第4話 お迎え
「・・・アレ?あそこに居るの、疾風さんじゃない?」
「え!?」
 校舎から出て校庭を歩いていた私たちだったけれど、ユメのその一言で素早く辺りを見回す私。
「ホラ、あの黒い車」
 ユメが校門の方に停めてあった1台の車を指差す。それに促され、視点をそちらに移した私は絶句する。
 ・・・・どうして奴がここに居るの。
「何?アイツが!?」
 それまで静かに歩いていた海道までもが何か変な電波をキャッチしたかのように騒ぎ出す。
「って言うか、何で二人とも疾風の事知ってんのさ!?」
「何でって・・・だってなっチャンの幼馴染だもん。同棲相手の事ぐらい知ってるよー」
「俺も俺も。1年のときはビックリしたけど」
「へ、へぇ・・・・。じゃぁもしかしてそれ・・・結構な人が知ってたりする?」
「「うん」」
 何でぇぇぇぇぇ!?
 それ・・・やばいんじゃないの!?女子高生が若い男と二人で住んでるなんて・・・そんなの周りにばれたら絶対ヤバイって!!なのに何でみんな平然としてんの!?
 少し混乱状態の私の肩に、ユメがポンと手を置く。
「大丈夫だよなっチャン。みんな事情知ってるから」
「・・・・事情?」
 何のことだろう?そう思って眉をしかめた時だった。
「那智」
 うぎゃぁ!!
 何でアンタがここに居るの!!
 いつ車から降りてきたのかは分からないけれど、とにかく物凄い早業で疾風が私たちのすぐ側まで来ていた。
「お久しぶりです疾風さん」
 ユメはちゃっかり挨拶してるし。
「あぁ、久しぶり。悪いけどコイツ病み上がりだから今日は連れて帰るな」
「あ、はい。分かりました」
 何か会話成立しちゃってるし・・・・。しかも私いつの間にか奴に手掴まれてるし!!
「イーヤァー!!今日は海道とユメと一緒に帰るって約束したの!!」
 離せこのヤロゥ!下校中の全校生徒が見てんだよ!!
 私は力の限り掴まれていた手を振り解く。すると疾風は面白くなさそうに顔をしかめる。
「お前帰り道分かるのかよ」
「うっ・・・・・・・!!」
 そう言えば・・・来るときは遅刻寸前で必死で走ってきたけど帰り道は・・・覚えてない。
「ほらな。そんなので帰ろうなんて無謀すぎるんだっつーの」
「う・・・うるさいなぁ!!」
 手に負えない、という風に肩をすくめる疾風に赤面して反抗する私。それを笑いながら見守るユメ。・・・笑ってないでどうにかして欲しいんだけど。
 もうこうなったら意地でも歩いて帰ってやる!
「海道ー!!」
 最終手段だ、とでも言うように私は奴の名を呼んだ。名前を呼ばれた海道は忠実な飼い犬のように疾風から私を救い出そうとしたけれど・・・
「あっ、何すんだよユメ!!」
 直前でユメにがしっと掴まれる。
 ・・・なんで止めちゃうのさー!
「だーめ。なっチャンは病み上がりなの!疾風さんに連れて帰ってもらうのが1番でしょう」
 もっともらしいユメのお説教を食らった海道はそこで不服そうな顔をする。その間に私はズルズルと奴に引きずられていく。
 っていうか・・・もうちょっとましな扱い出来ないわけ?
 あーもういいですよっ。おとなしく一緒に帰ってあげるからっ。
「バイバイユメ〜!海道〜!」
 未練たらたらで二人に別れを告げた私は、その後疾風の車に乗せられ帰宅する事となる。

「全く・・・・もうちょっとまともに迎えに来てくれてもいいじゃん!」
 帰宅後、ソファーにどさっと座った私は早速そう愚痴をこぼす。
「お前が強情だからだろ」
 疾風は疲れたようにそう言うと、背広を脱いでネクタイを緩める。
「あれ・・・・そう言えば会社はどうしたの?」
 まだ早い時間なのに。もしや、サボり?
「早退してきた」
「何で?」
「お前を迎えにいくため」
「は!?」
 そんな馬鹿みたいな理由で会社早退してきたのかよこの大人は!!
「別に・・・迎えに来てくれなくても良かったのに」
 ボソッとそう言うと
「また街中で叫ばれたら困るからな」
 と、肩をすくめながら言う疾風。
 ・・・・くそぅ・・・。口じゃコイツに勝てない・・・・。
 悔しさのあまり思わずギュッと唇を噛むと
「そう言えばお前、学校大丈夫だったか?」
 急に心配そうな口調でそんな事を言われ、思わず怯んでしまう。
 なっ・・・何でイキナリそんな保護者ぶるかなぁ・・・・・。
「別に。みんな普通に心配してくれたけど」
 コロコロと変わる疾風の接し方に戸惑い、あえて愛想なくそう答える私。そんな私の言葉を聞いた奴の顔がふっと緩む。
「そっか。お前何だかんだ言いながら行きたくなさそうだったからちょっと心配だったけど・・・それなら良かった」
「う・・・・うん・・・・・」
 優しい言葉に思わず胸が反応する。一瞬だけ大きくなる鼓動が変な感じだ。
 今の疾風はこの前の「お兄ちゃん」みたいな感じ。いや、下手したら若パパ?・・・・それはちょっと嫌だ。
 って、何想像してんの自分・・・。
 頭の中で勝手に浮かんだ妄想を必死でかき消し、気をそらすために私は無理やり口を開く。
「そ、そう言えば友達も出来たしね!あ、さっき一緒に居た海道って言う奴に結構気に入られてるっぽいし。私ー」
 ・・・・・・シーン。
 な、何だこの重苦しい雰囲気は?
 気をそらすために言った言葉。なのに何故かその言葉を聞いた瞬間疾風の顔から笑みが消える。何か悪い事言ったのか自分!?
「那智・・・・」
「はいぃ!?」
 重苦しい雰囲気の中、不意に名前を呼ばれてビクッと反応する私。そして恐る恐る顔を上げ奴の表情を確認すると・・・・
 怖っ!!ドス黒いオーラ出てますよ兄貴!!
 どうして急にこんなのになっちゃったのさ!?
「ちょっと来い」
「は?」
 怯える目で奴を見つめていると、少しの沈黙の後そんな事を言われる。指で「来い」という合図をしながら。
 ワケが分からず、でも取り合えずここは従わなければいけないと察した私は恐る恐るソファーから立ち上がり疾風に近づく。
 そして奴との距離があと数センチのところで―・・・不意打ちの如くグイッと腕を掴まれる。
「ひゃっ――!?」
 そう叫んだ直後、やっぱり不意打ちのようにキスされた。
 ・・・・って、こんな事暢気に解説してる場合じゃねぇ!!
「なっ・・・にすんのよ!!」
 数秒後、正気に戻った私は力の限り奴のみぞおちを蹴り上げる。
「う゛っ・・・・!?」
 まさか蹴られるとは思ってなかったらしい疾風は鈍いうめき声を上げながらその場に倒れこむ。
「お前っ・・・・本気で蹴っただろ・・・!?」
「当然じゃん!!この前もそうだけど・・・何で急にキスしたりすんの!?」
 あーもうイキナリ変な事するから顔から湯気でそうなほど熱いじゃん馬鹿ー!!
 思わず手で、多分真っ赤になっている顔を仰いでいると、苦しそうに咳き込んだあと疾風がポツリと言葉を漏らす。
「何でって・・・・お前が俺の女だからに決まってるじゃねぇか・・・・」
 ・・・・・・・・は?
 ・・・・・”俺の女”だぁ!?
「なっ!?そんなの初耳だぁー!!」
「当たり前じゃん。言ってねぇもん」
 言えよ!!
「なっ・・・だって・・・・!!」
 だって・・・・6歳も年離れてるしっ・・・!!そ、そりゃぁ前にキスされたときにちょっとだけそんな気はしてたけど・・・それはちょっと自意識過剰かなー?なんて流してたのに・・・のに!!
 何でイキナリそんな爆弾発言するんだよー!!
「お前・・・顔真っ赤。つーか何一人でパニくってんだよ」
 どうやらやっと回復したらしい疾風がいつもの調子を取り戻しそんな事を言ってくる。
 そりゃぁパニックにもなりますよっ。
 ”俺の女”なんて・・・・ドラマとかでしか聞いた事ないよ!?
 ゴチャゴチャになる頭で必死にそんな事を考えていると、じわじわと追い詰めるように疾風が近づいてくる。
「なっ、何よ!?」
 思わず逃げ腰で反抗的にそう言うと、奴はクスリと嫌味な笑みを浮かべる。
「記憶喪失前のお前は俺にベタ惚れだったのになぁ」
「はぁ!?」
 そんなわけないじゃん!!いや・・・記憶がないから分かんないけど・・・そんな前のことを今持ち出すな!!
 ・・・って、こんな事考えてる場合じゃなかった!!
「はっ、離せ!!」
 うっかり今の状況を忘れると大変な事になりますよ奥さん!おとなしくしてる間にちゃっかり抱きしめられちゃってます・・・!
「お前本当にウブだよなぁ。・・・・でも」
 人を勝手に抱きしめながら楽しそうにそう言った後、不意に声のトーンが落ちる疾風。
 でも・・・・何よ。
「俺の前で他の男の名前出すなよ?ましてや海道なんて・・・あの餓鬼は気に食わねぇからな」
 ・・・・・いひゃあ。
 病院の先生・・・貴方が自信を持ってお勧めしてくれた同棲相手はとんでもなく独占欲の強い男でしたよ・・・?
「な、何で海道なのよ?」
 またもやドス黒いオーラを放つ疾風の、正に鬼のような顔を近くで見ながらそれでも尚反抗的にそう聞いてみる。
「お前それ本気で聞いてんのか?」
 私の真剣な問いかけに、呆れたようにそう言う疾風。
 何よその・・・「コイツ馬鹿じゃねぇ?」みたいな顔!!
 ムカついた私は隙をついて素早く奴の腕から抜け出す。変なところですばしっこさを発揮する私にとってアンタの今の隙は絶好のチャンスなのよ!
 ワケの分からない優越感に浸りながらも、その後すぐ猛ダッシュで部屋の隅に逃げる。
 疾風もこの早業に呆気に取られたように呆然と自分の腕を見つめ、その後盛大な溜息をつく。
「とにかく・・・・」
 そして、疲れたように肩を落とすと切れ長の目を細める。
「お前は俺の事だけ思い出せばいいんだよ」
 そう言い残し私に背を向け、部屋から出て行く。
「な・・・に・・・言ってんの・・・!?」
 一人そこに残された私はまたもや顔が赤くなるのを感じながら呆然とそう呟く。
 っていうか・・・・何処まで俺様な男なのさ!?
 いやそれよりも・・・・・
「私が・・・アイツの女!?」
 今はこっちの方が驚きだ。
 不意打ちみたいにキスしたり抱きしめたり・・・挙句の果てには俺様発言ですかっ!
 そんな事実今言われても・・・・私は明日からどうすればいいの・・・!?

 麻生那智17歳、只今メチャクチャ引っ越したい不運な少女デス。

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