイだこれは!?
 緊張と情けなさのあまり泣きたい気持ちになりつつそんな事を思って、爽也は堪らず彼らに背を向けた。
「あーもう黙れお前ら!!」
「やだー!やっと矢野が自覚したんだもん、もうちょい笑わせて!」
「笑うな!!」
 とは言うものの、本当に今までこの気持ちに気づかなかった自分の鈍感さもまた情けなくてあまり強い態度で否定も出来ない。
 気づいてしまったのだ。何故いつもイライラするのか。
 ――そう、それは麗が他の男子と自分の目の前で楽しげに談笑していたりする時。
 以前樹が生徒会室にやって来て、麗と付き合っていたと知ったときもイライラした。
 そして昨日、彼女が「アキ」と呼んだ男と保健室で仲よさげに話していた時もイライラした。
 まさかこれは本当に――嫉妬、なのだろうか。
「ってわけでー、お見舞い行ってきなさい?」
「なっ・・・」
「まさかまだ”行かない”なんて言わないわよね?」
 つい否定しようとすると、ギラリと美夜の目が光った。
「もういい加減認めましょうよ先輩。それは恋ですって。先輩は水沢さんの事が好きなんですよ」
「後悔する前に、意地捨てたほうがいいと思います」
 そうして一斉に自分に投げかけられる言葉。
 絶対にみんな面白がっているんだろうと思いつつも、まだ麗のところへ行くことは躊躇われた。
 ――だって、急に行ってどうする?明らかにおかしいだろ?どうしてコイツがって思われるだろ?
 あぁもう、どうすれば――
「・・・って、えぇ!?」
 考えていると、いつの間にか彼は右からは優志、左からは充に抱えられるような格好になっていて。
「そんじゃ、行ってらっしゃーい」
 そんな声とともに、あまりにも強引に――半ば放り出されるように――生徒会室の外へ追いやられた。そしてそのままドアは勢い良く閉まる。
「はぁ!?ちょ、お前ら――」
 慌ててドアを開けようとしたけれど、それは堅く閉ざされていた。爽也は呆然として、その数秒後に盛大に溜息をつくと。
「・・・しょうがねぇなー・・・」
 諦めたようにそう呟いて、とぼとぼと廊下を歩き始めた。麗の体調も気になっていたし、丁度いい機会だったかもしれない。
 ・・・・けれど。
(俺って本気で水沢の事好きなのか・・・!?)
 考えれば考えるほどわけが分からなくなり、顔が熱くなる。

 まだまだまだまだ、道は遠い。        
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