第5話 思ってもみなかったこと―4
「あ」
 完璧に向こうのペースに巻き込まれておとなしく疾風に抱きしめられていると、ふと重要なことを思い出す。
「何だよ?」
 ムードを壊された疾風はあからさまに不機嫌そうな顔で私を見下ろす。
 つーかコイツやっぱり性格悪いわ。
 ムカッと来た私はグイグイッと疾風を押しのけて自分と奴との間にスペースを作る。
「ねぇ」
 そして、軽く睨みながら言う。
「私の両親、交通事故で亡くなってるって本当?」
 すると、疾風が面食らったような顔になって口ごもる。
「お前・・・・何処でそんなこと・・・・」
 動揺してる。明らかに動揺してるよこの人。
「何処だっていいでしょ。っていうか記憶喪失でも何でも自分の親のことぐらい気にするのが普通じゃない?」
 もう1度キッと奴を睨みつける。誤魔化せると思ったら大間違いだぞこのヤロウ。
「・・・話してもいいのか?」
「当たり前。つーか話せ」
 言いたくなさそうにそう言う疾風に私は腕を組みながら答える。完璧に強気モードなため、命令口調。
 そんな私をジィッと考えるように見つめ、やれやれと言った感じで肩をすくめる疾風。
「今話したらお前が混乱すると思って黙ってたけど・・・そんだけ踏ん反りがえって言うなら大丈夫だろうな」
 ムカ。
 何なんだその言い草は。まるで私が神経図太い人間みたいじゃないか!
 微妙にけなされている様な気がして私の中のイライラは大きくなっていく。
 疾風サン、いい加減話さないと私この家出て行くよ?
「じゃーまぁ・・・話すぞ?」
 と、やっぱり何故か話したくなさそうに疾風がそう言ってソファーに腰掛ける。
「う・・・うん」
 自分で散々話せといったくせに、実際奴が話をはじめると真実を知るのが怖くなってしまった。
 記憶がなくても両親が居ない、ということを受け入れるのはやっぱり抵抗があるみたい。
 でも――・・・・ちゃんと聞かないと記憶もこのまま戻らない気がする。
 膝の上に置いた手にキュッと力を込め、気合を入れなおす。
「・・・那智?本当に話しても大丈夫なのかよ?」
 そんな私を見て眉をひそめながら言う疾風。
 こんなところで気を使うぐらいなら普段からもっと優しくしてくれなんて、切実に思いながら
「大丈夫だから。早く話して」
 と、愛想も何もない顔で答える。疾風は1つ溜息をついて「分かったよ」と言ってからまた本題に戻る。
「確かにお前の言うとおり、お前の両親は交通事故で亡くなってるよ」
「・・・・そっか」
 覚悟はしていたけど、本当に昔のことを知っている奴からこう言い切られるとちょっとだけ気持ちが沈んだ。
 記憶もないのに。どんな人たちだったかも分からないのに寂しさがこみ上げてくる。
「確かお前が7,8歳のときだったかな・・・・。雪の日でさ。その時お前は俺と一緒に留守番してて無事だったけど二人で出かけてた両親は雪で車がスリップして対向車にまともにぶち当たって」
 まるでその日のことを思い出すかのように、天井を見つめながら疾風は話す。
「それからお前は親戚に引き取られたけど両親が亡くなったことが相当ショックだったみたいで全然喋らなくなって笑わなくなった。親戚の人たちも途方にくれてて、だから当時から仲の良かった俺がお前を引き取った」
 疾風は淡々とそう話す。気を使わずに、その時のことをありのままに話してくれるのがかえって有難かった。
 変に気を使われて自分の中に誤った記憶が出来ても困るし。
「えっと・・・疾風が私を引き取ったのは私が何歳ぐらいのころ?それにアンタだって引き取れるような年頃じゃなかったでしょ?」
 一通り理解したけれど、細かいところが納得のいかない私はおずおずと奴にそう問い掛ける。
 疾風は思い出しながら答えているのか、言葉が途切れ途切れになっている。
「多分・・・・お前が中学上がる前ぐらい?それに引き取ったのは俺じゃなくて俺の親。まぁ・・・・その時からいろいろ事情があってほとんど家に両親は居なかったから実際は俺とお前の二人暮しみたいなもんだったけど」
「ふーん・・・」
 そう言うことですか・・・、なんて妙に納得してみたけど年頃の女の子と息子を二人で置いていくなんてどうかと思いますよ、疾風のご両親。
「あ、でもお前はうちの戸籍に入ってないから心配すんな。ちゃんと嫁にも来れるからな」
「ふざけんな」
 せっかく大事な話してたのに・・・何でここでそう言うことを言うんだ!!
「まぁ、結構な間ここに住んでるわけだしこれからも自分の家だと思って住めばいいんじゃね?」
「・・・へっ?」
 唐突に疾風がそんな事を言うから私はかなり戸惑った。
 でも、ここに居ていいって言われるとやっぱり嬉しいみたい。
「ありがと・・・・」
 記憶のない私なんかを受け入れてくれた事、この時ばかりは本当に感謝します。

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