第9話 奥底から蘇るモノ 2
「それじゃ、俺から学校に連絡は入れるけど自分でもちゃんと説明するんだぞ?」
「わーかってるよー」
 昨日の出来事が嘘みたいに、朝はいつもどおりにやって来た。
 だけどすっぽり抜け落ちていた記憶が大方戻った私に、疾風は起きてから何度目かになるか分からない言葉を念を押すように繰り返して仕事に行った。
 とりあえず軽く返事はしてみたものの、内心は結構ドキドキで。記憶をなくしてからの登校初日はまるで転入生のような気分で不安しかなかったけれど、今までのことを全て思い出してしまった今となっては嬉しいような恥ずかしいような・・・それから、自分がどんな風に迎えられるのか不安な気持ちが同居して凄く緊張する。
 勿論疾風にこんな事言ったらチキン扱いされるだろうから黙ってたけど・・・・。
「うわぁ、どうしよー!!」
 足に擦り寄ってきた可愛い可愛いマロンを抱き締めて私は一人そう叫ぶ。
 と、とりあえず・・・・学校に行く支度をしないとねっ!!
 自分に自分でそう言い聞かせ、慌しく広い家の中を駆け回る。
「いたーい!!」
 ――と、ドンっという音がして私は勢い良く足をテーブルの角でぶつけた。
 さ・・・・最悪・・・・っ。
 だけど学校に行く時間は刻一刻と迫ってきていて、私は出来てしまった青あざに気づかないフリをして何とか時間内に家を出た。
 こうしていつも以上に、朝は慌しく始まってしまったのだった。

 ――家を出てから数分後。
 いつもの道を歩いて登校していると、当然のように周りには同じ学校の生徒がちらほら居て。そしてその中に自分の知っている人が居ないかと、ひどい焦燥を覚えながら無意識に探している自分が居た。
 気分はさながら、長期の休みが終わって新学期を待ちわびていた学校大好きな生徒。
 友達に会いたくて会いたくて仕方なかった子のようで。
「あーそーうーっっ!!」
 そんなことを考えながら辺りを窺って歩いていると、背後からはハイテンションな声と急速に近づいてくる足音。
「!洋介ーっ!」
 振り返ると、後ろからはオレンジ頭を揺らしながら物凄いスピードで走ってくるそいつの姿。それを見た瞬間今までの緊張が切れたように私は思わず奴の言葉に答えてしまった。
 するとその刹那、ぴたりと洋介の足が止まる。
「あ、あれ?何してんの!そこまで走ってきたなら早くこっち来てよ!」
 本当に微妙な距離を置いて立ち止まってしまった洋介に少々苛付きながら呼びかけると、
「あ・・・・麻生!」
「うわっ、何で泣いてんの!?」
 急に女優さんみたいに目にいっぱい涙を溜めて――かと思ったら、両手をいっぱいに広げて駆け寄ってくる。
「ぎゃっ――」
「良かったー!!記憶戻って本当良かったー!!」
 思わず叫んで逃げようとしたけれど間に合わず、そのまま勢い良く抱きつかれた。
 あぁうるさい。耳元で叫ぶな。
「ってか・・・あんた病院で会ったでしょ!そんな今更・・・」
「あの時はとある人物が邪魔で感動の再会がまともに出来なかったじゃないかよ!いいじゃん別にっ!!」
「いや、ここ道端だし!朝からこんな事してると馬鹿ップルみたいに見られるでしょ!?しかもとある人物って思いっきり疾風の事じゃんっ」
「いいんだ!俺は馬鹿ップルに見られたっていいんだ!!」
「私が嫌だっつってんの!!」
 泣き喚きながら、まるで人の話を聞いていない洋介の体をグググッと押してみたけどビクともしない。っていうか本当は抱きつかれてるっていうよりしがみ付かれてる。絶対そうだ。
 何気に涙が制服に染み込んできて冷たいんだけど・・・・まぁそこは仕方ないから許してやろう。
 あーもう、高校生にもなって情けない・・・。
「そのー・・・・今までごめんね洋介。ありがとう」
 最終的には私のほうが折れてしまって、洋介が望んでいる感動的な再会というやつを思い切ってやってみる。
「あ・・・っ、あ・・・・!」
 ――逆効果だった。
 洋介はようやく私から体を離すと、感無量といった様子でボロボロと涙をこぼす。
 ・・・・っていうかお前は「か○なし」か?
「男が泣くなよー・・・」
 溜息混じりに呟いてみたけれど、なんだか自分も満更ではないようで。ちょっとだけ嬉しくて思わず笑ってしまった。
 これ以上なんか言うとあんたの涙が止まらなくなりそうだから言わないけどね、洋介。
 今まであれだけ緊張してたのが嘘みたいに、今はいつも通りの自分で振舞えるよ。
 ・・・・・・・ありがとう、洋介。

「なっちゃーん!!おはよー!記憶戻ったんだって!?」
「良かったなぁ麻生!」
「これでいろんな話しても通じるよねーっ」
 その後、一向に泣き止む気配のないヘタレ洋介を引きずるようにして学校に向かった私は教室に入るなり大勢の人に揉みくちゃにされる羽目に。記憶を失ってから初めて登校した日と光景がダブる。
「ありがとーみんなー!」
 洋介のおかげで緊張はすっかり解けて、私はただ迎え入れられたことが嬉しくてにこにこ笑ってそう対応する。
 勿論クラスメートの中にはユメも混ざっていて、泣いちゃってくれたりするからこっちも思わずジーンと感動。
 そう、感動の再会っていうのはこういうものを言うんだよ!
 そう思ってちらりと洋介を見てみると、案の定腫れぼったい目を他の男子にからかわれていた。
 ・・・・・・馬鹿だなぁ。
「ところで、何で急に記憶戻ったのー?」
 と、クスリと笑おうとした瞬間。
 誰かのその一言で、私は思わず硬直。
「あー・・・えっとねぇ・・・・」
 まさか「後輩に突き落とされて」なんて言えるはずがない。ほかに何て言い訳しようか悩んでいると、クラスメート全員の興味深げな視線が一気に自分に注がれる。
「・・・・朝目がさめたら、思い出してた」
 そうしてしどろもどろになって、ようやく出た言葉はそれ。
 馬鹿か自分・・・・・・通じるわけ無いじゃん、そんな言い訳!!
 と、シーンとなった教室を目の当たりにして激しく後悔していると。
「・・・すっげぇ!!何それドラマみたい!!」
「うわぁ、本当にそんなことあるんだねー!!」
 人の話を信じやすい誰かがそう口火を切ったとともに、クラス全体がわっと騒ぎ始める。
 ・・・・・・・っていうか、通じちゃったの?
 そ・・・そっちの方が凄いって!!
「わ、私も自分でビックリだよー」
 とりあえずこれ以上おかしな事は言えないと思い、軽く笑ってその場をしのぐ事に。
 けれどこの後噂が広がり、それから何日か私はいろんな人から質問攻めに遭う羽目になってしまった。
 まぁいろいろあるけどとりあえず麻生那智、高校生活復帰成功!・・・・・・・・・か!?

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