第8話 続・ハプニング 3
やっぱり海道って、サッカーの腕前だけは凄いと思うよ本当。
呑気にぼけぇっと試合を眺めながら、私は海道のその身のこなしに感心していた。やすやすと相手からボールを奪うし、奪い取ったら滅多にそれを敵に取られる事はない。やっぱりボールが海道の足に吸い付いているみたいに見えるのは私だけなんだろうか。
一人でボールを独占しているわけでなく、ちゃんと仲間にもパスを回している辺り・・・・やっぱり上手いとしか言いようがないんだろうなぁ。
「お疲れ様ですっ」
休憩に入るとすかさず風月ちゃんが、海道に駆け寄ってタオルを渡す。
「サンキュ」
何にも分かってない馬鹿海道はにーっこりと満面の笑みを浮かべてそれを受け取るものだから、風月ちゃんは今にも昇天してしまいそう。鈍い男だ、全く。
少し離れたところから二人を観察しつつそんな事を思っていると、
「麻生ー!」
不意に、海道とバッチリ目が合う。しかも向こうは眩いばかりの青春スマイルを浮かべて手を振りつつ、こっちに駆け寄ってくる。
・・・・――あんた無駄なリアクションはいらないー!!
ぎょっとして駆け寄ってくる海道と風月ちゃんを交互に見てみると案の定私、物凄く凝視されてる。
ヤダヤダ、こっちくんな馬鹿海道!ってかそのリアクションが大げさなんだよ!!
「マネージャー、ちょっとー!」
「あ、はいっ!」
と、そこに救世主の如く誰かの声がかかる。呼ばれた風月ちゃんはハッと我に返ると、こちらを気にしつつも急いで声の主の方に駆けていく。
た・・・・・・助かった・・・・・・・・・。
「麻生ー?何見てんだ?」
「・・・・あんた当分私に話し掛けないでくれる?」
「はぁ!?」
何でだよ何でだよ何でだよー!!と、しつこく、かつうるさく喚く海道には大きな溜息を1つ零す。いや、零さずにはいられない。あんたのせいでどれだけ私が気使ってる事か・・・・!
「あ、そう言えばさっきの俺のプレーちゃんと見てたか?」
なんて立ち直りが早い奴だ・・・・・。
急にパッと顔を輝かせ、そう尋ねる海道に思わずそんな言葉を漏らしそうになったけどここはグッと我慢して。
「あぁ・・・見た見た。ほかに見るものもないし」
「・・・もっと言い方はないのかよー・・・。で、どうだった?」
「どうって・・・まぁ、上手かったんじゃない?」
キラキラと目を輝かせながら言う海道に、正直にそう答えると奴の顔が少し照れくさそうに破顔した。
「麻生が・・・麻生が俺の事褒めてる・・・!」
「けなした方が良かった?」
「滅相もございませんっ!!」
にやりと嫌味な笑みを浮かべて言うと、単純馬鹿海道は慌てて猛否定した。面白い奴だ。
「まぁ・・・次も頑張ってね」
「勿論!あ、試合終わったら話あるからとりあえずそこら辺で待っといてくれよな」
それから、じゃぁ、と短く言って海道は走っていった。この間幸い風月ちゃんは忙しそうにちょこまかと動き回っていたため、私たちの事は見えていないようだった。
「はぁ〜・・・」
とりあえず大きく息を吐き出して、私はその場に座り込んだ。
それから試合は、呆気なくうちの学校が勝利を収めて終わってしまった。相手が弱かったというわけではなく、それは単に海道っていうずば抜けた選手が居たからだと思う。
・・・・・・こんな奴にもこんな特技があるんだよなぁ・・・・・・。
人って何か必ず、他の人よりも優れてるものがあるんだから大丈夫さ。自分。
無理矢理自分をそう納得させた私は、それから海道が帰りの身支度を整えるまでぼんやりと空を仰いでいた。視界に広がるのは何処までも続く青い空。あー綺麗ー・・・・。
「悪い麻生、遅くなったー!」
――と、不意に声がかかり視界に広がっていた青い空が思いっきり遮られる。
「ぅわぁっ!?」
「いでっ・・・・・・・!!」
急に目の前に海道の顔が物凄いアップで現れて、驚いた私は反射的にぐいっとその顔を押しのける。しかもそれが力任せだったものだから奴は情けなく声を上げてよろめいた。
「痛い・・・痛いぞ麻生・・・!」
「あ・・・ごめ・・・・って、いきなり人の前に出てくるあんたも悪いんでしょうが!!」
「え?また逆切れ!?」
「だーかーらーっ、逆じゃない!!」
「逆でもないのかよ!じゃぁ何だ?麻生の逆じゃ無いって事は俺が麻生に?え、でも俺にしたら逆で――・・・」
「あーはいはい、分かったからもういいから!!」
自分で言ってすっかり混乱している海道はブツブツ何か呟いて、それが時間の無駄だと悟った私はすぐさま止めに入る。
「話があるんでしょ?だったらさっさと言う!」
早い所帰らないとそろそろ疾風のご機嫌もがた落ちするので、私は難しい顔をしている海道にそう言った。すると、奴はやっと思い出したようで急に表情を変える。
「あぁ・・・じゃぁとりあえずこっち来て」
何だかちょっとだけ真顔になった海道はそう言って、ずんずんと大またで歩き始める。慌ててそれについて歩き出した私は、1度だけちらりと風月ちゃんの様子を伺った。どうやら後片付けなんかが忙しいらしく、彼女は相変わらず忙しなく動き回っていてこっちには気づいていなかった。
・・・・・一先ず安心・・・・・・・。
ホッと安堵の溜息をついてから、私は海道に誘導されるままに足を進めた。
「・・・・で、どうしてこんな所?」
場所は移って校舎内。何故か私が連れて来られたのは、ある階段の、踊り場のようなところ。って言ってもそんな大層なものじゃなくて、階段と階段をつなぐ間の部分のようなものなんだけど。
「まぁ座れって」
あ、なに人の問いかけ流しちゃってくれてんのさ。あんた。
階段に座り込んだ海道を無言で睨みつけると、奴は慌てて言葉を続ける。
「今から話したい事があるんだよ!立ってたら落ち着かないだろ!?」
いや・・・・別にそこまで慌てなくてもいいんだけどね。
そう思いながらとりあえずその場に座った私を確認すると、海道は1つ深呼吸して、
「・・・・・・・・で、最近疾風さんとはどうだ?」
・・・・はい、私その入り方おかしいと思いまーす。
「何よ、いきなり「で」って」
思いっきり顔をしかめて聞き返すと、海道は少しだけ怯んだように情けなさそうな顔をする。
こいつ頭オレンジにして不良っぽくしてる割には小心者みたいなんだよねぇ・・・・。
「おっ、俺は麻生がちゃんと上手くやれてるか心配で聞いてんだぞ!?あの人いろいろと気の短そうな人だしっ・・・・!」
「まぁ・・・短いって言ったら短いね」
「だろ!?なのに記憶の無いままこんな長期間あの人と一緒に居ると麻生が何かされるんじゃないかって俺心配で・・・・!」
「その理由であんたに心配してもらえるとはねぇ・・・・」
何だか私はとっても複雑ですよ。
失笑しながら海道の話を聞いている私の頭の中には、山本家にやって来たばかりのころの記憶がフラッシュバックする。確かあの時、疾風は何にも分からない私にいきなりキスしてきて・・・・つまり海道は、そう言う可能性を心配してんでしょ?
・・・・・・・・ははは、とっても複雑。
「でも・・・・まぁ、」
いろいろ考えていると、頭の中には意外とたくさんの疾風との記憶が蘇ってくる。って言っても全部記憶がなくなった後のものなんだけど。
私は不思議そうにこっちを見て次の言葉を待つ海道に、小さく微笑んで。
「疾風は疾風なりに、頑張ってくれてるよ?」
そう言った瞬間、海道の目が驚きで僅かに見開かれた。そしてその顔は唖然としていて、予想外だとでも言いたそうなもの。
「い・・・・言っとくけど!私だって他人を褒める事ぐらいっ・・・!」
何も言わない海道に慌ててそう言うと、奴は小さく首を振る。
「違う。そんなこと分かってる」
「じゃぁ何で黙ってんのよっ」
「麻生が・・・・麻生がまたあの人に惚れてそうなこと言うから・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ?
「な、何言ってんの・・・?あ、もしかして熱ある?」
じゃないとこんな変な事言うはずない・・・。っていうか、この馬鹿海道が発言ごときで私が疾風に惚れてるかどうかなんて分かるわけない!
いや、その前に「また」って何よ!?
「熱なんてねぇよ。記憶喪失前の麻生も疾風さんの話する時は今みたいに何か笑っててさ、幸せオーラが出てるっつーか・・・・」
「そ、そんなわけないじゃん!!変な事言わないでよ!?」
突拍子も無い事を言い出した海道の背中を思わず叩くと、奴の口からはかえるがつぶれたような声が漏れる。
それから少し咳き込んで「でも」と付け加える。
「別に変な事言ってないぞ!俺はただ・・・・」
「ただ、何よ?」
「そのー・・・麻生が心配なだけで・・・・」
「だからっ、私は全然大丈夫なの!何でそこまでしつこいのよあんた!」
何だかハッキリしない海道にしびれを切らしてそう言った私を一瞥して、奴は突然その場に勢い良く立ち上がる。
「あー・・・・分かった!!言うぞ、こうなったらもう言うしかない!!」
・・・・・何を一人でごちゃごちゃと・・・・!?
自分に自分で気合を入れるように、叫ぶようにそう言った海道に驚いて私は少し奴から離れる。
すると、海道は私にバッと向き直って。
「俺は、麻生の事が好きだ・・・・!!」
気持ちいいぐらいすっぱり・・・・じゃなくて、キッパリとそう言うと。
「だから疾風さんとは何かあって欲しくない・・・・それだけだ!!あ、今すぐどうこうってわけじゃないから、返事はまた後日!それじゃ!!」
最後に早口でそれだけ言うと、持ち前の俊足を生かしてその場から素早く走り去る。
・・・・・・・・っていうか、私は今告られたのですか・・・・・・・・・・・・?しかも今時あんまり見かけないような直球すぎる告白の仕方で・・・・?
「マジでー・・・・」
あぁ・・・何か、どうしよう。いや、好いてもらえるのは嬉しいんだけど正直あいつの気持ちには大分前から気づいてたっていうか・・・・だから今更言われてもどうこうってわけじゃ・・・・。
・・・・・・・それより今私が心配なのは・・・・・
「麻生・・・・先輩っ・・・・」
背後から声がかかって、思わず心臓が飛び出るかと思った。
だって今私が1番心配なのは、この場面を風月ちゃんに見られることで・・・・
「ふ・・・づき・・・・・・・ちゃん?」
なのになんで・・・・ここに本人が居るの――・・・・!?
恐る恐る振り向くと、そこには物凄い形相で立つ風月ちゃんその人の姿。思わず彼女を呼ぶ声が上ずった。
・・・・・・・・・・・・・・・・終わった・・・・・・・・・・・。(いろんな意味で)
「あ、あのね?これはそのー・・・・」
「先輩・・・・」
ひぃっ!!
私今・・・・凄く睨まれてる!?
「私は・・・麻生先輩が協力してくれるって言ったから・・・・だから信じてたのにっ!!」
今にもドラマみたいに、そこら辺からナイフでも出しそうな勢いの風月ちゃんを前に私はただ硬直していた。その気迫だけで殺されそう・・・・・なんていってる場合じゃないかもしれない。
「ごめ・・・っ・・・・で、でも私は海道のことなんて全然――」
「私は・・・・海道先輩の事本当に好きだったのにー!!!」
突然、目の前の彼女の顔がぐにゃりと歪んだ。
あれ?と思った時には時すでに遅し。それまで物凄い形相だった風月ちゃんの顔が、見事なまでに瞬間的に泣き顔に変わった。
「ちょ・・・・風月ちゃん!?」
「先輩・・・・酷いですよ・・・!協力するって言ったくせにぃー!!」
うわぁぁぁぁぁあん!!!と、号泣し始めた風月ちゃんをなんとかなだめようとそっと肩を抱こうとしたけれど、それは見事に振り払われた。
いや、振り払われるぐらいで終わればよかったんだけど――・・・・
「先輩なんて・・・・大っっっ嫌いですーーーーー!!!」
―――ドンッ。
その華奢な体の何処に、そんな力が詰まってるんだと言いたくなるほど勢い良く体を押された。
「へっ・・・・!?」
当然よろついた私の体は、背中を階段に向けて思いっきり傾いた。
真っ白になる頭の片隅で、場所が悪かったなぁなんて思いながら。
思わず伸ばした手が虚しく空を掴んで、私は落ちて行く。階段から。
「先輩・・・・・・!?」
最後に聞こえたのは、叫ぶような風月ちゃんの甲高い声。