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● 私の彼氏は・・・・ --- 最後の想い ●

目の前のこの人物は一体・・・・・。
そう思いながらも私はおとなしく彼について外に出た。夜風が冷たい。何もなしで家から出てきた私は思わず自分の体を抱きしめる。そうしていると、目の前の人物が自分の着ていた上着を差し出してくる。
「あ、有難うございます・・・・。」
戸惑いながらそれを受け取る私。けれど彼は、その言葉に無反応で私をジッと見つめる。そして・・・
「・・・すいませんでした!!」
急に冷たいコンクリートに膝をついて頭を下げてくる。いわゆる「土下座」。
「えっ!?」
ビックリした私は思わずそう声を上げた。
・・・・・・何で今私はこの人に土下座されているんだろう・・・。
そう思いながらジーっと目の前の人物を見つめる。
今まで初対面だと思ってた。喋り方とか違うし・・・・まず格好からして違うし。でも・・・・自分のこの気持ちに従うとすれば・・・
「顔・・・上げてください。先輩・・・・。」
私は頭を下げ続けている彼に向かって、小さくそう言った。容姿はすっかり変わってしまったけど・・・・間違いない。これは先輩だ。
だって・・・・理由を聞かれたら困るけど覚えてるんだもん。自分の感覚が「先輩」だって。
「アリサ・・・・・。」
先輩は少し驚いたように顔を上げた。それでもまた頭をグッと地面に向ける。
「ダメだ。きちんと謝るまで・・・・ツラなんて見せられねぇ。」
この冷たいコンクリートなんかにひざまづいて、もの凄いど根性だ。少し彼の体を気にしつつも、私はその行為を止める事が出来ずぐっと唇を噛んだ。先輩は顔をそのままに、静かに口を開いた。
「俺・・・浮気しました。すいませんでした。アリサの気持ちなんて何も考えないで・・・・つい、その場のノリで・・・。でも、今日アリサが泣いたの見て気づいた。」
そこまで言うと顔をぐっと上げる。痛いほど真剣な眼差しが私に向けられた。
「俺、やっぱりアリサの事が好きだ。」
よく通る声だった。でもそれよりも、言葉そのものが私の心に深くしみこむ。
「先・・・輩・・・・。」
言葉が出ない。思いもしなかった彼の言葉が信じられなくて、何を言っていいのか分からなかった。
「だから・・・お願いだ。もう1回だけ俺の事信じてくれ。もう絶対、泣かせたりなんかしないから――!!」
先輩は半ば叫ぶようにそう言いながらまたグッと頭を下げる。
「信じてくれ!!」
この言葉は今の私にとってどんな意味を持っているんだろう。
あんな光景を目の当たりにしたのに、信じてくれなんてむしのいい話だ。
でも私は・・・・・・信じたい。出来る事ならもう1度。
「先輩っ」
考えるよりも先に体が動いていた。頬には冷たい涙が一筋伝い、自分の手はまるで求めるかのように彼の体をギュッと抱きしめていた。
「ヤダッ・・・・・本当は他の女の人のところなんて行って欲しくないよぉっ・・・・!!」
あれだけ泣いておいて、まだ出るのか。そう思うほどの量の涙が頬を伝い地面に落ちる。
「私・・・・・・先輩の事好きなんだもん・・・・・。」
震える声でそう言いながら、ギュッと先輩に抱きつく。
「アリサ・・・。」
先輩は驚いたように目を見開いた後、私の頭に手を添えて自分の胸にギュッと引き寄せる。
「他の女のとこなんか・・・行かねぇよ。ずっと・・・・一生俺がアリサの側に居てやるから・・・・・。」
そう言った先輩の声も少し震えているように感じたのは私だけなんだろうか。
「はい・・・・・。」
私は彼の言葉に静かに頷き返事をする。
耳元では最後に一言「ごめん。」という言葉が呟かれた。

――「ねぇアリサ。最近富樫先輩イメチェンしたのかなぁ?」
ある日の昼食中、首をかしげながら優美ちゃんがそう言った。
「へっ?」
お弁当のウィンナーを口に入れかけて、間抜けな顔のままこれまた間抜けな声を出す私。
「だって・・・・最近おかしいよ?急に黒髪だしスポーツ刈りだし・・・・。何か前とは違うカッコよさが漂ってるわよね。」
私のウィンナーを物欲しそうに見つめながらそう言う優美ちゃん。なんだか気が引けたけどパクッと一気にそれを口に放り込んで、ごくっと飲み込む。
「んー・・・・・まぁ、いろいろあるんだよ。」
謎めいたそんな返答をしながら私はニッコリと笑った。
「え〜。気になるじゃない!」
優美ちゃんはむぅっとしながら少しいじけたような態度をとる。と、丁度そのとき。
「アーリーサー。」
噂をすれば影、ということわざがピッタリ当てはまるタイミングで例の人物が現れた。
「げっ。先輩・・・・。」
今昼食中ですよ、と内心で突っ込みながら私は教室の窓からひらひらと手を振っている彼を見つめる。先輩の姿を見つけた女子何人かはすでにキャァー!!と黄色い悲鳴を上げている。
・・・・・・全く。どんな格好しても元がいい人はいいよね・・・。
いじけ気味でそんなことを思いながらお弁当箱を片付ける。そんな私を見ていた優美ちゃんは
「ホラ、早くしないと!彼氏が待ってんだからっ。」
そう言ってニヤニヤしながら急かしてくる。
「・・・・・・からかわないでよ。」
むすっとしながらそう言って、私は素早く先輩の元に駆け寄った。
「あのー・・・」
「これからデートするぞ。」
「は!?」
今昼食中なのですが。そう言いかけた私を先輩が遮る。
ニコニコと笑いながらそう言う先輩を、思わず私は凝視した。
・・・・・この人の事だからふざけて言ってるなんてことないんだろうなぁ・・・。
そう思いながら1つ溜め息をつく。周りの女子からの視線が少しだけ痛い。「いーなー。」なんていう声まで聞こえてくるものだから、このままのこのこついて行くのも気が引けるし・・・・。
なんて思っていると、いつの間にやら隣に来ていた優美ちゃんがニコッと微笑む。
「いーじゃんアリサ。行ってきなよ。先生には私が上手く言っとくからさ。」
「優美ちゃん・・・。」
こう言う時だけ協力的な優美ちゃんを前に、私は少し背中を押されたような気分になる。
「そーそ。行こうぜアリサ。」
隣からは一見爽やか好青年、実は悪魔な先輩からの誘惑。
・・・・・・えぇい!もういーや!!
「じゃぁ・・・・よろしくね、優美ちゃん!」
決心した私はそう言うと、急いで鞄を取りにいく。先輩は私の返答に満足そうに頷いた。
そして、クラス中からの歓声に見送られ私達は教室を出た。
元通りになったのはいいけど・・・やっぱり私はまだ先輩に振り回されっぱなしで。でもこんな毎日がとても楽しいと、そう思える。
何より、隣に本当に好きだと思える相手が居ることが1番幸せ。
「何だ?」
「いえ・・・何でも。」
――先輩の無邪気な笑顔を見て、私は1度だけ微笑んだ。

ちなみに、何故いきなり先輩がこんな格好になったかと言うと・・・・。
どうやら私に謝るため・・・・らしい。あんなチャラチャラした格好じゃダメだと気づいて、だからあの後急いで美容院に行って髪の色を戻してカットして。
でも・・・・少しの間これが先輩だって気づけなかった自分が悲しい・・・。
それに、何だかちょっとだけしっくり来ないしね、この格好。そんなこと言ったら即先輩は元に戻すだろうから言わないけど――・・・。
でもどんな先輩でもやっぱり大好き。
いつも冷や冷やさせてくれて、楽しませてくれるあなたが私は大好きです。

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