4.痴話喧嘩
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「俺さぁ、生徒会に入ってからずっとおかしいと思ってたんだけど・・・・」
 そう口を開いたのは爽也だった。場所は例の如く、生徒会室。
「何ですか?」
 麗が問い掛けると、爽也はジッと彼女を見つめる。
「え?何先輩?ついに会長に惚れましたか!?」
「違うっつーの!!お前は黙れ、日下部っ」
 面白半分で口を挟んだ会計、日下部充だったが爽也に一蹴され面白くなさそうに口をつぐむ。
「副会長口悪いですね」
「・・・水沢、お前俺にそんなこと言えるのか?」
「はい?」
 と、急に爽也が腕を組んで何故か勝ち誇ったようにそう言ったので麗は疑問符を浮かべる。
 爽也はそんな麗をまた意味ありげにジッと見つめる。
 そして、数秒後。
「・・・あ、もしかしてこれの事ですか?」
 彼の視線の先に気づいた麗はそう言いながら、自分の髪の束を少し手にとる。
「前から思ってたけど、麗ちゃんってすっごい髪綺麗だよね。サラサラだしツヤあるし。いいなぁ〜」
 麗の様子を見ていた書記、天川聖はそう言って彼女の頭をそっと撫でた。
「わっ、マジだ。サラサラ〜♪」
 ちゃっかり隣から手を出して一緒に麗の髪を弄んでいるのは、すっかりご機嫌が回復した充だったりする。
 セクハラだ、と言われるパターンもあるが幸い麗はそう言った事にあまり細かくなかった。
 けれど人物が違えば充は危うくセクハラの仲間入りである。
「どうしたらこんな綺麗になるの!?」
「えーっとねぇ、お風呂上がった後に・・・」
「オイ、俺は無視か。」
 いつもの如く自分なしで進んでいく会話に我慢できず、爽也はそう割り込んだ。
「・・・だから何ですか副会長」
 話の邪魔をされた麗は不機嫌そうに溜息をつき、目だけを上げて自分より背の高い爽也を見る。
 つまり、ちょっと睨んでたりするわけで。
「分かってるくせに。俺が言いたいのはつまり、何で生徒会長が校則やぶってるのかっつーことだよ。しかも誰も注意しない。おかしくないか?」
「この前作業中に数学の問題やってて、しかも解けなかった副会長に言われたくないですね」
「・・・・。そ、それとこれとは話が別だ」
 自分がしたことは否定できない変なところで正直者な爽也は、ちょっと言葉に詰まりつつもそう反論する。
 対して麗はつんっとした顔で彼から視線を逸らす。
「あーあ。副会長が水沢さん苛めたー」
「女の子には優しくしないとダメですよ、副会長」
「・・・・俺って悪者なのかよ?」
 哀れ爽也は「どうして俺が」という顔で言い、そして充と聖に頷かれる。
 結局何をしても彼はやられキャラなのである。
 ・・・まぁ、そんな事は今どうでもいいとして。
「いいじゃないですか、少しぐらい髪染めたって。ピアスだって見えてないし・・・多分。年頃の女の子が外見に気を使うのは当然のことですよ」
「開き直った・・・・」
 ツーン。
 正にそんな表現が似合う表情で腕を組み、麗は言い切った。
「副会長だって何回も何回も遅刻してるじゃないですか!いっつも私が校門に最後まで立ってあげてるのに」
「え、何その言い草!?つーかやるっつったのは自分だろ!!それに俺は遅刻してる分ちゃんと罰を受けてるんだよ!」
「私だってちゃんと学校に貢献してますもーん」
「・・・・くっ・・・・!」
「れ、麗ちゃん・・・副会長苛めるのもそろそろその辺にして・・・・」
 聖が困ったように笑いながら麗にそっと耳打ちする。
「先輩、年下の女の子にそこまで対抗心燃やしちゃダメですよ」
 充は爽也にそう言って、にっこりと笑った。
「別に対抗心なんて燃やしてないね!」
「じゃぁ私にばかりつっかかって来ないでくださいよ!」
「目に付くんだからしょーがないだろ!!」
 いや、否定しても明らかに燃えてるよ、対抗心。
 聖と充が心中で密かにそう突っ込んだのは秘密である。
「成り行き会長!!」
「下っ端副会長ー」
「下っ端ぁ!?」
「あーもう二人ともその辺にして!!」
 声を少し大きくして言った充だが、その効果はそこそこだった。
「・・・ごめんなさい」
 少しの沈黙の後、最初に謝ったのは麗だった。
 しゅん、として言った麗を見た瞬間爽也の中に罪悪感が生まれたのは言うまでも無い。
 何故だかとても申し訳なくなって、けれど今さっきまで喧嘩していた相手に謝るのも少し抵抗があって。
 そんな気持ちが混在する中、最終的に正義が勝った爽也も思い切って謝罪の言葉を口にしようとした。
「俺も・・・」
 が、しかし。事はそう上手くいかないものである。
「すっごい低レベルな喧嘩して・・・二人には迷惑かけちゃったね」
「・・・・・」
 麗は見事に爽也の言葉を遮り、そのまま充と聖の方を向いて申し訳なさそうにそう言った。
「私意外と短気だから・・・副会長と同等の喧嘩しちゃった・・・」
 そして、少しショックを受けたように言う。
「いいよいいよ。水沢さんが怒るのも無理ないって」
「気にしないで、麗ちゃん」
 爽也、その光景に目を見開く。
 自分に対しての謝罪だと思った正にその時、見事にそれを裏切ってくれた生徒会長にはもう言葉が出ない。
 しかも、先ほど麗の口にした言葉の中にも頂けないものが含まれていた気がするのは気のせいなんだろうか。幻聴なんだろうか。
 ・・・答えは「否」である。
「・・・みーずーさーわー?」
「副会長、とりあえずここは仲直りしときましょう。後々面倒ですし」
「何だよその”しょうがないなぁ”みたいな顔!?」
 爽也の中で確実にストレスが蓄積していたその時、不意に手を取られ彼は唖然とする。
「ハイ、これで仲直り」
 今まで喧嘩して怒っていたのに、ふんわりと笑って言ったのは麗だった。
 呆然とその笑顔を見つめる爽也の手を、麗は何事も無かったかのように離す。
「あ、先輩ズルイ。」
 充がいわゆる「仲直りの握手」を見て羨ましそうにそう言ったが、それすらも今の爽也の耳には入っていなかった。
 顔が、熱い。
 何なんだコレどうしたんだ俺。
 先ほどの麗の手の感触を思い出した瞬間に早くなる鼓動に戸惑い、爽也は激しく混乱する。
「?副会長?」
 そんな彼の様子を不思議そうに見る麗だったが、その視線にすら戸惑ってしまう。
「あ、いや・・・えーっと・・・・」
 分けの分からないことを口にしながら、そのまま後退。とりあえず麗との距離を取ろうと思った爽也だった。
 が、次の瞬間。
 バンッッ。
「ぃってぇぇぇぇ!!!」
 ナイスなタイミングで、いや、彼にしてみればバッドなタイミングで生徒会室のドアが勢い良く開け放たれた。
 運悪くそのドア付近まで後退していた爽也の体にはドアが直撃。ちなみにこのドアは内開き。
「せっ・・・先輩・・・・!!」
 これにはさすがにみんな驚いた。
「大丈夫ですか副会長!?」
 慌てて聖と充が彼に駆け寄ったが、麗だけは呆然とその場に立ち尽くしてドアの方に目をやっている。
 そして。
「・・・狩野先輩・・・・・?」
 ドアを開けた張本人、狩野美夜の名前を呼んだ。しかもその声が何故か戸惑いの色を含んでいる。
 その直後。
「うわぁぁぁぁぁん!!麗ーっ!!」
 いきなりの、大きな泣き声。
「!?」
 爽也の様子を見ていた二人は驚いてドアの方を振り返る。
 けれど爽也だけは冷静に、かつ切実に思っていた。
 泣きたいのはこっちの方だ、と。
「どっ、どうしたんですか先輩!?」
 麗の焦った声が聞こえ、爽也がそちらに目をやると美夜が麗に抱きついているのが見えた。
 抱きついて、泣きじゃくっている。
 あの強気な美夜が泣きじゃくるということは・・・・ただ事ではない。
 他の二人もそれを悟ったらしく、爽也そっちのけで美夜の方に駆け寄る。
 ・・・あぁ、本当に泣きたい。
 この時彼は心の底からそう思った。
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