第2話 見慣れない場所―3
「遅い・・・・」
 私は今「奴」が帰ってくるのを今か今かと待ちわびている。アルバムだけ見て1日潰せるはずも無く、結局テレビを見たり新聞を読んだりして1日を家の中で過ごす事に。
 それにしても、遅い。
 早く帰ってくるみたいなこと言ったくせに・・・・。
 ・・ハッ。
 べっ、別に早く帰ってきてほしいわけじゃないけどね!?いや、帰ってきてほしいんだけどそう言う意味じゃなくてっ・・・・!!
「ダメだ・・・・。聞きたい事がありすぎて・・・混乱する」
 べたーっとソファーに寝転んで脱力しながらそう呟く。
 ふと壁に掛けてある時計に目をやると7時を回っていた。
「んー・・・・する事ないしなぁ・・・・」
 私はだらしない格好のまま窓の外を見つめる。外はもう真っ暗。消えかけている街灯の光が頭に浮かぶ。
 そこでこの怖いもの無しの私は、外の世界に興味を持ってむくっと体を起こす。
「外に出るなとは言われてないし・・・・・ちょっとだけ、ね」
 ニヤリと不気味に微笑みながらそう言うとたったった、と玄関までかけていく。
「大体1日家に居ろって言う方が無理なんだよねぇ♪」
 ウキウキとしながらそう言うと、素早く靴を履いて家のドアを開ける。
 麻生那智17歳、未知の世界へと足を踏み出しましたぁー!(※そんな大それたものじゃありません。)
 ドアを開けるとそこにはやはり漆黒の世界が広がり、頼りない街灯がかろうじて道を照らしていた。
 何かこんな夜道を1人で出歩くのもちょっと不安だけど・・・・ちょっとだけ、ね。家の周りぐらい知っておかないと。
 家を出て左右に伸びる道をジーッと見つめ・・・
「よし、こっち!」
 特に何の根拠もなくそう決めると、右の道を軽やかな足取りで進む私だった。
 けれどこのテンションがずっと続くはずも無く・・・・・。
「ヤバイ・・・・・・」
 数分後、早くも元来た道が分からなくなった私は青ざめた顔でそう呟きながら暗い夜道に一人立ち尽くしていた。
 私・・・・・馬鹿じゃん!!
 っていうかここは何処!?何でこんな道に出てきちゃったの!?
 記憶の無い私・・・・もしこのままあの家に戻れなかったら・・・・・
「・・・いやぁー!!!」
 静かな夜道ではけたたましい私の叫び声が響き渡る。
「どうしよどうしよ・・・・・こんな夜道で高校生が1人。そこに不審者が忍び寄ってきて・・・・」
 良からぬ考えが頭に浮かぶ。実は私、妄想癖か・・・?
 いや、今はそんな事どうでもいいっ!!
「やっ・・・・・」
 すっかりパニックになった私はありったけの力をお腹に込める。そして―・・・
「山本さぁぁぁぁん!!!!」
 今出せる最大音を街中に響き渡らせた。
「山本さんのお宅は何処ですかぁー!!」
 半泣き状態で必死にそう叫ぶ。周りから見るともう馬鹿としか言いようの無い私。あぁ・・・どうかこんな姿友達だけには見られてませんように・・・・。でないと記憶が戻ってから相当恥ずかしい・・・。
 ・・・じゃなくて!!何で誰も居ないんだこの道は!!
 つのりつのった不安が今度は何故か怒りへと変わり、その矛先もおかしな方向に向いてきた。
 あーもういいよっ!誰か来るまで思いっきり叫んでやるんだからねっ!!
 勝手に家を出てきて勝手に迷った末、勝手にキレた私は何故か吹っ切れたようにそう思いもう1度スゥッと息を吸う。
   そして再度口を開きかけた時・・・・・
「んぐっ・・・・・・・!!?」
 急に何者かに背後から思いっきり口を塞がれた。
「んーっ!!!」
 ゴツゴツした手からして、多分相手は男。
 もしや・・・・・・不審者!?
 嫌ぁー!!まだ17歳なのに・・・・まだ記憶戻ってないのにこんなところで殺されるなんて嫌ぁー!!
 私は見えない相手に向かって必死に抵抗する。
 そして、最終手段として相手の手に噛み付こうとした瞬間。
「お前こんな所で何してんだよ!!」
 聞き覚えのある声が頭上から降ってくる。
「!?」
 その声に反応した私は反射的にグルン、と顔を後ろに向ける。
 悔しいけれど・・・・声の主を確認した瞬間一気に涙が溢れて来るのを感じた。
「はっ・・・・疾風ぇー!!!」
 恐怖から解放された私はただ一心に目の前の人物に抱きつく。
 ・・・・そう。声の主は疾風。
「遅い!!何してたのよ馬鹿!!早く帰ってくるとか言っといて!!」
「あー・・・悪ぃ。ちょっと会議が長引いて・・・ってかお前は何でこんな所に――」
「あーもうアンタがもうちょっと来るの遅れたら私このままこんな街中で遭難して死ぬところだったんだからね!?」
「・・・・・。(人の話聞けよ。)」
 今までの恐怖を伝えるために、必死になって私はそう話す。悪いけど今奴の話なんかこれっぽっちも耳に入っていない。
 でも本当に・・・・・怖かったよ。マジでこのまま帰れなかったらどうしようかと思ったね。
 その証拠に私の目からは止めようの無い涙が溢れ出す。
「・・・・悪かったな」
 疾風は自分に抱きつく私の頭をポン、と叩いてポツリとそう言った。
「やっぱりお前を1人で家に置いとくのは間違いだったな・・・・」
 そう言いながらそっと私の体を抱きしめる。
 温かい温度が体に伝わって、悔しいけれどこのとき私は実感した。
 今私が頼れる人物は目の前に居るコイツだけなんだ・・・と。
「何かさぁ・・・・疾風ってお兄ちゃんみたいだね・・・・」
「は!?」
 大分落ち着いた私は、とりあえず涙を拭いながらそう言った。
 私の言葉に疾風は素っ頓狂な声を上げる。
 ・・・・んなビックリしなくても。
 眉間にしわを寄せて奴を見上げると、その表情はどこかやり切れなさそうな複雑なもので。
「・・・・お前、何も分かってないよな・・・・」
 ハァ・・・と溜め息をつくとグシグシと力任せに私の頭を撫でる。
「・・・何が?」
 分かってないとか言われても・・・・記憶喪失ですからね、これでも。分からないものは分からないんですよ。
 内心でそう思いながら首を傾げる私だった。

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