第2話 見慣れない場所―1
「ここが今日からまたお前の住むことになる家だ」
「・・・・・・・・・」
 淡々とそう紹介する山本さん(一応年上っぽい)とは対照的に、私は呆然と目の前の家を見上げる。
 あれから2日経ち、約束通り私は退院してこの人に引き取られてきた。
 っていうかていうか・・・・

 でかっっ!!

 一応ここ都内ですよね?なのに・・・・何でこんな若造が庭付き一戸建ての家持ってんの!?
 この人は何者!?
「あのー・・・つかぬ事をお聞きしますが、お仕事は何を?」
 恐る恐る隣に立っている人物を見ながらそう尋ねる。
 お見合いじゃないんだから、なんて自分で自分に突っ込んでみたり。
「仕事?お前・・・本当に俺の事忘れてんだな」
 山本さんはそう言うとハァ、と溜め息をつく。
 そんな事言われたって・・・・私一応記憶喪失ですし。
「俺はIT関係の会社に勤めてる山本疾風はやて、23歳だ」
「ハァ・・・・」
 IT関係かー・・・。今話題だもんね、いろいろと。だから給料良いのか・・・。
 ・・・・そーじゃなくて。
 23歳って事は私より6歳も年上じゃんっ!何で私こんな人と同棲してるわけ?
「ほら、入るぞ」
「あ、ハイっ」
 んー、と考え込んでいると不意にそんな声がかけられて私は慌てて彼の跡を追う。
 そしてそして、家の中に入ってまたビックリ。
「しゃっ・・・・・シャンデリア?」
 玄関に入って先ず目に入ってきたのはそれだった。キラキラと綺麗に輝く大きなシャンデリアが圧倒的な存在感を誇っている。
「驚いたか?前は普通に見てたのにな・・・・」
 いえ、だからそんな事言われても記憶喪失なんですってば。
 少しムッとしつつも、靴を脱いで家に上がると予想以上に広いリビングが目に入る。
「えーっと・・・・ここがリビングで、そのつき当たりを右に行った所がお前の部屋な。で、左に行ったところが俺の部屋。何かあったらいつでも来いよ」
「・・・・。あのぉ、ちょっと部屋見て来て良いですか?」
「どーぞ」
 いつでも来いよって言われても・・・。
 そんな事を思いながら私は紹介された自室へと向かう。
 部屋の前まで来て睨むようにドアを見たけれど、やっぱり何も思い出せない。
 記憶に・・・・・ない。
「やっぱり私・・・記憶喪失なんだ」
 ポツリとそう呟いてから、ゆっくりとドアノブを回す。
「わ・・・・」
 目に入ってきたのは女の子らしいピンクや赤で統一された空間。
 そして、ベットでかなりのスペースを取っている定番のクマのヌイグルミ。
「可愛い」
 思わずクスッと笑ってからそのクマに抱きつく。
 少しだけ、懐かしい匂いがした。
 そして何気なく辺りを見回した時、ふとあるものが目に付く。
「これ・・・・」
 そう言いながら、私は机の上の写真立てに手を伸ばす。
 それは私と山本さんが一緒に写っている写真だった。
「私・・・・本当にこの人と一緒に住んでたんだ・・・・」
 写真に写っている私達はかなり幸せそうに笑ってる。しかも下手をすれば恋人同士みたいな雰囲気で。
 ・・・・まさか、とは思うけど・・・・そんな事ないわよねぇ?
 うん、ない。多分ないだろう・・・。
 あの人は私の”保護者代わり”なんだから。
 自分にそう言い聞かせて、私はそっと写真立てを元の位置に戻す。
 それからもう1度部屋を見渡してリビングに戻った。
「どうだった?」
 戻ってきた私を見て山本さんはすぐさまそう尋ねる。
 この人は何か期待しているんだろうか・・・。
 そう思いつつも
「普通でした」
 と答える私。
「・・・そうか」
 彼は少しガッカリしたようにそう言うと、おもむろに髪をかきあげてポケットに手を突っ込む。
 そして取り出したのはタバコとライター。
 慣れた手つきでタバコを1本取り出すと、シュっと音を立てながら火をつけた。
 彼が吐いたタバコの煙がすぐさま部屋中に充満する。
「わっ・・・・・。タバコ吸う時ぐらい窓開けてくださいよっ・・・」
 そう言うと私は、閉め切ってある窓まで走っていって思いっきり全開にする。
 と、その時。
「那智」
「ハイ?――・・・んっ・・・・!?」
 不意に名前を呼ばれ、振り返った私は目を大きく見開く。
 何が・・・起こったんだ?
 口の中にはタバコの煙と匂いが充満する。
「・・・ケホっ!!」
 数秒経ってから塞がれていた口が解放され、思わず咳き込む私。
 目にはうっすらと涙が溜まっている。
 まさか今私・・・・・・キス・・・された・・・?
 呆然とする私を覗き込むように腰をかがめ、山本さんはふっと目を細める。
「前のお前も・・・・同じこと言ってたよ」
 それだけ言って私に踵を返す。
 前のお前もって・・・・・・・
 ・・・ちょっと待ったぁー!!!
 もしかして本当に私は・・・・この人とそういう関係だったんでしょうか!?
「あ、それから」
 ありえない展開にしどろもどろになっている私を他所に、クルっと彼は振り返る。そして・・・
「敬語禁止な。前みたいに。それから山本さんって呼ぶな。ちゃんと名前で呼べ」
 思いっきり有無を言わせない命令口調でそう言うと、そのまま颯爽とリビングから出て行ってしまった。
「敬語禁止って・・・・・・」
 いや、今はそこが問題じゃないんだけど。
 1人リビングに取り残された私はその場にペタン、と座り込む。
 もう・・・・何がなんだか分からない。
 いや・・・・それ以前に。
「何・・・・アイツ!?」
 何も覚えてない人に不意打ちついてキスしやがって・・・・・!!
 ふーざーけーんーなぁー!!!
 何が「山本さんはきっといい人だよ」ですか医師せんせい
 思いっきり年下に手出す危ない人じゃないですかぁ!!

 麻生那智17歳、今後の生活に不安を覚えるばかりの今日この頃です。

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