第6話 ハプニング―2
海道がおかしいおかしいおかしい。
ずーっとそんな事を考えながら歩いていた私は、気づいたときにはすでに校門をくぐりり抜けていた。
自分でも少しびっくりしつつ(何がビックリってこんなに真剣に奴の事を考えてた事)、いろんな生徒の声が響く校庭をぐるりと見回してみる。
朝練とか言ってたけど・・・・本当なのかねぇ。
1番最初に目に付いたのは陸上部。何人かずつでグループになって校庭を走ったり短距離を測ったりしていた。
次に目に入ってきたのは野球部。野球の事は良く分からないけどピッチングとかそういうのをしてるみたい。
そしてその横のほうでサッカー部が1個のボールをみんなで取り合っている。
結構な人数が集まっている中で、意図も簡単にそのボールを操ってゴールに向かう人が居た。
まるでボールが生きているみたいに動いている、あるいは足に吸い付く様に動くのを見て思わず感嘆の声が漏れそうになった。
けれどそのボールを操っている人物に目をやったとき、感嘆の声は驚きの声へと変わった。
「かっ・・・・海道ぉぉぉ!?」
今までボールにばかり目をやっていたせいで見えていなかったけれど、視野を広げた瞬間あのオレンジの髪が目に入って心底驚く。
思いっきり叫んでしまった私は慌てて口を手で塞いだ。
「あ、なっチャンだー。おはよー」
私の叫び声を聞きつけた陸上部の子がそう言って手を振ってくる。
「お・・・おはよー」
恥ずかしくなって、はにかんだように笑いながら手を振り返した私は再度海道に目を向けた。
まだボールは奴のもとにある。追いかけてくる他の人たちをぐんぐん引き離して一人で突っ走っているようにも見えるけれど、そのうち余裕のゴールを決めてしまった。
海道――ボール――を追いかけていた他の部員は悔しそうに声を上げた。
「おい海道ー!!お前途中から来ていいところ取るなって!!」
「先輩スイマセン。ってか俺ら同じチームじゃないっすか」
一人が海道の腕に手を回してそう叫ぶと、海道は苦笑を浮かべる。でも楽しそう。
空に昇る太陽の光を受け、おでこに汗がキラキラと輝いている。
・・・いいなぁ。青春だ・・・。
って何オバサンみたいな事思ってんの自分!!
「・・あれ?麻生?」
思わずぶんぶんと首を振ると、その様子が目に入ったらしくポカンとして海道が声を上げる。
「あ、あれが例の麻生さん!?」
海道の言葉に続き、先輩と思われる人物達が続々とこちらを振り向く。
・・・・例のってなんだよ。しかもこんな校庭のど真ん中で注目されても困るから・・・。
一斉に注目を浴びた私は、一人でたじろいでいた。すると見かねた海道が慌てて「俺ちょっとタオル取ってきます!!」と言ってこっちに駆け寄ってくる。
「ゆ〜っくり取ってきてもいいんだぞぉ」
「そうそう。ごゆっくり、海道クン。こっちは楽しくゲーム続けてますから」
先輩らしき人たちはそんな海道に向かってにんまりとした嫌〜な笑顔を向けてそう言った。
・・・こんなのでいいのかサッカー部。
そんな事を思いながら突っ立っていると、ハァハァと息を切らせて走ってきた海道。
「海道ってさぁ・・・・サッカー部だったんだ」
「まぁ・・・前にも言ったけどな。麻生は帰宅部だろ?」
「みたいだね」
開口1番でそう言った私に、海道は少しだけ恥ずかしそうに笑いながら答える。
「で、何してんの?」
と、急にそんな事を聞かれ思わず私は口ごもった。
「えーっと・・・、たまたま目に入っただけ・・・かな」
誤魔化すように笑いながらそう言うと「何だそれ」とおかしな顔をされた。
・・・・いやぁ、いくら私でも「本当に朝練があるかどうか気になって」なんて言えないよ。
そんな事言ったらまるでコイツの事意識してるみたいじゃん。この馬鹿に言ったら絶対何か勘違いするだろうし・・・。
手のかかるキャラは疾風だけで勘弁してください。
「でもさぁ、凄いじゃん。足速いんだ、海道」
私は話題を変えた。多分あのまま続けていると気まずい雰囲気が流れるだけだし。
突発的なことを言われた海道はかなり驚いたような顔をする。
「え?麻生が俺の事褒めてくれんの初めてなんだけどっ!!」
そして、興奮気味にそう言うと驚きと喜びの入り混じったような笑顔を浮かべた。
「・・・そんなに嬉しいの?」
思わず苦笑しながら問い掛けると、奴はニッと笑い
「これからもっとカッコいい所見せてやるから、ちゃんと見てろよ!」
そう言い残してまた元の場所に戻って行く。
だから私も負けずに、走っていく奴の背中に向かって
「ナルシストー」
と、にこやかに叫んだ。その瞬間海道の体制がガクっと崩れたように見えた。
馬鹿だ馬鹿だ。いつもの単純馬鹿海道だ。
そう思って笑っていると、何処からともなく殺気にも似たようなものを感じて思わずぶるっと身震いした。
それに続いて、突き刺さるような冷たい視線を感じる。
なっ・・・・何なんだこれは!?
「おはようございますー」
向けられている視線が何処からのものなのか探ろうと、振り向きかけた瞬間にそんな声がかかり思わずビクッと体が反応する。
これは・・・・聞いた事がない声だ。
ちょっと幼さの残るような高めの声。多分可愛い部類に入るんだろうなぁ・・・。
そんな暢気なことを考えながら、私は振り向いた。
そこに立っていたのは自分の顎ほどまでの背丈の、ジャージ姿の小柄な女の子。
軽く肩ぐらいまではあるだろうふわふわの長い髪の毛を、頭の上で1つに結っている。
・・・可愛いなぁ・・・・。
って見惚れてる場合じゃないぞ自分。
「えーっと・・・誰?」
見た事のない少女を前に、戸惑いながら声をかける。まだクラスメート全員の名前を覚えてもいない私だけど、この子は本当に見たことがない。
誰だ誰だ。もしかしてこの小ささからして、下級生?
「私サッカー部のマネージャーで、1年の萩原風月って言います」
あ、やっぱり。
萩原風月と名乗った女の子は、まるで花でも咲きそうなほんわかした笑顔を浮かべながらそう言うと、ぺこっと頭を下げる。
「あ、ヨロシク。私は2年の麻生那智って言いますッ」
つられて私までそう言って頭を下げた。
・・・何だか緊張するな・・・。
萩原さんは顔を上げると、ジーっと私の顔を見る。
「え?何?何かついてる!?」
可愛い子に見つめられると照れるって!!
慌てて顔を手で覆うと、
「あっ、違いますよ!」
と否定された。
・・・じゃぁどうして私はそんなに見られてるんでしょうか・・・?
「あのー・・・麻生先輩って、海道先輩と仲いいんですか?」
私が軽く首を傾げたとき、不意に萩原さんが口を開いた。
「へっ?」
唐突にそんな質問をされ、私は思わず声を上げる。
「い・・・いや、仲がいいって言うか・・・んー、1年時から友達っぽいんだけどね」
どう答えたら良いんだろうか・・・。
そう思った私は一瞬のうちでいろんなことを考えた挙句、曖昧な答えを出した。記憶のない今の私じゃハッキリしたことは言えないから。
「”っぽい”ってどう言う事ですか?」
萩原さんは私の返答に訝しげな顔をする。
「あー・・・まぁ、ね。自分でも良く分からなくて」
やっぱり今度の返答にも困った私は、誤魔化し笑いを浮かべてそう言う。
するとその瞬間、彼女の目が心なしかきつくなった様な気がする。
いや、気がする、じゃなくて確かにキツくなった。
「と言う事は麻生先輩は・・・海道先輩に対して恋愛感情があるかもしれないんですね?」
「・・・・えっ!?」
冷笑のようなものを浮かべてそう言う萩原さんの言葉に私は驚いて声を上げつつ、一歩後退した。
怖い。
怖い怖い。怖いよこの子!!
先ほど感じた殺気のようなものを今度は至近距離で感じ、私は確信した。
さっきのアレは・・・この子のだったんだ。
「れ、恋愛感情なんてないよ!!私彼氏いるし!!」
「本当ですか!?」
あ、咄嗟に嘘ついちゃった。
・・・・まぁいいや。何か殺気が感じられなくなったし・・・。
「・・・うん、本当だよ」
一瞬にしてパァッと顔を輝かせた萩原さんを前にして、仕方なく私は嘘をつきとおすことにした。
「そうですか。言われてみれば麻生先輩綺麗だし、彼氏ぐらい居るのが普通ですよね」
彼女はまた元のような笑顔を浮かべてのほほん、とそんな事を話す。
いや、綺麗って言われるのは嬉しいけど・・・・どうしてこんな肩身の狭い思いをしなければいけないんだろう?
「私・・・・」
そろそろここから逃げたい。
そう思っていると、熱っぽい表情を浮かべて海道の方を見ながら萩原さんが口を開いた。
もしかして・・・もしかしてこの子・・・・
「私・・・海道先輩のこと好きなんです・・・」
・・・・予感的中ー!!
「あ、あの海道の事が!?」
・・・ハッ。
正直者の私は口に出してしまってから激しく後悔する。
「”あの”・・・・?」
萩原さんの顔が、またしても冷たく凍る。
「海道先輩、サッカー部のエースで運動できるし顔もいいし面白いしで1年の女子の間ではかなり人気あるんですよ!?」
ひーっ!誰か・・・・誰かヘルプミぃ!!
「そ・・・そうなの・・・・?」
「そうなんですっ!」
嫌だぁ!!何で朝から下級生に怒られてんの私ー!!
もう・・・あの馬鹿海道のせいだぁー!!
「私、いろんな女子の圧力にも負けずに頑張ってサッカー部のマネージャーになったんです!だから絶対これからも頑張って先輩の彼女になりたいんです!」
「・・・へぇ・・・」
凄い・・・凄いぞ萩原風月。こんな可愛い顔して・・・。
彼女の気迫に圧倒されて、もう私の口から出てくる言葉はない。ただ感心するしかないだろう。
そう思っていると、不意に手を取られる。
「だ・か・ら・っ!」
「へ?」
気づいたときにはギューっと両手を握られ・・・目の前にはうるきゅーんとした目でこっちを見つめてくる萩原さんの姿が。
・・・・何か物凄〜く嫌な予感がします。
「麻生先輩・・・・私に協力してくれませんか!?」
・・・・またもや予感的中ー・・・。
「えと・・・」
「ダメですか!?」
うるるん、とした瞳が悲しそうにこっちを見つめてくる。
ダメです!!・・・なんて断る理由も特になく・・・・
「アハハ。もう何でも任せちゃって」
「きゃー!嬉しいー!」
大半が諦めモードに入った私は呆けたような笑みを浮かべて快諾してしまっていた。
目の前ではまるで小動物が飛び跳ねているみたいな愛らしさの彼女。
・・・いやー・・・・。
「あ、もうそろそろ朝練終わるんで私これで失礼します!それから私のことは風月って呼んで下さいね、麻生先輩っ」
もはや放心状態の私に爽やかとしか言いようのない笑顔でそう言うと、これまた爽やかに風月ちゃんは走り去っていく。
・・・・もう可愛いなんて思う気力はありません・・・・。
本当に嬉しそうに、練習を終えた海道にタオルを渡す風月ちゃんを見ていると何もかもがどうでも良くなってきた。
ただ分かるのは、これからめちゃくちゃ苦労する日々が始まるって事。
・・・・誰か。
誰でもいいから私に平穏な日々を与えてください・・・・。