第8話 続・ハプニング 2
 あまり気が進まないまま、その日はやって来てしまった。
 何故かこの日朝からご機嫌斜めな疾風は放っておいて、私は愛犬のマロンに別れを告げて学校に向かう。
 海道の「話したい事」っていうのが気になって行く事を決めたけど、これでくだらない話だったら許さない・・・。
 ・・・にしても、何で疾風はあそこまで海道を嫌うんだろう。不思議。いつもの言い分からして物凄く好みの問題のような気もするんだけど・・・。
 まぁね、所詮私はあいつじゃないから分からないさ。
 楽観的になってそんな事を考えながら私は学校に向かった。
――「麻生ーっ!」
 学校に着くなり名前を呼ばれ、私は声の方に振り返る。
「あ、海道」
「あ、ってお前・・・。ちゃんと来てくれたんだ」
 そう言ってはにかむように笑った海道は、ちゃんとユニホームを着て少し息を切らせている。
 良く見てみると額には汗が光っているような・・・・・・って、ちょっと待て。
「あんたウォーミングアップは!?」
 多分この様子からして、わざわざ抜けてきたんだよね?そうだよね?
 ・・・・・・何してんだ馬鹿海道。
「えーと・・・ちょっと休憩?」
「何?余裕なの?」
「違うってー。ちゃんと麻生が来てくれたからさ、声はかけて置こうと思って」
 ちょっと皮肉ってみたけれど、何だかとっても嬉しそうに笑って言う海道を見るとこれ以上ムダ口を叩く気も失せた。
 ・・・・・・・何だかなぁ。もしこんなところ風月ちゃんに見られでもしたら・・・・
「おはようございます麻生先輩」
「へっ!?」
 突然背後からにょっと手が伸びてきたかと思うと、嫌〜な感じとともに肩に手を置かれた。
「風月・・・ちゃんっ・・・」
 あなた・・・・噂をすれば影ですか!それとも私の心を読んだんですか!?
 ぎこちなく振り返ると、そこにはエヘヘ、と可愛く笑う彼女の姿。
 うん、まぁ・・・・表面上だけって感じ?
 怖い。とてつもなく怖いですよあなた。
「あれ、萩原。どうしてこんな所に?」
 何も知らない海道はそんな質問を風月ちゃんに投げかけて、軽く首をかしげる。
 それを見た彼女の頬がほんのちょっと染まったのを見ると、思わず何だこの豹変振りは、と叫びたくなる。
 ・・・・・・・抑えろ・・・・耐えるんだ自分!!
「えと、麻生先輩の姿が見えたから挨拶しなくちゃって思って」
 誰にも見えないように小さく拳を作って気合を入れた私をよそに、熱っぽい表情で風月ちゃんはそう言った。
「へぇ。麻生と萩原っていつそんなに仲良くなったんだ?」
「えーっと・・・まぁ、いろいろあってね」
 今度の海道の問いかけには私が曖昧に答えておく。それから「ね?」と風月ちゃんの方にも同意を求めると。
「はいっ」
 とっても可愛らしい笑顔で返されましたよちょっと。
   ・・・・多分、この子は無意識に殺気を出してるんだろうなぁ・・・。
 海道の事が絡んでなかったら普通に可愛い子だと思うんだけど・・・。
「それよりさっ、そろそろ練習戻った方がいいんじゃないの?もう時間だってないだろうし」
「あ、ヤベ。あんまり長く抜けてると先輩に苛められるっ」
 これ以上コイツをここに留めておいてもいい事がないと感じた私は素早く話を切り替えた。
 すると海道はわざとらしくこう言って
「じゃぁ、また後でな!」
 爽やかとしか言いようのない笑顔を向けて走り去っていく。
 ・・・・・・・でもあんた、それってどっちに向けた言葉よ?
 チラリと隣を見てみると、予想通りその言葉は自分に向けられたものだと受け取った風月ちゃんが目をハートにする勢いで海道を見送っている。
 凄い。君はある意味本当に凄いよ。
「風月ちゃんは・・・・・本当にあいつのことが好きなんだねぇ」
 そろそろ彼女をこっちの世界に引き戻そうと、私は極力のんびりとした口調でそう言ってみる。
「勿論ですっ」
 あ、即答。
「私、海道先輩が試合とかで活躍してるところが1番好きなんです〜」
「へぇ・・・・・」
 ほんわかという形容が似合う表情で言った風月ちゃんを見て私は苦しい笑顔を浮かべる。
 そろそろこの場から離れたい気分だ・・・・・。
「あ」
 不意に彼女の顔が元に戻って・・・・・・と思ったら、何だかだんだん黒いオーラが増えてきてる気がする・・・・・・!?
「そう言えば、どうして先輩がここに居るんですか?」
 まるで邪魔者を見るような目が普通に怖いのですが?
「えぇっと・・・・・ちょっと話があるからって呼ばれて・・・」
「誰に、ですか?」
「・・・・・・・・・・・・・海道」
 拷問ですかこれは!!
 ジーッと見つめられ、私は仕方なく消え入りそうな声で答えた。
 するとその瞬間。
「それってまさか・・・・・・・・告白とかじゃないですよねぇ!?」
「うわぁっ、落ち着いて風月ちゃぁーん!!!」
 思いっきり両肩を持たれ、前後に恐らくは力任せで揺すられる。
 私、泣いてもいいですか・・・・?
 っていうか自分!!どうしてこんな年下にやられっ放しなの!!
 これじゃぁ先輩の威厳も何もあったもんじゃないよー!!
「とりあえず、試合!始まるからそろそろ行こう!!」
 我を忘れている風月ちゃんに必死でそう呼びかけると、途端に彼女の動きがぴたっと止まる。
 おかげで今まで揺すられていた私の体は勢い良く傾いた。でもそれは自力で体制を立て直して・・・。
「ね?風月ちゃんはマネージャーなんだし遅れちゃまずいでしょ?」
「あ、そうでした!ごめんなさい、私ったら・・・!」
 彼女は慌ててそう言うと「お先に失礼します」と言って私の前から走り去る。
 もうこの子こそ「嵐の様な」っていうのが似合うと思うよ本当。
 物凄く疲れた気分で走り去っていくその姿を見送りながら、ゆっくりと私も歩き出した。
 あぁもう・・・・。それもこれも全部海道のせいだ!この際問題の全てを奴に押し付けてやるっ・・・!
 げんなりとしながら溜息をついて、私は何も知らずに必死にサッカーボールを追いかける海道を睨みつけた。 

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