第3話 学校へ行こう―4
「あーあ。俺は授業なんか受けるつもりで学校来た訳じゃねぇのに・・・」
「黙れ」
 わけの分からない事をぼやきながら教室へと向かう海道に、私は素早くそう言った。
 全くコイツは・・・何をしに学校来たのよ。
 結局私が教室に辿り着いたのは1時間目の終わりだし・・・あーもう最悪!!
「ほら、ここがウチの教室」
 屋上から2階分の階段を下りてきて静かな廊下を歩いていると、不意に海道が立ち止まる。
 声に促され教室のプレートを見ると、確かに「2−4」という数字が書いてあった。へぇ・・・。私のクラスは4組かぁー・・・って、暢気に考えてる場合じゃなくてっ。
「さっ、先入ってよ」
 私を案内するだけしといて気だるそうに欠伸をしている海道を肘で小突きながら、私はそう言った。
「・・・ふぁい?ヤダよ、俺授業受ける気ねぇもん」
 欠伸の抜けない声で海道はそういうと、面白そうに目を細める。
「え?何?もしかして麻生緊張してんの?」
「先に入ってくれなきゃ友達やめるよ?」
「・・・・分かったよ。小心者の那智ちゃんのために俺が先に入ってあげますよー」
 後半部分の言葉が気に食わないけど・・・こいつの言葉も嘘じゃなかったり。
 だって記憶が無くて今の私にしてみれば見る人全部が初対面なのに、そんな中大勢の注目を浴びながら教室に入れるわけないでしょ?
 軽口ばっか叩いて結構ムカつくけど、今日のところは海道に感謝―・・・・
「おはよーございまーす!!」
 ・・・・するもんか。
「ちょっ・・・アンタ何でそんな派手な登場の仕方すんのよ!?」
「え?何でって・・・パフォーマンス?」
「そんなもんいるかぁ!!」
 気持ち良いぐらいスパーン、と教室のドアを開けた海道はメチャクチャ大きな声でそんな挨拶をした。
 授業中だったクラス全員の目は、当然私たちに向けられる。
 どっ、どーしよどーしよ・・・・全員がこっち見てる!!
「あっ・・・あのっ・・・・」
 一瞬にして大勢の視線を受けた私は突然言いようの無い恐怖に襲われ、一歩後退する。
 海道は海道で、暢気に笑ってその場に突っ立っている。
 そんな私たちに対して、クラス全員と授業をしていた教師の反応が・・・・無い。
「あ、あれ?何みんな・・・」
 さすがの海道も異様なこの雰囲気に戸惑ったらしく、困ったような笑みを浮かべてたじろぐ。
 ――と、その時。
「あぁぁぁぁあ、麻生じゃないかぁー!!」
「わー!!なっちゃぁーん!!」
「大丈夫か麻生ー!?」
「ハィィィ!?」
 突然堰が切れたように、教師の声を初めとしたクラスみんなの声が呆然とする私に降りかかってくる。
 そしてたちまち私たちの周りには人だかりが。隣で立っていた海道はその人だかりにもみくちゃにされている。
 ・・・・って、何なんだこの状況はぁー!?
「元気だったか!?何処も痛くないか麻生!?」
「那智っ、私のこと覚えてる!?忘れちゃった!?」
「麻生、頭大丈夫か!?」
 次々と掛けられる、1部侮辱なのでは?と思うような心配の声にどう答えれば良いか分からず私はただ戸惑う。
「えーっと・・・・とりあえず・・・一人ずつ、喋って頂けないでしょうか・・・」
 ぎこちない笑みを浮かべてそう言うと、不意に教師の顔がふっと我に返る。
「あ・・・あぁ、そうだったな!よしみんな、とりあえず麻生を席に案内してやろう!」
『ハイ先生!』
 うーわっ。見事にみんなハモッてますよ。
 少し不気味に思いつつ、クラスメイトにされるがままに席へと誘導されイスに座る。
 私の席は外側の窓からも、廊下側の窓からも微妙に離れた真ん中の席。優等生の子が好んで座るようなかなり黒板が見やすい位置だ。
 はぁ・・・。窓側が良かったなぁー・・・。
 そんなことを考えながら辺りを見回すと、私を席に誘導してくれた子たちやさっきまで騒いでいた子達が、先生に指示されてゾロゾロと元の位置へと戻り始める。
 みんなに揉みくちゃにされて、すっかり忘れ去られた海道がどうすればいいのか分からないといった様子でドア付近に立っている。
 そんな海道を見た先生はというと。
「あ、海道。お前学校来たの1週間ぶりだな。まぁとりあえず席に着きなさい」
 取ってつけたようなそんな言葉を投げかけている。
 ゴメン海道・・・せっかく案内してくれたのに・・・。
 初めて私の中で、奴に対して申し訳ないという思いが生まれた。
 まぁ今の状況でそんな事は放っといて・・・。
「それではこれから、臨時のHRを始める」
 静かになった教室に先生のそんな声が響く。
「いやぁ、それにしても良かった良かった。担任である俺の担当してる授業中に麻生が来てくれるとは。あ、ちなみにさっきは国語をやってたんだけどな」
「はぁ・・・」
「よしっ。それではこれから、麻生那智について話したいと思う」
 えぇ!?急にそんな題から入りますか!?
 少したじろいだ私に、一瞬だけクラス全員の気が集中したのが分かった。
 けれどそんなことお構いなしに、担任らしき先生は話を続ける。
「実はな、麻生。お前が記憶喪失だって事はもうクラスのみんな知ってるんだ」
「は、ハイ?」
 何ですと?だって・・・だって海道は何も知らなかったじゃない・・・。
「お前が事故にあった1週間前の時点で学校側はこの事を知っていて、記憶喪失だという事は今朝のSHRでみんなに知らせたんだ。本当はお前が居る時に・・・と思ったんだけどなぁ。いやぁ、初日から遅刻するなんて予想外だったぞ?」
「・・・・・・・」
 そういう事ですか・・・。だからさっきまで私と一緒にいた海道は、私が記憶喪失だって事知らなかったんだ・・・。
「まぁそう気を落とすなよ?記憶が戻らなくても、お前は俺たちの大切な仲間だからな!」
「そうだよなっちゃん!」
「元気出してね麻生さん!」
「出来る事があったら協力するぜ!!」
 みんな・・・・ありがとう・・・・・!!
 ・・・って、そんな感動的なものになれるわけないでしょうが!!
 つーか先公台詞古ぃんだよ。
 しかも何なんだ、この妙にまとまりのあるクラスは!?
「・・・・とまぁ麻生、みんなも応援してくれてる事だし・・・お前から一言何かあるか?」
「えっ?」
 急に先生から向けられたそんな言葉に、私はおかしな声を上げる。イキナリ話を振らないでください。・・・とか思いつつも。
「あー・・・えーっと・・・・とりあえず、今日からまたよろしくお願いします・・・」
 只今速攻で考えた定番のこんな言葉を並べながら、私は周りに軽く会釈した。その瞬間、辺りからは騒がしいほどの拍手が。
 いやもうマジで・・・・勘弁してください。
 半分うんざりしながら愛想笑いを浮かべた私を、面白そうに見つめている海道の姿があったなんてこの時の私は気づくはずも無かった。

「麻生、また明日な!」
「あせらなくてもいいから、徐々に私たちのこと思い出してね!」
「あー・・・うん。バイバイ」
 1日という日がけたたましく過ぎ去り、帰り際にまでいろんな人に声を掛けられた。みんな私に気使いすぎだから・・・・。でも、悪くないかもしれない。みんな心配してくれてんだぁー・・・。
 少しだけ嬉しくなりながら、この日初めて素直な笑みを浮かべてみんなに手を振る。
 そんな私の背後から、不意にかかる声。
「麻生ー、帰ろうぜ。」
 ・・・・海道だ。
「え?一緒に帰るの?」
 思わず小首をかしげそう尋ねると、
「え!?何、嫌!?」
 相当ショックを受けたような顔で海道がそう叫ぶ。
「だ、だって何か・・・・」
 何か・・・いくら海道でも帰りまで一緒ってちょっと照れくさいじゃん・・・・。
 って、こんな事は口が裂けても言わないけど。
 その時、クスクスと楽しそうに笑う声が聞こえてくる。
「あーあ。相変わらずの微妙なコンビだね、あんた等」
「ユメー!!」
 微妙な言い合いをする私たちの前に、一人の女の子が歩いてくる。
 その女の子を見た瞬間、海道は名前らしき言葉を叫びながら泣きつく。
「麻生酷いんだってぇ!!前はいつも一緒に帰ってたのに・・・記憶がなくなるとこうも変わるもんか!?」
 海道の言い分を聞いた女の子はハァ、とため息をつく。
「初心に戻ってみればそれだけアンタが鬱陶しい男って気づいたって事じゃない?ね、なっチャン」
「え・・・?」
 ・・・まただ。また私のこと・・・・”なっちゃん”って呼ぶ。
 さっきから数人だけど、それでも私のことを親しそうにそう呼んでくれる。
 この女の子は一体・・・・
「あ、ごめんごめん。私の名前は森山柚芽。なっチャンとは小学校からの付き合いで・・・いわゆる”幼馴染”って言うの?名前は普通にユメって呼んでくれていいからね」
 女の子はニッコリと笑ってそう言った。・・・・可愛い。飾り気の無いショートの髪に、笑ったときに出るえくぼが何ともいえない。
「うん。よろしく・・・・ユメ」
 恐々ながらも、その名前を口にするとユメはニッコリと微笑んでくれた。
「あ、そうそう洋介!!帰るんなら私も同伴だからね!全く・・・今記憶の無いなっチャンにアンタが何するか分かったもんじゃないからね」
「・・・・俺は何処まで信用がないんだよ・・・」
 ユメに厳しくそう言われ、ガックリと肩を落とす海道。何か・・・楽しいな。私はいつもこんなメンバーに囲まれて学校生活送ってたんだ・・・・。
 ちょっとだけだけど・・・何か思い出せそうな気がする。
「ってことで、帰ろーなっチャン!」
「うんっ」
「オイ、俺の存在忘れてねぇか!?」
 とりあえず、のんびり色んなこと思い出して行きますか。

 トップ 


inserted by FC2 system