5.理由
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 生徒会メンバー一同は、泣きじゃくる美夜を前にしてただただ困惑していた。
「せ・・・先輩、何があったんですか・・・?」
 おずおずとそう口を開いたのは麗だった。
 因みに。彼女はまだ美夜に抱きつかれたままである。
 ひっく、としゃくり上げて美夜はどうにか泣き止もうと努力している模様。
 ・・・・が、その努力も空しく。
 彼女の目からはとめどなく涙が溢れてくるばかりだ。
「ゆっ・・・優志がぁー!!」
 そう叫ぶのがやっとのようで、それきり美夜はまた泣き出す。
 困った麗は、同じように困った顔で美夜を見つめている聖たちを見回して、諦めたように彼女の背中をさすった。
 どうやら泣き止むまで待つしかないという気らしい。
 子供のように後輩にあやされながら、美夜はその状態で約30分泣き続けた。
「ごめん・・・多分もう大丈夫・・・」
 声を上げて泣いていた美夜だったが、それも嗚咽程度に収まり。
 ようやくそう言うと麗からそっと体を離す。
「狩野・・・」
 何があったんだ、と聞こうとして口を開いた爽也だったが、その瞬間に他の3人からキッと睨まれ口をつぐんだ。
 腫れ物に触るなと、全員に訴えかけられたような気持ちだ。
「ハァ・・・・。」
 誰にも聞こえないように小さく溜息をつき、爽也は頭を掻く。この短時間の気持ちの浮き沈みが激しく、何故かとても疲れたように感じる。
「実はね・・・・」
 と、その時ポツリと美夜が口を開く。
「はい?」
 限りなく優しい声で麗が対応する。爽也はその声を聞きながら、少し羨ましさを覚えた事はプライドにかけて言わない。
「実は・・・」
 美夜の声がまた少しずつ涙声になる。
「優志が・・・浮気したっ・・・」
 その瞬間、4人はポカンと呆けたような表情をして。
「・・・・・・ハイ!!?」
 見事なハモりで、驚愕の声を上げた。

「坂下先輩が・・・・ありえない。」
 場所は移って校舎内にある販売機の前。
 充は適当にジュースを選んでボタンを押しながら、呆然と呟く。
「・・・ありえない・・・」
 もう1度呟き、彼は出てきた5本のジュースを取り出す。
「はい、これ」
「サンキュー」
 そのうちの1本を充に手渡され、礼を言って受け取ってから爽也は溜息をつく。
「でもさぁ・・・・あそこまでひどくドア開ける事なくねぇ?おかげで俺ボロボロ・・・」
「そう言えば先輩すっごい泣きそうな顔してましたもんね」
「黙れ」
 おかしそうに笑いながら言う充をキッと睨みつけ、気持ちを静めるかのように爽也はジュースを勢い良く流し込む。
 冷たい飲料水が喉を通って、いくらか気分は晴れた。
「あー、でも狩野があんなに泣くなんて・・・信じらんねぇ。いっつも生真面目で強きな奴なのに」
「ですよね。坂下先輩の存在って、そんだけ大きいんでしょ」
 事も無げにそう言って、充は歩き始める。爽也もそれにならい、2人は肩を並べながらノロノロと生徒会室へ向かう。
 実は「飲み物を買ってくる」と言う口実であの場から逃げてきた二人。あの重苦しい雰囲気の場所へ戻るのはどうも気が進まなかった。
「日下部、お前実はあんまり驚いてないよな?」
 先ほどの充の口調から推測し、爽也はそう問い掛ける。
「何にですか?」
「だから、狩野があんだけ号泣するって事に」
 あぁ、と言って充はにっこりと笑う。
「先輩、誰だって人が思ってるほど強くないんですよ?それに女の子はたまにあぁやって号泣するぐらいが可愛いんじゃないですか。それより僕はあの坂下先輩が浮気したって事の方がビックリですよ」
「お前、何気に大人な考えしてるな・・・」
 爽也は後輩の発言に感心したように頷く。
「当たり前じゃないですか。先輩は頭も顔もそこそこなんだけどそこら辺のこと理解してないからイマイチパッとしないんですよー」
「日下部、お前だって頭はいいんだからその一言多いところ無くした方がいいぞ?」
「アハハ」
「笑って流すな!」
 相変わらずおちょくられっ放しの爽也と、明らかにそれを楽しんでいる充と。
 2人がこんな他愛ない会話をしている間も生徒会室への距離は徐々に徐々に縮まっていき、気づいた時にはもうそこまで迫っていた。
「・・・用意はいいか後輩」
「OKです副会長・・・」
 教室の前まで来ると、二人はそんな無駄な確認をしてからいささか緊張感の感じられる面持ちで思い切ってドアを開けた。
「只今戻りましたー」
 缶ジュースを4本持って、いかにも「おつかいに行ってきました!」的な顔で言ったのは充だ。
 間違っても「逃げていた」などと思われては困る。
「おかえりなさい」
 答えたのは麗で、その笑顔はいつもより少しよそよそしく感じられる。
 彼女の隣には硬い表情でイスに座る聖、そして二人の前にはハンカチを片手に目元を抑えている美夜の姿が。
 美夜の話が終わったのかどうかは、この様子からでは確認できない。
「えーと・・・とりあえず、ジュースでも飲みません?いろんな種類ありますよ」
 充は言って、買って来たそれを机の上に並べる。
「あー、じゃぁ私午後ティーで」
「じゃぁ私はコーラ。狩野先輩はどれにします?」
「・・・スプライト」
 ぼそり、と答えた美夜に苦笑して麗はスプライトを手渡す。
「ありがと・・・」
 細い声で言ってから、美夜は缶のフタを開けるとそれを勢い良く飲む。
 その光景を少し驚いたような、恐ろしいものでも見るような目つきで5人は眺める。
「炭酸ってあんなに一気に飲めるもんだっけ・・・?」
 美夜には聞こえない程度の声で爽也は呟き、それに激しく同意するかのように他の4人は頷いた。
 しかし当の本人は周りのそんな心配を全く無視。
「っはぁー!!美味しー!!」
 全て一気に近い状態で飲み干すと、仕事から帰ってきて一杯飲んだ親父としか思えない台詞を一言。
「せ、先輩・・・」
「あ゛ーもう優志の馬鹿ぁぁー!!」
 聖が声をかけようとしたが、それも聞こえていないように叫んで美夜は空になった缶を当てつけの様に放り投げる。
「ってぇ!?」
 そしてそれは運良く・・・ではなく、悪く爽也の頭の上に落ちる。本人だってまさかこうはならないだろうとたかをくくっていたため、予想外の出来事に目を見開く。
「・・・副会長」
「人の不幸を笑うな、水沢!!」
 今にも吹き出しそうな麗を咎め、爽也は顔を赤らめる。
「そのうち先輩のあだ名”不幸少年”とかになりそうですね」
「暢気に言ってんじゃねぇ・・・・っ」
 あーもう!!と、悔しみを込めて缶を拾い上げぐしゃりと潰す。
 炭酸なので缶は柔らかく、もしこれが普通の硬い缶だったら爽也はまたもや恥をかく所だった。
「ねー聞いてよー!!」
 と、その時。それまでの美夜からは想像できないような口調で彼女は口を開く。
「あんね、優志が浮気したの!浮気!!ありえないもーっ!!」
 上から缶が降ってきて頭に落ちたことの方がありえなーい。とか思いつつ、ここで口を開くのは良くないと思い爽也は必死で心を静める。
「浮気・・・ですか?」
 麗が半分困ったように相槌を打つ。
「そっ、浮気!だってねぇ、私のクラスの子がこの前優志と他の女の子が一緒に歩いてるところ見たって言うの!絶対浮気だぁー!!」
「ってか狩野、酔っ払ってるよな?」
「なーに言ってんのよ矢野!ねぇ、可愛そうな美夜ちゃんを慰めてよ〜」
 絶対酔っ払ってる。スプライトで酔っ払ってる。
 この時5人は確信して、それまで美夜に向けられていた目が少しだけ変わった事は本人は知らない。
「でも良くドラマとかで、実は妹さんだったとか言う場合があるじゃないですか・・・・」
「それがね、聖ちゃん。優志には妹は愚か、姉すらいないのよ。それにそんなありきたりな理由信じられないー!」
 子供のようにそう言う美夜を前に、5人はかける言葉を無くす。
 少しの沈黙の後、口を開いたのは麗だった。
「坂下先輩にはその事聞いたんですか?」
 すると、美夜の表情が少し陰る。
「・・・聞いたわよ。でも”言えない”って言ったのよ、優志。信じられない・・・。いえないって事は絶対浮気よ」
 ”言えない”?
 美夜のその言葉に、爽也は首をかしげる。
 美夜は浮気だと決め付けているようだけれど、それはもしかすると何か事情あってのことかもしれない。
「狩野・・・」
 爽也は珍しく真剣な表情で美夜に言う。
「まさかお前、坂下に”別れる”なんて言ってないよな?」
 爽也の言葉に苦い顔をして、少し渋ってから美夜は答えた。
「・・・言っちゃったわよ、勢いで・・・」
「オイ!!」
「先輩!?」
 爽也の焦った声と麗や充、聖の驚きの声が生徒会室に響き渡って。
 美夜はばつの悪そうな顔で下を向いた。  
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