第6話 ハプニング―3
「ってなわけで疲れたー!!」
「ハイハイ、良く頑張ったねなっチャン」
 とりあえず風月ちゃんから解放された私は、朝練の終わった海道なんて放って置いて教室に向かった。
 そこでもうすでに登校していたユメに今までの事を話す。すると、ユメはなだめる様に机に突っ伏している私の頭を撫でた。
「そう言えばあの子、部活中にも良くニコニコして洋介と話してるからねぇ・・・」
「・・・マジ?」
 何故か楽しそうに微笑みながら言うユメに嫌〜な予感を覚え、私は引きつった表情で言った。
「大体なんで私が協力しなきゃいけないんだよー・・・!」
「そんなの、なっチャンがハッキリ断らなかったからでしょ」
「・・・・・・」
 ユメってたまに物凄く痛いところ突いてくるよ・・・。
「でもさぁ!あの状況で断れって言う方が無理!怖い!私は殺気を感じたー!」
 この際自分が優柔不断なのかどうかは置いといて、とりあえずあの場は怖かった。マジでひいたよ。
「そんな感じの子には見えないけどねぇ・・・」
 叫ぶ私を前にしてユメは苦笑する。
「殺気がどうしたって?」
 丁度そのとき、何か見計らったようなタイミングで海道登場。
「わ、出た」
「おはよー洋介」
「おー、ユメ。・・・んで、出たって何だよ!っていうか麻生、普通あそこまで見といて先行くか!?」
 信じられないという目でそう言う海道に一言「ごめん」と感情のこもっていない謝罪をする。
 それがどうやら相手にも伝わったようで。
「お前、俺を馬鹿にしてるのか?」
 悲しそうな、寂しそうな顔で海道が言った。
 今コイツに構っているとどうしても風月ちゃんの言葉が出てきてなんだかむかむかして来る。
「あーもううっさい!!私はアンタのせいで朝からひどい目にあったの!!」
「え?逆切れ!?」
「逆じゃないっっ!!」
「・・・なっチャン落ち着いて・・・?」
 とうとう立ち上がって怒鳴り始めた私をユメが必死でなだめる。海道は話がつかめず、ぽかんとした顔で私を見る。
 そんな奴を睨むように見て、私は一言。
「ねぇ、マネージャーの子どう思う?」
 率直だな自分。そう思いつつ、尋ねてみる。当然朝の教室には登校してきたほかのクラスメイトとかも居るわけで、今の私の言葉が物凄く意味深なものに聞こえるかもしれないけど・・・・
 今そんなのに構ってる暇はありません。
 私はとりあえずあの子から解放されたいっ・・・・!!
「マネージャーって・・・・萩原の事?」
 引きつった顔で聞く海道に軽く頷いて「どうなの」と迫る。
「どうって言われても・・・・いい子だけど・・・・」
 難しい顔をしてそう答えた海道。が、その瞬間何かを悟ったように顔がパッと明るくなる。
「もしかして麻生、俺の事・・・・!!」
「好きじゃないから」
 へっ。アンタの思いつくことなんてお見通しだよ!
 物凄く綺麗なタイミングで言ってやると、ガックリと頭をたれる海道。
「じゃぁ何でそんな事聞くんだよ・・・・」
 困り果てた顔で頭を掻きながら、拗ねたように海道は言う。
「それは――・・・」
  「ヒ・ミ・ツ。ね、なっチャン」
 私が事情を説明しようとしたとき、それを遮ったのはユメだった。
 こっちに向かって可愛らしく小首をかしげる。
 ・・・・って、何だその意味深な言葉ー!!
「ユメ・・・?」
 何か企んでるぞ・・・絶対。
 そう思いながら顔をしかめると、ユメはにへっと笑うだけ。
 対して海道は、いよいよ頭を抱えるほど悩み始める。
「何だ?俺朝から麻生を怒らせるような事したか・・・!?」
「洋介の鈍感ー」
「何か知ってるなら教えろよユメ!!」
 一応言っておきますが・・・・
 この話題の中心は私です。
 ってなわけで自分自身の頭も混乱するまま話を進められるのはとっても不本意な事であって・・・
「・・・SHR始まるから席着くよ?」
 とりあえずこう言って、私はその場から逃げてきた。
 チラッとあとの二人を見ると、海道はまだ何か難しい顔をしてるしユメは怪しい笑顔を浮かべてるしで。
 こんな事なら海道に突っかからなかったら良かったとか、今更ながらに後悔してる私。はい、馬鹿です。
 「身から出たサビ」とか言うことわざがあったような気がするなー・・・。
 ・・・と、まぁこんな事から始まった今日1日は、何故かとてつもなく疲れたような気がした。

――「ただいまー・・・つっても誰も居ないけどね」
 学校からまるで重たい荷物を持って帰ってきてしまったようにだらしなく家のドアを開け、私は1人でそう言って、1人でハハっと笑う。
 定番になってしまったここ、山本家。ついこの間までは見ず知らずのこの場所には何の親近感も安心感もなくて、ただ「デカイ」としか思ってなかったけど。
 ”これからも自分の家だと思って住めばいいんじゃね?”
 疾風がこう言ってくれてから、今までの緊張感が和らいだような気がした。
 今ではもうすっかり「我が家」って感じで落ち着ける。
 家の主である疾風は会社に行ってるから私が学校から帰ってきたときはまだ帰ってない。
 勿論その場合、当然のように夕食を作ったりするのは私の役目になってくるわけで。
 ・・・まぁ、どうにか家事はできるから問題ないんだけどさ・・・。
 私はいつものように、今日の夕食は何にするかなんて考えながら自分の部屋に向かう。
 そしてそこで制服を着替え、テレビでも見にリビングに向かった。
 ――丁度その時だ。驚いて叫びそうになったのは。
 けれどその叫び声をぐっと飲み込んで、私はソファーで堂々と眠りこけている奴の名前を呼ぶ。
「・・・疾風!?」
 ・・・どうしてコイツが、この時間にここに居るの。
 スーツのまま、片手を無造作にソファーから投げ出して眠っている奴を見て私はポカンと口を開く。
 何で。どうして。
 ・・・もしやまたいつかみたいに会社早びきしてきたんじゃ・・・・!?
 あれ?会社って早びきっていうんだっけ?・・・ま、今そんな事どうでもいいとして・・・
「疾風ー・・・」
 恐る恐る奴に近づきながら、そう呼びかけてみる。
 本当に眠っているのかどうか分からないので迂闊なことは出来ない。
「ねぇ・・・」
 けれど、呼びかけにも反応しないので思い切って体を揺すってみた。
 が、反応なし。
 ・・・・マジ寝っすか。
「もー・・・スーツしわになっても知らないからねっ」
 1人ブツブツそんな事を言いながら、私は奴に背を向ける。
 寝てるなら仕方ない。放って置いて少し早いけど夕食の準備でもしようかな。
 ・・・起きたらどうしてこんな時間に帰ってたのか聞かないと。不真面目社会人め。
 そんな事を思いながら、私はキッチンに向かった。

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