第5話 思ってもみなかったこと―3
「疾風が・・・ねぇ」
 学校からの帰り道、私は一人ポツリとそう呟いた。何があったか知らないけどあいつなりに苦労してたんだ・・・って、私が言えることじゃないけど。
「とりあえず、疾風が帰って来たら絶対両親の事とか聞き出してやるんだ!!」
 一人グッと拳を作りそんなことを意気込んでいると、視界に変なものが入ってきた。
「・・・お?」
 思わずそんな声が漏れる。ちなみに今私が居るのは家のすぐ近くの場所。多分30メートルも離れてない。
 そんなところから見える「変な人」は明らかにうちの中を覗くような格好をしている。
 あれはどう見ても、世間一般に言う「覗き」だ!!
「・・・よし」
 さっき作った拳にもっと力を込めて、息を殺すようにして私はそいつに近づく。こう見えても体力は結構ある方だと思う。相手が気づいて逃げ出す前に捕まえて何してんのか聞き出してやるっ・・・。
 我ながらたくましい女子高生だとか何とか思いながら、私はゆっくりと歩き出した。近づくにつれだんだんハッキリしてくる不審者は後姿だから良く分からないけどまだ若い感じがする。
 何てったって、そいつ制服だし。
 そして、とうとう私は不審者の背後まで来た。
「・・・人の家見て何してんの?」
「うわぁぁぁぁぁあ!!」
 ポンッと肩に手を置いてそういうと、そいつは凄い叫び声を上げた。
 正直、こっちの方が驚いた。
「スイマセンゴメンなさいお許しをー!!」
 不審者はものすごい叫び声に続いて、ものすごい勢いでそう謝ってきた。そして、謝る際にこっちを振り返った瞬間私の頭の中にあった”記憶”が浮かび上がってくる。
 懐かしい顔・・・・知ってる。この人は・・・・
「・・・・銀ちゃん!!?」
 記憶喪失前の、私のもう一人の幼馴染だ。
「え?・・・・なっチャン!!」
「うそー!!何で銀ちゃんがここに居るのー!?」
 不審者――じゃなくて、銀ちゃん。私の幼馴染。本名蒼井銀太18歳。何処にでも居そうなちょっとだけ背の高いバスケ馬鹿(だったはず)。
 私のテンションは久々に目にする幼馴染のせいで急上昇していく。
「え?マジで何でこんなところに居るの!?っていうかまた背伸びてない!?」
「だろだろ?いやー、ここ数年で30センチは伸びたかなー」
「マジで!?」
 アハハー、なんていう笑い声を上げながら銀ちゃんの背中をバーンと叩いた時、私はハッと我に返る。
「と・・・とりあえず入って!」
「おぅ」
 銀ちゃんは満面の笑みでそう言うと、当たり前のように家に入って行く。その後に続く私の方がどっちかっていうと不審か・・・・?
 いやいや、そんなことはないだろう・・・多分。
 ・・・・ん?待てよ・・・・。何で私は銀ちゃんのことだけしっかり覚えてるんだろう・・・?

――「ただいま」
「お帰りー」
「お帰りなさいあ・な・たっ」
 1番最後に聞こえた言葉に、今家に入ってきたばかりの疾風はまた外に逆戻り。それもそのはず、銀ちゃんが満面の笑みで何故かカマ口調で出迎えたんだから。
「なっ・・・・・・何でお前がここに居るんだ!?」
 ゆっくりともう1度ドアを開けて、警戒するように顔だけ出して疾風がそう言った。
 銀ちゃんと私はニヤッと嫌味な笑みを向ける。疾風が帰って来るまで銀ちゃんから昔の事を色々聞いてたんだけど、どうやら私と銀ちゃんと疾風は小さい頃から良く3人で遊んでいたらしい。
 で、銀ちゃんは私と疾風が同棲してることも知ってたらしくて久々に遊びに来たみたいなんだけど・・・。
「とりあえずはや兄ぃ、入ってくれば?」
 未だにドアに張り付いたままの疾風に銀ちゃんがそう促す。そうそう、彼にとって疾風は「兄貴」的存在らしい。
「そーだよ。いつまでもドア開けっ放しだと寒いでしょ!」
 最後に私がそう言うと、疾風は渋々家に入ってくる。が、その瞬間。
「あー久しぶりぃー!!会いたかったー!!」
 ガシっと銀ちゃんに抱きつかれた疾風はよろっと一歩後退する。
「なっ・・・離せ!!那智、コイツどうにかしてくれ!!」
 必死でそう言って抵抗する疾風。でも銀ちゃんの力も相当強いらしく、なかなか離れる気配はない。
「アハハハハ」
「笑うな!!」
 とりあえず、こんな面白いもの見とけるうちに思う存分見とかないとねぇ。

――「で、何でいきなりこっちに?」
 あれから数分後、私達はリビングで話をしている。疾風はぶすっとしたまま銀ちゃんにそう質問。
「そりゃ勿論なっチャンとはや兄に会いに・・・」
「嘘付け。」
 素早く疾風に否定され、銀ちゃんはつまらなさそうに溜息をつく。
「・・・実は風の便りでなっチャンが記憶喪失になったって聞いてさ・・・。心配で駆けつけてみた。久々に会いたかったし」
 ・・・・風の便りって・・・・。一体何処から伝わったのやら・・・。
「いやぁ、でも何故かなっチャンは俺のことだけ覚えててくれたみたいでもう感激!!」
「私も久々に知ってる人に会えて感激ー!!」
 私達は二人でそんな事を言いながらひしっと抱き合う。
「おい銀・・・那智から離れろ」
「えー?はや兄ヤキモチ?」
 ぶすっとしたままあえて静かに言う疾風に銀ちゃんは面白そうに問いかける。
 実は私も楽しんでやってたり。
「・・・・追い出してほしいのか?」
 けれど、凄みを利かせて疾風がこんなことを言ったもんだから即座に私達は離れる。
「よし。それでいい。で、お前が聞きたいことは何だ?」
 少しイラツキを感じさせる声で疾風はそう言った。その問いかけに対して銀ちゃんは暢気に答える。
「あー、はや兄が帰って来るまでなっチャンとも話してたんだけどなっチャンって本当に記憶喪失なの?」
「・・・・・・は?」
 銀ちゃんの言葉に疾風は間抜けな声を出す。そして、呆れたように溜息。
「当たり前だろ?友達のことも、一緒に住んでた俺のことさえも忘れてんだから」
「でも俺のことは覚えてるよ?」
 そう言って銀ちゃんは同意を求めるように私の方を見る。慌てて私は頷いた。
 それを見た銀ちゃんはニヤッと笑う。
「ホラね。もしかしてはや兄となっチャン・・・倦怠期けんたいきだったんじゃないの?」
「黙れ」
 疾風が面白くなさそうに銀ちゃんの言葉を跳ねつける。
「倦怠期ねぇ・・・・」
 私の口からは思わずそんな言葉が漏れた。記憶が無い今は分からないけどもしかしたらその可能性もあったかもしれない。だってそうじゃなきゃ一緒に住んでた恋人のこと忘れるわけないもん。
 そして何で銀ちゃんのことだけ覚えてるんだ、自分。
「まぁ・・・なっチャンが案外元気そうで良かった。そろそろ遅いし俺帰るわ」
 そう言って銀ちゃんが立ち上がった瞬間、私は思わず彼の服のすそを掴んでしまった。
「えっ?」
 驚いたように声を上げる銀ちゃんと、驚いたように私を見る疾風。勿論私も驚いてる。どうして勝手に手が動いたんだろう・・・。
「あっ、ゴメン何でもない!!」
 慌てて手を離してそう言うと銀ちゃんは笑って「ばいばい」と言って部屋を後にした。
 後に残ったのは何処か後ろめたくて重い雰囲気。
「那智」
 と、急に名前を呼ばれて私の体はビクッと震える。
 今の今まで忘れてたけど・・・・私今朝置手紙までして出て行ったんだった・・・!!
 顔合わせないように頑張ってたのに水の泡じゃん!!
 そんな事を思っていると、不意に体を抱きしめられる。
 ・・・ってちょっと待て!!これじゃ昨日と同じような展開じゃないか!!
「は・・・疾風!?」
 私は慌てて抵抗した。が、やっぱりコイツの力に適うはずもなくますます強い力で拘束される。
「ちょっと・・・・」
 何処か脱力感を感じる声でそう言うと、耳元で囁くような声が聞こえてくる。
「何で・・・・アイツのことだけ覚えてて俺のことは綺麗さっぱり忘れてんだよ・・・」
「は?」
 それまでしんみりとした空気が私のこの一言で見事に崩される。
「・・・何だよ”は?”って。お前は他の男に甘すぎなんだよ!!」
「なっ・・・・ワケ分かんないこと今持ち出さないでよ!!」
 いつの間にか抱きしめられていた体も自由になり、可笑しな言い合いが始まってしまった。
「大体この前学校に行った時だって人がメチャクチャ心配してたのにお前は暢気にあのクソ餓鬼と仲良く歩いてやがって!!」
「はぁ!?海道は今関係ないじゃん!しかもユメも一緒に居たでしょ!!」
「お前はもうちょっと危機感を持て!!」
「何の危機感だよ!!」
 ハァ、ハァ、ハァ。
 お互い一気にまくし立てたためかなり息が荒い。っていうか疾風が何言ってんのか本当に分かんない。
「何なの・・・・もう・・・」
 ワケが分からず、私はそう言って部屋を出て行こうとする。瞬間、
「・・・那智っ」
 何処か悲しそうな声で呼び止められ、私の足はそこから動かなくなる。
 ゆっくりと振り返るとその場にへたり込んでいる疾風の姿がある。
「・・・何?」
 ぶすっとしてそう問いかけると、疾風は何処か力ない声で言った。
「・・・悪い。何か・・・今メチャクチャ焦っててお前にばかり当たっちまう・・・」
 あぁそうですね。何故か私にばかり当たられてますねぇ。
 さっきの言い合いのせいで機嫌が斜め下がりな私はやっぱりぶすっとして奴の話を聞いている。
「お前の事1番に想ってるつもりなのに・・・お前が覚えてるのは銀太の事で俺の事なんか全部忘れて。それで友達とも楽しそうにしてるしさ・・・・」
 そう言って頭を垂れている疾風を見るといつもの俺様っぷりは何処に行ったんだと突っ込みたくなってくる。
 でもそれはまさか・・・ひがみ?
 ・・・・ますますワケ分かんない。
 そんな事を思って顔をしかめていると、不意に疾風が顔を上げる。
「俺は・・・・記憶のないお前が俺から離れていくかもって思うと不安で不安で仕方ない・・・」
 その一言で私は疾風の想いを悟った。
 ・・・つまりは、私を失いたくないってことでしょ?
 自意識過剰とかそう言うのじゃなくて・・・両親といろいろあった疾風は私が離れていくと本当に独りになるから。
 だから私は、コイツから離れちゃいけないと思ったんだ。
「・・・・大丈夫だよ。私だってアンタに見捨てられると行くとこないもん」
「那智・・・」
 私の言葉を聞いた瞬間、少し驚いたように呟いて顔を上げる疾風。
「本当か・・・?」
「うん」
 コクッと小さく頷く。すると、疾風の顔が一気に安心したように緩んでいった。
「・・・良かった・・・・」
 そう言って疾風は私に手を伸ばす。
 その手を取るというのはどういう意味なのかも考えず、ただ自然に私は奴に近づいて。
 そうしてこの時、初めて優しく抱きしめられた気がした。

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